最終話「ドリフターズと汚れた手」7(6/6)
ルスフォードは引きつった笑みを浮かべた。
「マイラ、何するつもりだよ!?」
マイラは俺の言葉を無視した。
「あなたのせいで、わたしは色んな人から嫌われ、いつも最後には追われることになる」
マイラの手はぶるぶると震えており、そのたびに刃先がルスフォードの首筋に触れる。
「泥棒を働いたのはお前だろう。俺のせいにされても困る」
「そうだね。悪いことをしたのはわたし。でも、あなたがいなければ、幻視もできないくせに偉そうな本なんか書かなければ、わたしはお母さんと普通に暮らすことができた」
マイラは悔しそうに唇を噛んだ。
「わたしはお母さんのことが好きだった。何をされても、何を言われてもお母さんを信じようとした。でも、限界だったんだよ。家を出ないと、わたしの身体も、わたしの人生もダメになると思った」
「それが?」
ルスフォードが視線を外したそのときだった。
マイラは刃の面をルスフォードの頬にあて、くいっと自分の方に向けさせた。
「ちゃんと聞いて。わたしはお母さんに愛されてるかさえ、分からなくなったの。でも、わたしは最後までお母さんのことが好きだった。好きだったけど……好きでいるのがとても苦しかったんだよ」
「だから、なんだ」
「あなたのせいで、お母さんはわたしに酷いことをした!! お母さんは、わたしを愛してたのに!!」
「信じる方が悪い」
マイラはナイフを振り上げ、ルスフォードの眉間を睨みつけた。
「やめろ、マイラ。こんな奴、殺す価値もない」
「あなたのせいで……あなたのせいで……うわああああああああああああああああ」
マイラは雄叫びをあげると、ナイフを勢いよく振り下ろした。
俺は目を見開いた。
目の前で起こったことが一瞬、わからなくなった。
刃先は滑るように皮膚を食い破った。
途端に、沸騰したように血が沸きだした。
「ああああああああああああああああああああああっ!!」
マイラは絶叫した。
彼女は、自分の手にナイフを突き刺したのだ。
マイラは痛みに悶えながらもナイフを抜き、再び自分の手に向かって振り下ろした。
俺はそのときになってようやく動くことができた。
「馬鹿野郎!! なにやってんだよ!!」
俺は慌ててマイラに飛びついた。
彼女の手からナイフを引きはがし、彼女の手をおさえ、止血を試みる。
マイラは悶絶した。
「放してぇ!!放してよぉ!」
マイラはいやいやと体をよじり、取りつかれたようにナイフに手を伸ばそうとする。
「馬鹿! 自分の手なんか傷つけてどうするんだよ!! お前は悪くない。お前は悪くないんだから」
俺は彼女を羽交い絞めにし、暴れる彼女を抑えつけた。
「レイ、やめて!! いやぁっ!!」
俺は一層強く力をこめた。
だが、彼女が本気を出せば、俺を弾き飛ばすことは簡単にできただろう。俺は彼女を止められないことが分かっていた。
それでも、俺は必死になって彼女を抱きかかえた。
「そんなことすることないんだよ、マイラ。俺たち、なんとかうまくやってこれたじゃないか? だろ? アレボリスの家から本を盗んだのに、カミングス一家の商売道具を横取りしたのに、俺たちはそこそこ楽しく暮らせてる。それで何の問題がある?」
「でも……でもぉ……」
「なんとかなるって。俺たち、今までだってそうやってきたんだから。な、な?」
俺は彼女の頭を撫で、必死に彼女を説得した。
マイラはやがて大人しくなり、俺の腕の中で嗚咽を漏らし始めた。
ルスフォードは地面から起き上がることもせず、血に染まった顔で呆然とその光景を眺めていた。




