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第十一話 ドラゴンの○○

「ケルヒャー、急いで! 日が暮れちゃう」

「分かってる、すこし休ませて……」


 ケルヒャーの息づかいは荒い。構わずにイライザが前を走る。夕暮れ時の畦道をふたりは走る。しん、とした夕暮れ時だ。前世の国、日本であれば(ひぐらし)が鳴いていそうだ。


「ハァ、ハァ……」


 背中に背負った例のアレが重い。ものすごい速さで日が暮れていく。ふたりが住居に着いたのは、人々が寝静まる頃合いだった。

 住居を前にゴブリンの群れが見える。緑色の小鬼がぞろぞろといた。


 遅かったか……

 ケルヒャーはそう思ったが、すぐさま予想は裏切られた。


「ゴギャッ……!」「グ……ッ」


 弾けるようなモーニングスターの打ち込みだ。ということはすでに戦闘は始まっている? メイが素早い身のこなしでゴブリンの懐に入り込み、武器を振り回している。ジュンが鉄槍でゴブリンの喉笛を突く。


「……ゴッォ!」


 たくさんの悲鳴がした。二人にゴブリンが襲いかかろうとした。さっとノーヴェンバーがカバーに入る。三人の連携は三日前と変わらずに、なんと美しいことか。


 だが多勢に無勢なのは変わりない。ゴブリンの数が前回より多く見える。

 紫色の鬼火がゆらゆらとゴブリンのあいだで動いている。


 ケルヒャーとイライザがそこへ乗り込む。イライザの灰色になったアイスソードはまだ切れ味を保っている。ゴブリン如きにはその威力が変わらないのだ。

 汗だくのケルヒャーは息を切らしながらメイたちに合流した。メイが気づいてジュンに合図した。


「――旦那さま、おかえりなさいませ」


 とジュンがスカートを手で持ち上げて挨拶した。


「……ただいま、ハァ、ハァ……」


 遠くのゴブリンの一匹が危険を察知するように逃げ惑う。近くのゴブリンがそのまま興奮を抑えつつも攻撃の間合いに入っている。鼻息が荒い。

 頭では分かっているのに、体の衝動が抑えきれないといった様子だ。構わずにジュンがケルヒャーに尋ねた。


「旦那さま、それは何でしょうか?」


 ジュンが指さしたのは、ケルヒャーの背負った袋だった。


「これはね……」


 イライザが唇に指を添えてウィンクした。


「ドラゴンの!」とケルヒャーが袋をひっくり返した。砂に混じった固形物がザバーッと辺りに散らばった。

 そこから漂う不思議な匂い、ゴブリンが匂いを嫌がっている。


「ゴッゴ、ギャ……?」

「ッゴ、ッゴ?」

「グゴ……!」

 

 なにやらゴブリンが合図し合って、その場から一目散に猿のように逃げていく。

 

「旦那さま、何をされたのですか?」

「これだよ」


 ケルヒャーは鼻を擦って言った。指さしたのはさきほどの袋の中身だ。


「……ドラゴンの糞だよ」


 三人が目を丸くし、口を(にわか)に開いた。


「旦那さま、ではドラゴンの巣に入られたのですか?」

「そうだ、流石に一人じゃ無理だったけど……」


 イライザがケルヒャーの腕を小突いた。


「またまたぁ……」

「で、そこで糞を集めてきた。ドラゴンの許可は取ったぞ」


 ジュン達は唖然としていた。お互いの顔を見ていた。半分の月が上っている。扉を開けると管理棟のなかでウィズが震えていた。


「……ケルヒャー、怖かったよぅ!」

「ワーウルフの男の子が困った顔して!」


 ――朝日とともに管理棟がノックされた。

 扉を開ければメイ、ジュン、ノーヴェンバーが私服で立っていた。


「あの、旦那さま。きょうはお伝えしたいことがありまして……」

「なかに入って。何の用だい?」

「お仕事を辞めたいと思いました」


 ケルヒャーはじっと彼女たちを見つめた。


「それで――?」


 腕を組み直す。三人の意思が聞きたい。

 

「メイドではなく、入居者としてここに住みたいんです!」


 思わぬ答えで、僥倖とはこのことだろう。


「……契約書を持ってくるよ」

「ありがとうございます。きのうはぐっすり寝られて、三人で決めたんです」

「そうか、そうか」


 ケルヒャーは微笑んだ。やさしい笑みだった。


 ギルド会館には入居希望者にプロフィールを書かせるようにして変な入居者が来ないように働きかけた。

 入居希望者が徐々に集まりだした頃、彼は自身の力を信じ始めていた。

 掌を開いたり閉じたりした。この手でドラゴンを倒したのに、現実味がない。

 庭に撒いたドラゴンの糞は土に分解されないようで、そのまま埋めることにした。


 ケルヒャーは気づいていなかった。――ダンジョン近くにドラゴンの糞を撒く迂闊さに。


 入居希望者が昼、住居に来るというのでケルヒャーは待っていた。ダンジョン経営が軌道に乗り始めたのだ。人影があって扉を開ける。地味な草色の服を着た男が立っていた。


「ここ、Mi-Fi(マイファイ)通ってますか?」

「わ、Wi-Fi(ワイファイ)?」

「いえ、Mi-Fiです。知らないんですか?」


 話が通じない…… ケルヒャーは眉根を下げた。

 聞けば、王都の様子をいつでも詳しく知りたいので最先端の魔法通信技術Mi-Fiを設置してほしいんだとか。

 王都の様子はまったく分からなかったから、最先端の魔法も知らなかった。ここ、原作知識と微妙に違うのかな。ケルヒャーは首を傾げた。

 考えても仕方ない。魔術工学師をギルド会館から招くことになった。

 水晶と水晶を配線し、スクリーンに王都の様子がリアルタイムで映った。(つづく)

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