一話 『ミシェルの五人の子どもたち』5
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翌日はダニエルの言った通りの土砂降りで、仕事は休みになった。
昼食のあと、俺たちは一階の共用スペースに降りてきて、ソファーに座りながら窓の外を眺めていた。
「あ、止んだぁ?」
マイラが窓に頬を張り付けて言う。
「確かに少しマシになったかもな」
「昼から止むなら、朝から晴れてくれたらいいのにね。そしたら、仕事ができたのに」
「同感だ」
仕事は好きではないが、マイラがまた妙な気を起こして、この町を追放されないとも限らない。せめてその前にしっかり稼いでおきたかった。
「退屈だなぁ。レイ、どこか行こっか」
「外に出たら金がいるだろ」
「そうだけど……」
俺たちがそんな話をしていると、二階の部屋から大量の荷物を持ってアレボリスが下りてきた。
「ああ、マイラさんにレイ、昨日はどうも」
アレボリスは麻袋からはみ出した枕を強引に押し込みながら言う。
「どうしたんですか? そんな大荷物で」
「この宿で暮らすのも少々飽きてきたところだったんだ。それで丘の上にある一軒家に引っ越すことにしたんだよ」
「そうですか、せっかく仲良くなれたのに」
「マイラさんはお優しい。それで、さっき小耳に挟んだのだが、お二人は今日仕事がお休みになったとか」
「はい」
「この宿に長く住んでいたから、荷物が大変に多くてね。人を雇って運ばせようと思っていたところなのだが、よかったら手伝ってくれないか? 二人が港で稼いでいる分だけお出しするよ」
「良いんですか?」
「こちらこそ大助かりだ」
「やったね、レイ」
そんな話をしているうちに宿屋の前に荷馬車が到着した。
俺たちはアレボリスの指示に従って、彼の荷物を荷馬車に乗せた。アレボリスがもう一台馬車を呼んだというので、俺たちはそれに乗って、引っ越し先に向かった。
引っ越し先につくと、荷馬車の中から荷物を下ろし、それを家の中に運び込む。
その間、聞いたところによると、アレボリスは両親の財産を受け継いだとあって、王都に大きな屋敷を持っているという。
しかし、法曹学院に通うために、この港町で暮らし始めたのだとか。
学問なんてすぐに飽きるかと思い、最初は宿屋で暮らしていたのだが、それが思いのほか面白く、しばらく飽きそうにないと分かり、引っ越し先を探していたところだった。
宿屋暮らしと言っても、安宿の毛布や布団ではよく眠れないらしく、金に不自由のないアレボリスは自前のものを部屋に持ち込んで使っていた。
そのため、彼の言う通り荷物はかなりの量になっていた。
俺たちは彼の引っ越し先で荷ほどきを手伝った。
「あれ? この食器、スプーンが一つ足りないんですけど、良いんですか?」
荷ほどきの最中、マイラがそう聞き始めた。
見れば高級そうな食器セットが丁寧に箱に詰め込まれているが、フォークが二つあるのに対して、スプーンは一つしかない。
「ああ、それ。良いんだよ。そのままキッチンに置いてくれ」
「でも、高そうなのに……宿屋で失くしたのなら探しに行きましょうか?」
「いや、良いんだ。失くしたわけじゃない」
「そうですか……」
この皿も一枚足りないんじゃないか?
俺は箱に収まった六枚の皿を見ながら考えた。
皿の中央には夜空が描かれており、そこに月、火星、水星、木星、金星、太陽がそれぞれ描かれている。これが、月曜日から日曜日の七曜を表しているのだとすれば、土星だけが足りないことになる。
やはり一枚足りていないみたいだ。
荷ほどきを手伝っていくと、アレボリスの家具は不揃いなものがいくつかあった。
だが、俺はそれをあえて気にしないようにした。
他人の荷物についてあれこれ詮索するのはよくないし、俺たちはアレボリスの荷ほどきを手伝って金が貰えればそれでよかった。
下手な詮索をしてアレボリスが機嫌を損ね、心づけを減らされてはたまらない。
そんなことを考えながら荷ほどきをしていると、マイラの手が止まっていることに気が付いた。
マイラはダイニングテーブルの前にぼうっと突っ立ち、何をするでもなく虚空を見つめている。
「マイラ?……マイラ……マイラ!!」
三度目にしてマイラは俺の声に気が付いた。
「え、なに? レイ、どうしたの?」
「手が止まってるぞ。早く荷ほどきを終えて帰ろう」
「う、うん。そうだよね」
マイラはどうにもしゃきっとしないみたいだった。
俺たちはアレボリスの手伝いを終えると、馬車で宿屋の前まで送ってもらった。アレボリスは新居にとどまり、もう宿屋に戻ることはないという。
「良い人だったね」
「ああ、そうだな」
半日で一日分の給料が出たことに俺は満足していたが、それにしても妙な男だった。
悪魔のくせに施しをしたり、学問をしたり。
だが、感じの悪い男ではなかったし、なにか実害があったわけではない。もう金輪際関わることもないのだから、気にすることはないだろう。
俺はそれ以上考えないようにして、宿屋で飯を食べた。
晩ご飯を食べているときも、マイラはずっと静かだった。
何か考え事をしているようにぼうっとして、ときおりため息をついたり、心ここにあらずと言った様子でスープを意味もなくかき回していた。
あまり考えたくはなかったが、よくない兆候だった。