第十二話 水晶Wi-Fiでのんびりする
鉱石ラジオならぬ水晶Wi-Fiは便利だった。
王都の様子がいつでもわかるほか、さまざまな情報が手に入る。
ただ、こうしてのんびりと水晶Wi-Fiを見ているのが特にケルヒャーは気に入った。まるで田舎の夏休み、おばあちゃんの家で日がな一日寝そべりながら暴れん坊将軍とか大岡越前とか水戸黄門といった時代劇を見ていたことが思い出された。
王都のリアルタイム映像はすぐ飽きたが、娯楽番組はすぐに気に入った。ただ時代劇がないのが残念だが。
すこし散歩でもしよう。ケルヒャーは服を着替えて外に出た。
ちょうど、ウィズが広場にいた。
「ケルヒャー、こんにちは」
「やぁ」
ウィズが焚き火で温まっているらしい。そういえば季節というものを意識してこなかったが、きょうは冬のように寒い。手が悴みそうだ。
ふたりでじっと焚き火のまえにいる。
ケルヒャー=勝也は思い出す。そう、あれば院生時代。よく夜眠れなくて深夜のテレビとかYouTubeとかで長めの焚き火動画を再生していたっけ……
あのころは朝が来るのが辛かったけれど、いまは朝が来てほしいとすら思う。
ケルヒャーは小さい桶を持って川べりへ行く。
川魚を捕るためだ。鮎みたいなものが釣れる。ときどき大きい魚もいたりする。水晶Wi-Fiを片手に釣りを始める。時がまるで止まったようだ。
川のざあざあとした音しか耳に入ってこない。
しばらくして一匹釣れる。今日は調子がいい。となりにイライザがやってきて、同じく釣り竿を持って構える。イライザが出てくれば大体勝負事だが、いつも彼女が坊主なのは変わらない。いつもケルヒャーの勝ちである。
川魚の入った桶を持って住居に戻る。
冷蔵庫のようなものはないから冷たい水に放ってやるだけだ。
夕飯にもう一品ほしいな、と思う。
「イライザ、狩りに行ってきてくれ」
「わかったわー」
しばらくしてイライザが鹿のような大きさのうさぎを捕まえてきた。ケルヒャーは解体する。解体には神経を使うが、もう何度もやっていることなので驚かない。血抜きが終わる。
大うさぎは寄生虫の心配もあるから、じっくり火を通して、兎汁にする。
ワーウルフ姿のウィズをとなりにしてイライザとケルヒャーは広場で夜ご飯にした。ときどきワーウルフの姿になって食事を摂らないとカロリー不足で倒れてしまうらしい。
大うさぎの日は助かる。残り物が少ないからだ。
食後、大うさぎの毛を集めておく。いくらか量が溜まってきたら町で売る予定だ。今日みたいに冬のように寒い日には必需品となるだろう。
倉庫に置いておく。
水晶Wi-Fiの中継器を枕元に置いてウトウトしていた。
外から風の音がする。
フローリングのしんとした部屋は、ケルヒャーとともに眠る。
朝日が昇ると同時に水晶Wi-Fiに昨日とは違ったニュースが流れている。
「ビヒャルテ公、王都にて大規模軍事演習」
さいきん勢力を伸ばしつつある貴族の一角だ。
そういえば入居者のリストのなかにビヒャルテ公に縁の深い人物がいたような……
ケルヒャーはそう思い当たると契約書をパラパラとめくる。
一号棟、二号棟、三号棟、五号棟……
五号棟に住んでいるレスクリンだ。水晶Wi-Fiの青年だったと思い出す。
王都で軍事演習か。敵国もいない、況してや魔族も攻めてきていない、この状況で意味がわからないな。ケルヒャーは鋭く睨んだ。
火を起こして兎汁を温め直している間、水晶Wi-Fiのニュースに聞き入る。
軽く食事を済ませると外に出た。ちょうどレスクリンが荷物を背負って外出するところだった。
目が合う。いつもなら、なんとなしにスルーされるが、このときは違った。
レスクリンが目を瞬かせた。そうして近づいてくる。
「――ラングレイス公のご子息と見えますが」
「そ、そうだけど……」
ケルヒャーは後退りする。なんだか嫌な予感だ。
「ビヒャルテ公より通達がありました。王都ニ集結セヨ。革命ノ狼煙ガ上ガッタ」
「はい?」
――革命?王都に? なにを言っているんだ?
「ご存知ないのですか? 無理もございません。じつはビヒャルテ公はあなたの母君であるマリウェリスカ様のご友人だったのです」
ケルヒャーは呆然とした。母親――マリウェリスカ――には友人が多かったと聞く。そのうちの一人がビヒャルテ公だったとは。
レスクリンがケルヒャーのまえで跪く。
「伝説級の勇者さま。いざ王都へ行きましょう」
「……待て。話がでかくなりすぎだろ」
……頭痛の種が増えた気がする。
背後で水晶Wi-Fiがのんびりとニュースを読み上げている。ケルヒャーは突然鳴り響いたアラートにハッとする。
王都の緊急事態を告げる警告音だろうか。状況を整理して、態度を決めたケルヒャーはレスクリンに告げた。
「――だが、断る」
「……なんですって」
「俺はのんびりしたいの! 革命とか王政とかどうでもいいの。寡頭政治になったくらいじゃ、俺のスローライフは止められないぞ」(つづく)




