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第二十話 【ケイン視点】疑いの眼差し

 ケルヒャーがもっもっもっとレンバスを口に運ぶ。


「ドライフルーツにナッツを少々加えてみたのですが、いかがでしょうか」

「美味しい! ウィズも味見してみろよ」

「いただきます、わぁ! 美味しい!」


 ケインは微笑んで、頬を指で掻いている。照れるといったふうだ。

 レンバスは祖母の味だ。祖母が故郷でひっそりと伝えてきた味である。それをこうして味わってもらえる喜びをケインは噛み締めていた。

 ケインはケルヒャーの顔を観察した。どこにでもいる普通の顔。しかし、ケインには違和感が拭えなかった。

 ヨクモク砦の出来事はケインにとってケルヒャーを疑うに足る出来事だった。


『俺たちがナポレオンだったらそうしているだろうさ』


 ケルヒャーがかつて言った、ナポレオンという名の軍師。ケインはどの歴史書を検索してもそんな名が歴史上に存在しなかったことを確かめていた。

 ケインは指を口元に添えた。だとすれば、ケルヒャーはデイモンプレイスからの刺客か? いや彼には禍々しい魔力は感じられない。その線はないだろう。

 ケインはケルヒャーに対して疑いの眼差しを持っていることを彼にバレないように努めた。調理のあいま、掃除のあいま、訓練のあいま、どのタイミングでケルヒャーが馬脚を現すのか。

 ところが、ケルヒャーはケルヒャーでごく普通の男だった。

 ケルヒャーがすやすやと眠る部屋で、剣を突き立てたこともあった。しかし無防備な男だ。殺意を向けても、眠り続けていた。


 ケインはこれまでのことを考えていた。


「ケイン……! お茶! こぼれている!」

「あ、すみません。いま拭きます。熱っ……!」


 ケインは火傷しそうになった。ケルヒャーが「……まったくっ」といい、冷水を浸した布をケインの指に巻き付けた。


「ありがとうございます……。私としたことが」

「いいよ。何か悩みでもあるのか? 聞くけど」

「いえ、悩みなんて……」


 ケルヒャーを疑って殺しかけたとは言えない。ケインの目は泳いでいる。


「何か隠しているのか?」

「いえ、そんなことは……」


 さらにケインの目は泳ぐ。


「ほ・ん・と・うか?」

「しつこいですね。本当です。私は国王ルーカスに誓います」


 ケインが手を胸に当てて言った。冷や汗でいっぱいだ。それでも隠し通せたと信じたい。ケインはテーブルに座り込んだ。レンバスはすっかり冷めていた。口に運ぶとぽろぽろとした食感とドライフルーツの味わい、そしてアクセントのナッツがハーモニーを奏でている。祖母の味に一工夫を加えただけでも、こうしておやつにぴったりな品ができるのだ。ケインは誇らしく笑った。


 夕方は剣技の訓練の予定。それまでしばらく片付けをしながら待つとしよう。ケインは調理器具を洗い始めた。ケルヒャーとウィズが手伝おうか? と言ってきた。

 彼らに片付けを任せながら、ケインは自分の人生に色が乗る感覚が心地よくなっていた。

 鼻歌が口から漏れる。

 王に仕えていた頃と比べ、落ち着いて、静かで、安心できる空間だった。こんな優しい気分は久しぶり。ケインはふとケルヒャーに尋ねた。


「ラングレイスの旦那さまがお強いのはヨクモク砦で分かりました。しかし、私には分かりません。判断力も剣技もお有りであるなら、上昇志向は持っていて当然。あなたにはそれが感じられない。なぜでしょう?」


 ケルヒャーがぽかんとした。ケインはおかしな質問を投げかけてしまったと思った。


「そう思って頑張っていたこともあったよ。でもさ、それって何かを手に入れたら満足で、テンションだけ上がるっつーか……」


 ケルヒャーは泡のついた指で頬を掻いた。


「私は田舎の出自です。様々な機会と才能で昇進してきました。すべては国王のためにと使えて参りました。でも……」


 ケインは悲しげに俯いた。ケルヒャーがケインを覗き込んだ。ケインは続ける。


「胸の空洞は無くならなかった。私は誰のために戦っているのでしょう? 愛する者を持つ者は強い。しかし愛もなく、ただ力を振るってきて私は……」


 疑っている相手に何を告白しているのだろう? ケインは歯噛みした。


「お前はじゅうぶんだよ」


 じゅうぶんと言ったのか。ケインは呆気に取られた。その言葉はケインの祖母が彼の子ども時代にかけた言葉と同じだった。

 胸がいっぱいになっている。そう気づいた。


「ありがとうございます」


 扉が開いた。イライザが入ってきたのだ。イライザがテーブルの上のレンバスに気づいた。おもむろに目を見開いている。うっとりした視線をレンバスに向けている。


「ちょうどお腹が減っていたの!」

 ケインは溜め息をついた。

「オリヴィエ王女、はしたないですよ」


 イライザ・キルベスタはオリヴィエ王女の仮の姿。と知っていても、違和感が凄い。ケインは先代の騎士団長から聞いていたとはいえ、オリヴィエ王女の変貌ぶりに目を瞠るしかなかった。

 

「なによ、ケインったら」

「でも、きょうはいいですよ」

「なに? 変なの……」

 

 イライザがレンバスを口に運んだ。

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