我が道を行く 其の二
其の二
「これじゃ、また倍積みもありそうだな」
一息ついて飯でも食べようと、いつもの食堂へ車を停めた。入り口を開けると、すぐさま威勢の良い声が飛んできた。
「おお、真枝ちゃん、いらっしゃい。今日は何にするんだい」
屈託のない笑顔でいつものように尋ねるその店主とは、もうかれこれ十年以上の付き合いだ。カウンターに座り、浮かない顔のままメニューを手に取った。そして再び店主をちらりと見てそれに答えた。
「いつもの」
「あいよ」
先日、会社で健康診断があった。結果は脂質異常症。当然だ。日々ほとんど車中で過ごしているため、食事はどうしてもおろそかになってしまう。休日に余裕があれば冷食を並べ、手弁当を用意することもある。しかし基本的には外食やコンビニがメインとなる。お冷を口にしながらそう振り返っていると、ある一つの疑問が脳裏に浮かんだ。
「なんで毎日、食べているんだろうな」
もちろん腹が減っているからであり、そうした欲求を労働で得た金で満たし続けている。おかしいだろう。それを満たすために、また倍積み運行をしなければないのか。
「やっぱりあいつら、俺のことなんか何とも思っていないな。きっと目先の金だけだ」
そう思いながら手元に届いた天丼をさっと平らげた後、席を立つとすぐさま店主に右手を挙げて伝えた。
「旨かったよ、御馳走さん」
ちらりと見た店主はそれまで振っていた鍋の手を一瞬だけ休め、一秒ほどこちらをじっと見ていた。しかし再び手を動かすと
「おおう」
大声でそう答えた後は再びこちらを見ることはなく、再び手を動かし始めた。いつも見ている顔じゃなかったので、閉店後に店主は妻にこう尋ねた。
「真枝ちゃん、どうかね」
「どうって何よ」
「何とも思わなかったか」
「そうね、そう言われるといつもより疲れていたような」
「だろ、大丈夫かな」
後ろのテレビがニュースを放映している。
「今日の午後十五時頃、高速道路を走る大型トラックが・・・」
妻ははっとしてすぐにテレビを消した。
「柄にもなく何心配してんのよ」
「何だか、あの横顔が気になってよ」
昼食後、四件目の積み込み場所に到着した。時刻は午後四時過ぎ、荷主と会い詳細を聞いた。
「今日の出荷分がここに書いてある通りだ。もし可能なら全部積んでくれるとありがたいんだがな」
その用紙を手にしながら重い口を開けた。
「そりゃあ気持ちはわかりますが、こんな重量オーバーじゃ走れませんよ」
「まあな、でも今日の荷物はこれだけだ、もし無理なら後は会社に何とかしてもらえばいいだろう、じゃ頼んだよ」
手にした用紙には総重量十トン。つまり、今までの荷物全てを積むなら十七トンになるのですぐさま会社に連絡した。
「四件目は十トン以上だぞ。既に七トン積んでいるから全部積んだら、十七トンだ」
それに河野辺は薄笑いで答えた。
「だったら、積めるだけで良いよ」
その時に何か吹っ切れた。
「あのよう、そうやって俺が何でも積んでいくのを知っているからそう言うんだろ、もう無理だ、三トンも積まねえぞ、それにこの後に寄らなくちゃならない荷物の詳細も、未だに聞いてないからな」
「段ボール数箱だから心配するな」
「はっ、どうだかな。いざ到着したらパレット二、三枚なんてのはざらだったからな」
「はっは、まあ落ち着けよ。大丈夫だ」
「はあん、どうだかよ」
「ま、とりあえず積めるだけ積んでくれ。途中に寄る荷物の量はまだわからないが、分かり次第連絡するから。そうかっかするなよ、じゃあな」
半ばこの野郎と思いながらも終話ボタンをそっと押した。もう何度もこの手口に合っている。この先を予想するのはいとも簡単だった。
「応援に向かっている車と連絡が着かない」
とか、
「他の車はもう現地入りしている」
など。
この事態を収拾するのは俺しかいない。
そう伝え続けてきた河野辺に一泡吹かせてやろう。ふざけるな。他の車は自社便ではないため運転手を特定するのは難しい。ただ、今回も同じような手口で働いた人は他にもいるだろう。河野辺が今でも事業を続けている。それがその証拠だ。そう思えたのでまずは先輩の牧にこう尋ねてみた。
「牧さん、以前から思っていたんですが、あの帰り荷担当の河野辺さん。どうも連携出来てないように思うんですね。なんだかんだ理由をつけてきて、俺に仕方ない状況を迫っているとしか思えないんすよ」
「それなあ。ただ帰り荷は彼に任せっぱなしだし、それに妙に口うるさく介入すれば紹介を打ち切るとまで言っているからな。悪いが穏便にやってくれないか」
その答えに憤慨し、あからさまにこう答えた。
「そうですか。しかし今日はいくら先輩でも言わせてもらいますよ。俺は入社して十年以上になりますが、そうしたやり方で辞めた他の仲間がいたのはご存じでしょう。もし、こうして俺が声を上げなければ今後もお内容に苦悩する後輩が続出するでしょう。それを知ってのことですか」
すると牧は何かを言いたそうに沈黙した。その数秒後、再び威勢を放った。
「しかし面倒な奴だな。わかったよ、だったら途中の荷物の集荷を放棄して直行すれば良いさ。何せお前は日給だからな。積もうが積まなかろうが給料にはまるで変わらないわけだし」
「ええ、そうですよ」
「だったらもうそれでいいだろう。面倒だ、そのまま目的地に行けば良いさ」
そして電話が途切れた。
四件目。構内作業員が積み込みに協力してくれる手はずだった。最初こそ無言で荷造りしていたが、その途中から予定などを口にし始めた。
「明日はさ、朝から子どもの面倒を見なけりゃならないんだ、しかも朝の七時からだよ。で、今は二十二時。もう帰らねえとな」
そう耳にし、すぐに答えた。
「だったら。もう帰れば良いじゃないですか」
「いや、この荷物はどうするんですか」
「俺が何とかします。さ、お帰り下さい」
「そうですか、助かります」
すると、もう一人の作業員も
「実は俺もなんですよね、いいですか、帰っても」
もちろん。と、にこやかに答えて貴重な作業員二人を見送った。
明日の朝の東北に合うのだろうか。
やれるだけやるしかないと、一人でひたすら荷造りを始めた。
時刻は午後十一時を過ぎた。途中に寄るところがあるため、今すぐにでも出発しないとならない。
結局は午前零時を過ぎ、ようやく荷物をまとめた。その後、休憩もないまま市場へ直行した。途中の現場へ到着した後、パレットの上に並ぶ品物に目を通した。そこには指示書にはないものが多数並んでおり、これは一体どうしたことかと思いながらすぐさま連絡した。
「河野辺さん、寄るように言われていた所に来たんですけど」
「うん、で、どうしたんだ」
「それが目当ての荷物がないので」
「そんな訳ない、もう一度見てみろ」
「何遍も見ましたよ。それでもないから連絡しているんです」
「ふうん、わかった。少し待ってくれないか」
「今でギリギリ、もしここで五分以上滞在するなら延着でしょう」
「わかった。それなら目的地に向かってくれ。間に合うよな」
「ううん、おそらくギリギリかと」
「わかった、頼んだよ」
次回、其の参で終話。