第十四話 女剣士の秘密
「王都へ行く? なぜ……?」
話を切り出してみれば、イライザはポカンとしていた。
ケルヒャーは焼いた魚を置くと、レスクリンから聞いたことやビヒャルテ公の思惑、そして革命の失敗をざっくりと説明した。
イライザの表情は変わらず、固まったままだ。
「ここはどうするの? 管理人が不在でいいわけないでしょう?」
そう言われてしまうとぐうの音も出ない。ケルヒャーは両手を絡めてこねくり回した。
「管理はしばらくメイドに任すよ。それでいっしょに王都へ行って欲しい……! 頼む……!」
両手を合わせて懇願すると、イライザは躊躇いがちに答えた。
「今度ばかりはダメなの! 王都だけは止めてほしい」
「何で?」
「王都には会いたくない家族がいるの」
王都の家族に会いに行けとは誰も言っていない。ケルヒャーは眉根を上げた。イライザの表情は柔らかくならない。
「そこを何とか……!」
「しょうがないわね……」
◆
ふたりは王都へ向かう馬車に乗っていた。輓馬はリズム良く、山道を走っていく。相変わらず気乗りしないイライザを横目にケルヒャーは頬杖をついていた。彼女の横顔をしげしげと観察すればイライザの表情は硬い。
それにどこか変だ。
「あのさ、会いたくない家族って誰なんだ?」
「それ聞く? あたし、黙っていたいんだけど……」
そう言われてしまうとケルヒャーも思わず口を噤んでしまう。女性って難しい。
ケルヒャーは山道のむこうに街が見えてきたことに気づいた。人の背丈三人分ほどの大きな門があり、御者が手形を見せると街に入った。地面が石畳に変わり、馬の蹄の音が変わる。
木組みの家々が並ぶ街並みは海外旅行などしたことのないケルヒャー=勝也にとって小さな驚きがあった。
そのまま表通りを北へ抜ける。きょうで三つの街をこうして通り過ぎる予定だった。
ふたたび、門をくぐって街を出た。途中輓馬の休憩のために湖のある開けた場所で休むこととなった。
イライザが馬車から降りると、背伸びをした。窮屈な馬車のなかは意外にも疲れるらしい。広い伸び伸びとした空間のほうが彼女に似合っている。ケルヒャーも馬車から降りた。少し遠くの湖面は日の光を浴び、きらきらと輝いている。
イライザのとなりに立つと、彼女と同じものをふたりで見る。
彼女がふと言葉を零した。
「喧嘩したの。エルウェイクの森に来る前。父と……」
彼女の言葉は悲しみの色を帯びている。王都に残してきた家族のことをケルヒャーはよく知らない。
イライザの横顔はふだんと特に変わらなかった。それがどこか苦い気分にさせる。
謝るというのも違うのだろう。エルウェイクの森へ来てくれたのは感謝している。ケルヒャーの喉から言葉が出た。
「イライザ。その理由を作ったのはたぶん俺だ。だから……」
「いいよ」
素っ気ない言葉だ。突き放された気持ちになる。
「私の秘密を教えてあげる」
「なんだよ、それ?」
「女は謎多き生き物って誰かが言ってた」
イライザは馬車に戻って鞘に収められた剣を持ってきた。
「これで分かるよ」
「何が、だよ……」
剣を鞘から引き抜くと、うつくしい剣先が露わになった。剣に彫られた刻印は王家のものだ。よく意味が飲み込めない。ケルヒャーはポカンとしている。
おうけ……。王家……。王!?
「これが私の正体よ。イライザ・キルベスタは偽名。本当の名は、もういいわ……」
彼女はかぶりを振って、ケルヒャーの瞳を見つめた。
「じゃ、じゃあ父親っていうのは……」
「国王ルーカスのことね」
彼女は視線を剣に落とした。なめらかな剣に手を添える。王女が冒険者なんて真似事を。信じられない。
「身分を偽っていてバレないのも、特権をうまく行使しているだけ。どう? 分かったでしょ?」
ケルヒャーの額に汗が伝う。
「何が、だよ?」
「だからさ、騙してたんだよ。ケルヒャーのこと。私はずっと。ずっと!」
胸が張り裂けそうな叫び声だ。聞いたことのないイライザの、彼女の声。
イライザ。――じゃない。
強い女剣士。――じゃない。
食いしん坊。――じゃない。
俺を信じてくれた。――じゃない。
否定しても否定しても湧き上がる。この感情は何だ? ケルヒャーは言葉を必死に探す。ケルヒャーはやっとのことで口を開いた。
「――何だっていいよ」
「……へ?」
いつの間にか彼女の頬は涙で濡れていた。
「俺にとってイライザ、いや……、君が君じゃないわけない。イライザがほんとうはどんな名前とか、出自とか、そんなのどうでもいいよ。何だっていいよ」
彼女の手から王家の剣が地面に音を立てて落ちた。
「ケルヒャー、ごめんなさい……」
馬車に乗り込む。御者が馬を走らせた。王都まではあと一晩かかるだろう。胸のわだかまりがとれたイライザの表情が柔らかくなった。
「なぁ、イライザ。ほんとうの名前って……」
「ひみつ♪」




