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第二十三話 喫茶ラングレイス

 アイシアとケインの説得で三つの取り決めをした。


・エルウェイクの森をエルフの森として認めること

・これ以上の宅地開発を止めること

・冒険者の立ち入りはエルフを通すこと


 ケルヒャーは腕を組んで唸っている。

 イライザも隣にやってきて、どうする? などと聞いてくる始末だ。不動産収入が辛うじてあるにせよ、どうしようもなかった。


「ラングレイスの旦那さま。……何か、そうですねぇ」


 ケインが口元に指を添えて考えている。彼が微笑みながら切り出した。


「副業を始められるとか。いかがでしょうか?」

「そうだなぁ、エルフの機嫌が直るまで時間がかかりそうだし、そうするか!」


 というわけで、ケルヒャーはエルウェイクの森の出口に喫茶店を開くことにした。正直分からないことだらけだがやってみよう。


 メニューは今のところ、ロノノス茶とケインお手製のレンバス。店を始めたはいいが、何かが足りない。

 ――そう、コーヒーだ。

 異世界にコーヒーはない。しかしコーヒーに似た材料はあるはずだ。ケルヒャーはイライザにひとまず尋ねてみた。


「苦くて香りの良い飲み物? うーん、何かしら。私たち、そういうのはちょっと……」

「戦う前とか。こう、気分が高揚するのがいいんだよ。何かない?」

「ルーニーのお茶なんてどうかしら?」


 イライザの話によると行商人が東の国から運んでくるルーニー、乾燥した果実を砕いてお湯で抽出すると何とも薫り高いお茶が出来上がるのだとか。

 戦いの前や、静かにしたいとき、リラックスしたいときに飲む、まさしくコーヒーのような飲み物である。味わいは甘めで後味は渋みを感じられ、さらに調合する調味料によってはほろ苦くも、ミルクを溶けば口当たりが柔らかくもなるのがうってつけだ。


「ルーニーとレンバス、あとはトーストを出そう」

「とーすと?」

 イライザが首を傾げる。

「薄切りにしたパンの表面を軽く焼いたものだよ。バターをつけて、果実のジャムやハチミツをかけるのさ」

「はちみつって?」

「うーん、このへんだと樹木から採れるシロップで代用できるかも。やってみる」

「ちょっと待って」


 ケインが間に割って入った。

「樹木から樹液を採取するのは、アイシアが黙ってないかと……」

「それは、これから交渉に行こう」


 三人は森へ出かけた。


 ◆

 ケインがアイシアに声をかける。ケルヒャーたちには感じられないが、たしかにここにエルフの頭領がいるらしい。さらに木の上には数人のエルフたちが囁きながら、彼らを警戒しているらしいのだ。

 ケルヒャーはどこにいるかわからないエルフたちに告げた。


「不動産の宅地開発はもう止める。その代わり副業をするんだ。喫茶店を始める」


 ケインは聞き耳を立ててからこう言った。


「アイシアが分かったと言っています」

「それでシロップを作りたい。樹木から樹液を採るのを了承してほしい」

「……え?」

「どうした?」

「アイシアが良いと言っています。でも条件があるとも」


 ケインがケルヒャーに耳打ちした。ケルヒャーの瞳が丸く開いた。

 

 三人と見えないエルフたちが森へと入っていく。一般にメープルシロップに使えるカエデの樹木は若木ではないほうが良いとされる。幹の太さも20センチを超えるものを選び出した。

 エルフ達は森の木をギスレーと呼ぶとケインから聞いた。さっと穴を開けて、採取するためのバケツタンクを備え付けた。

 ギスレーから染み出るシロップは少しずつ溜まる。見たところ、勢いは緩やかで三日三晩採取を続ければ一杯になると言った具合だった。


 エルフ達の条件はひとつだけだった。


 シロップ作りを見せてほしいというものだ。ケルヒャー=勝也もシロップ作りは文献でしか見たことがなかった。かつて現代ではネットがあると言ってもシロップを作るのはこれが初めてだ。

 シロップ作りといってもシンプルな手法で作られる。煮詰めて糖度が上がったところで濾過する。これだけである。

 ほかにも胡桃の木から採れるウォールナットシロップなどが存在している。

 ギスレーはケインの話ではエルフの間でも甘い樹液が採れるとだけ伝わっている樹木で、火を使わないエルフ達にとってどう調理したものか長年の悩みの種だったらしい。


 そんな話をしている間にケイン・アイシア・ケルヒャーの三人のなかで確かな信頼関係が芽生えていた。ケルヒャーはエルフ達にギスレーシロップを生産してあげることにしたのだ。

 ケインはその間を取り持つことにした。

 ケルヒャーにとって見えない相手が喫茶店の第一のお客さまだった。

 (このときにはレスクリンがあいだに入って、ケルヒャーの力を覆工(マスク)する手段を編み出していた。)


 ピンクゴールドの豊かな髪のエルフが姿を現した。

 ケルヒャーはアイシアに「ようこそ、喫茶ラングレイス」へと言った。


「うむ、良い香りじゃな……」


 そうして一口ルーニーを飲んだ。シロップをたっぷりかけたトーストの皿を出した。


「ふぉおお! これは美味じゃ」

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