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第十七話 問おう、勇者の証

 王の間にて。金色の縁のある赤い絨毯が王の玉座まで伸びている。

 ケルヒャー、レスクリンの二人が王の前で(ひざまづ)く。

 国王ルーカスが(おごそ)かに告げた。


「ビヒャルテ公追撃の任、頼むぞ」

「かしこまりました」


 ケルヒャーとレスクリンがそう答えると、奥からオリヴィエ王女が女剣士の服装で現れた。颯爽と国王の前に彼女は歩み出して言った。


「お父様、私も同行します」

「なんだって?」

「私もケルヒャーについて行くってこと!」

「この馬鹿娘が。お前はここにいなさい。淑女として鍛え直すから覚悟しなさい」

「いいえ。私は王宮に閉じ込めておくなんてお父様にはできやしない。私をお父様の腕でどうにかできると思って?」


 王は苦虫を噛みつぶしたような顔になった。震えながら答えた。


「お前はいつでもそうだ。三歳のときには王宮を駆け回り、五歳のときには騎士団長を手玉に取り、十二歳のときには、王宮から出て行った。冒険がそんなに大切か? 私を安心させなさい。婿取りだってまだなんだぞ!」

「へっへーん。私はイライザ・キルベスタ。女剣士として生きる道を選んだの!」


 イライザはケルヒャーの腕を取った。


「お、おい! イライザ。何を!」


 ケルヒャーが戸惑って口元をあわわさせていると、イライザは笑顔になった。


「どうして笑っているんだ?」

「婿とかそんなのどうでもいいの! 私は楽しみな人を見つけたから!」

「楽しみな奴とは?」


 国王が訝しげに眉根を上げる。何か言いたげだ。


「ケルヒャー・ラングレイスよ!」

「この者がか?」


 信じられないとも言いたげに国王が口を開けた。


「では問おう。ケルヒャー。お前の望むものは何だ? 金? 名誉? 富? 女か?」


 ケルヒャーは目を閉じた。そのどれでもない。


「俺が望むのは、スローライフ(・・・・・・)だ! あらゆる快楽が得られたとしても、それは確かな幸福じゃない」

「そのスローライフとやら。国王の私でさえも手に入れたことはない。それは何だ?」

「分かりません。ただ、汗を流した先で得られるものだ。畑を耕し、漁に出、友と語らう、この時間に俺は名づけようもない幸福を感じている!」

「ではビヒャルテ公を討ち取った先で、そなたにスローライフとやらをくれてやろう!」


 国王ルーカスが胸を張って告げた。


「分かっていませんね、国王。スローライフとは与えられるものじゃない。たとえ、漁に出るための海をすべて与えられたとしても。耕すための広大な田畑が与えられたとしても。それは労働にすぎないのです……」




「ケルヒャー……」

 イライザが溜め息を漏らした。


戯言(たわごと)だ! 私に与えられないものはないぞ! どんな最上の自由も快楽も与えてみせよう」


 国王が手を差し出す。ケルヒャーはかぶりを振った。


「俺の自由は俺が勝ち取ります。俺の持つ才覚と力で」


 国王ルーカスは思わず黙ってしまった。

 そして深く座り、居住まいを正した。


「ここに真の勇者あり。分かった。そなたを認めよう」


 ケルヒャー! とイライザが抱きついてきた。彼女の頬と頬を合わせた。ケルヒャーはにこにこと微笑んだ。


 王宮を後にすると、ランやハイビスカス、ユリといった花々に似た異世界の華やかな花々が彼らの出発を祝っていた。イライザが振り返らず、レスクリンは硬い表情を浮かべている。ケルヒャーはどこか楽しみな顔をしている。

 この追撃がうまく行けばスローライフが手に入る。それは王様にだって止められやしない。

 ――完全なスローライフだ。


 ◆


 雨だった。泥濘んだ山道に足を取られないように進む。南の峠を越えれば、ヨクモク砦が見えてくるだろう。ビヒャルテ公がその家臣三〇人と籠城しているヨクモク砦は、小高い丘のうえに立つ堅牢な要衝である。さらに南へ行けば隣国モロゾフのカー平野が見えてくる。丘は見晴らしがいいため、モロゾフへの牽制の役目を果たしている。

 ケルヒャー、イライザ、レスクリン。そして武装した兵士ケインとグリーデの五人は雨のなか息を切らしながら歩いていた。

 ケインは金色の流れるような長髪の剣士で、長身だ。グリーデは浅黒い肌の弓兵で、長身のケインより背が低い。木登りが得意でグリーデの視界にこれまで助けられたことが何度もあった。

 ビヒャルテ公は数人ずつの小部隊を退路に配置しつつ、逃げていたようで、これまでに何度かケルヒャーたちはビヒャルテ公の部下を倒してきた。


 どの兵士も強者で、簡単には追撃を許してはくれない。


 ケルヒャーも、イライザも、レスクリンも疲労が限界に達していた。

 ふと、下から川のせせらぎが聞こえた。


 グリーデがケルヒャーに言った。


「すこし、休憩しましょう。峠道はこれからが本番です」

「ああ。分かった」


 火を熾すことは厳禁だった。レスクリンが魔法で暖かな光を四人に与えた。

 ケインが座り込むと携行食を渡してくる。干した果実が入った練り上げた小麦のパンのようなものだった。腹に収めると体力が回復してくるようだ。

 見上げれば、峠のむこうから煙が上がっている。

 ケインが目を凝らした。


「あれは、ヨクモク砦の方角だ」

「ケインさま。いかがしましょう?」


 グリーデがケインの言葉を待っている。ケインが振り向くと、ケルヒャーとイライザの顔を見つめた。ケインの唇が開いた。

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