第十六話 無能と誹られた転生者③
「此度の反乱に加担していたのは、君たちなのかな? オリヴィエ、そして君の名は?」
「自己紹介がまだでしたね。ケルヒャー・ラングレイスと申します」
国王ルーカスは両手の指を絡めてその上に顎をついた。
そうして一息つくと、鋭い眼差しをケルヒャーに向けた。
「ラングレイス? そうか君はラングレイス公のご子息か。その無能と知れ渡った男が逆賊とは!」
「待って、お父様。ケルヒャーは何も知らないわ!」
「オリヴィエは黙っていなさい」
睨まれたケルヒャーは歯噛みした。手のひらを握りしめて怒りに耐えている。
「俺はビヒャルテ公の部下、レスクリンから革命の話を聞いている。でも触れてはいない……」
「そうよ! 私たちは事の真相を明らかにするために王都にやってきた。他意はないわ」
「では、この者がほんとうに本物の貴族なのか、試すこととしよう」
本物の貴族……? どういうことだ。ケルヒャーの目は血走った。確かに無能と母親には誹られてきたが、いまは違う。何が何でも証明してみせる。
つぎの料理が運ばれてくる。ケルヒャーのまえにはふたつの皿。ケルヒャーは戸惑っていると、国王ルーカスが高らかに声をあげた。
「この皿ふたつは、一方が街の料理人、一方が王宮厨師の作った皿である!」
皿の上には川魚のソテーが盛り付けられている。鮭のような魚だ。クリームソースのかかった鮮やかな見た目と香ばしいハーブの匂いが立ちこめている。
「この皿のどちらかが王宮厨師の調理したものだ。それを当てよ」
「ケルヒャー?」
オリヴィエがケルヒャーを心配そうに見つめる。ケルヒャーの横顔にも戸惑いの色が浮かんでいる。
「国王。失礼だが、もし俺がどちらかの皿か当てた場合、どうなる?」
国王は瞼を閉じた。おもむろに一言。
「君たちの言うことを信じることにしよう」
「それで当てられなかったら?」
「――打ち首にする」
「待って! お父様! ご慈悲を……。ケルヒャーを殺せば、私が黙ってなんかい……」
ケルヒャーの視線が国王の瞳を射貫いた。
「――イライザ。だいじょうぶだ」
「ほぅ。自信があると見える」
「当たり前だ。貴族のたしなみだからな」
ケルヒャーは微笑むと、フォークで川魚を一口食べた。味わいはケルヒャーの舌の上しか知らない。つづいて左の皿に手をつけた。
「ケルヒャー……」
イライザの手のひらから力が抜けていく。そしてふたたび握りこぶしを作った。
もっもっも、とケルヒャーが咀嚼を繰り返す。
「では、いかがかな? これが最期の晩餐とならぬことを祈ろう」
国王が自信たっぷりに告げた。
最期の晩餐。言うじゃないか。
ケルヒャーは口角を上げた。そして不敵な笑みを浮かべた。
そして右の皿を国王側に押した。
国王の口元が歪な笑みを浮かべたように見えた。
そしてケルヒャーは言った。
「これは街の料理人の作ったものだ!」
国王は虚をつかれたような顔になる。ケルヒャーは続ける。
「この皿は丁寧な調理だった。小骨もなく、解けるような食感。そして何よりクリームソースもまろやかで美味しかった!」
「それで?」
「この皿は間違いなく本物だろう。しかし――」
国王が身を乗り出した。
「左の皿。こちらも丁寧な仕事を感じるのは右の皿と同じだった。ただ、口に残った僅かな泥臭さがあった」
国王の眉根がつり上がった。
「……それは汚点ではないのかね?」
「言われてみれば、確かに。味わいにおいて泥臭さは汚点だろう」
ケルヒャーは堂々と宣言した。
「しかし産地はどうだ? 俺はこの魚を天然物とみた! 前の皿はたしかに臭みもなく、美味しかった。ただそれは養殖の魚、あるいは……」
「――もうよい」
国王が制止すると、ケルヒャーは黙った。
「認めよう、ケルヒャー君。君は立派な貴族だ。逆賊の汚名は取り下げよう。そして君たちの言い分を聞かせてくれ」
イライザの顔がぱぁっと明るくなった。ケルヒャーと目を合わせると、彼女の目元から涙がひとしずく流れた。
「さ、晩餐会を続けよう」
皿がつぎつぎ運ばれてきた。どの皿も見た目が美しく、品が感じられ、美味しかった。
そうして王城の夜は更けていった。
◆
翌朝、ケルヒャーとイライザはレスクリンの居室へと向かった。朝日がレースのカーテンを照らしている。レスクリンは腹に包帯を巻いていた。聞けば怪我はそれほどでもないらしい。レスクリンはイライザを見て、口をあんぐりと開けた。
「オリヴィエ王女とは気づかず、わたくしとしたことが……!」
「いいのよ。バレないようにああいう格好をしていたのは私だし……!」
誤解を解いたイライザはケルヒャーを見つめた。
これから王に謁見し、ビヒャルテ公の追撃を命じてもらう算段でいた。ビヒャルテ公を追っている騎士達と水晶Wi-Fiが繋がっているはずだからだ。
「レスクリン。治療師を呼ぶよ、そしたら明日には出かけよう」




