一話 『ミシェルの五人の子どもたち』6
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深夜に俺は目を覚ました。
「レイ……レイぃ……」
鼻をすする音が聞こえ、誰かが俺の身体を揺らす。
「どうしたんだ?」
俺は身体を起こして、暗闇の中マイラの方を見た。
表情は分からないが、彼女は思い詰めた声をしていた。
「ごめんねぇ……黙ってようと思ったんだけど……きっと後でバレたらレイ、すごく怒るだろうから……」
「うん、うん。だから、どうしたんだ?」
「アレボリスさんのおうちから、本を盗ってきちゃった……」
それを聞いた途端、俺の頭は急速に覚醒した。
すぐに手さぐりでランプに火をともすと、ベッドの横に座り込み、俺の身体を揺するマイラの手を掴んだ。
「おい、なんであんないい人からものを盗ったりするんだよ!!」
「違うの。取りたくなかったのぉ!! でも、その本が目に入った途端、急にぐああああってなってぇ……」
マイラは絶望的な表情をして、唇をゆがめていた。
クソ、面倒くさいことになった。
アレボリスが治安部隊に言ったりしてみろ。荷下ろしを手伝ったのは俺とマイラだけだ。向こうでは本がなくなった時点で、俺たちを犯人と決めてかかるだろう。
そうしたら、俺たちはこの町を追われる羽目になる。
俺は頬が熱くなるのを感じた。
本!? 本がどうした。そんなもの盗って一体、何になるというんだ!!
だが、マイラを責めてはダメだ。責めたって、状況がよくなるわけじゃない。
むしろ、こうやって報告してくれたことを褒めるべきだ。そうじゃなきゃ、今後、マイラは俺に報告しなくなるかもしれない。
「ああ、分かった。教えてくれてありがとう」
俺はマイラの頭を撫でた。
「どうするぅ? レイ」
「その本は今どこにあるんだ?」
「持ってるよ」
「寄こせ」
俺はマイラから本を受け取った。
舌打ちが出そうになった。思っていたよりも大きい。これだけでかい本がなくなれば、向こうもすぐに気が付くだろう。
かなり高価なものに見える。失くしたままそのままにしておくとは思えなかった。
「『ミシェルの五人の子どもたち』……なんだこれは。童話か?」
不思議なタイトルだった。ぱらぱらとめくってみたが、童話にしては文字が小さく、難しい言葉が並んでいる。
「娘を立派な女性に育てたければ、ミシェルの次女、エレナのように育てると良い。ミシェルは、二十七歳の例年にない寒さの年にエレナを出産した……」
俺は適当に開いたページの一節を読んでみた。
「ううん、それ、育児書だよ」
「育児書?」
「うん、ミシェルっていうお母さんが五人の子どもたちをそれぞれにあった育て方をして、理想的な人間に育て上げるって話」
「これが読みたかったのか? まさか、マイラ、お前……」
俺は腰を抜かしそうになった。
「ち、違う、違うよぉ。妊娠してない。子育てについて知りたかったわけじゃないの」
「ったく、驚かせるなよ!! 一瞬、ぶっ倒れそうになったぞ」
「ごめん……」
「いや、……謝らなくていい。俺が勘違いしただけだ」
俺は自分が早とちりをしたことを自覚していた。
マイラは必要に迫られてモノを盗むわけじゃない。だから内容はあまり関係ない。彼女の場合は、発作みたいなものなのだから。
「にしても面倒くさいことをしてくれたな」
「どうしよぉ……」
「ちょっとは自分で考えたらどうだ!! こんな時間に俺を起こして、お前はなんの考えもないのか?」
「ごめんなさい……でも、どうしたらいいか分かんなくて……」
俺は頷いた。
マイラは嘘が苦手だ。こういったときうまくごまかす脳もない。
「明日の朝返しに行くしかないだろう。港に向かう前に、二人でアレボリスの新居によって、この本を宿屋に忘れていたとか適当に言うんだ」
「うん……」
「まったく余計な仕事を増やしやがって」
「ごめんなさい……」
「もう良いから早く寝るぞ」
俺は寝起きはすごくイライラするタチだ。
真夜中に起こされて、ただでさえイライラしているのに、泥棒を打ち明けられてみろ。誰だって最悪の気分になるはずだ。そのうえ、明日はこの前より早く宿を出て、仕事の前に気の進まない用事を済ませなければいけない。
クソ、せっかくの一日が台無しだ。
俺はイライラしながら、ベッドの中で何度も寝返りを打った。しかし、結果的に言えば寝起きとはいえ俺がマイラに厳しく当たったことを俺はこの後ひどく後悔したのだった。