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最終話「ドリフターズと汚れた手」7(5/6)

「それは……、それは……」


「俺がかわりに答えてやろう。それはグリーンメスカルを作っていたのが、他ならないあんただったからだ」


「ルスフォードさんがグリーンメスカルの製造者?」


「グリーンメスカルはもともと鎮痛剤として使われていた薬に複数の薬品が調合されているという。医学者でもあるルスフォードには容易に作ることができたんだろう」


 ルスフォードはあの薬については誰よりも詳しく、どれくらいの量で、どんな効果がいつ現れるのかを知っていた。

 彼には朝になって幻視の症状が現れ、女中が話し声を聞くよう調整することができた。


「でも、どうして? ルスフォードさんはどうしてグリーンメスカルを作って、港の人たちに配ったりなんかしなければいけなかったの?」


 俺は頷いた。


「マイラ、なぜルスフォードの書いたこの本が、これだけの影響力を持って大勢の読者を獲得できたと思う?」


「それはぁ……みんな子育てが不安だからでしょう?」


「それもあるが、もっと大きな要因がある。それはルスフォードが幻視者だからだ」

 俺がそう言った途端、ルスフォードは忌々しそうに歯噛みした。


「そっか。神さまからの啓示を受けられるから」


「そうだ。幻視者だけが見ることができるという特殊な夢。それは未来を言い当てたり、世界の真相を見つけ出すことができるとされる。だから、大勢の読者は幻視者の書いたものが間違っているとは思いもよらなかったんだ。しかし、その幻視者が本当は幻視を見ることができなかったとしたらどうだ?」


「それって普通の人間と一緒ってこと?」


「その通り。ルスフォード、あんたは幻視者でありながら、生まれつき幻視の能力が欠如していたんだろう?」


「まさか。私はれっきとした幻視者だ。その本だって幻視による神の啓示に従って書かれた真実なんだよ」


「じゃあ、なぜあんたは予測できなかったんだ? 俺がここに来ることを。二度の殺人が、あんたの立場をどんどん悪くさせることについて、神は何も言わなかったのか?」


「くっ……」

 ルスフォードはもはや表情を取り繕う余裕もなかった。


「『ミシェルの五人の子どもたち』の子育て法に悪い影響があると囁かれるようになったとき、あんたは本の作者に疑惑の目が向けられることを恐れた。そして、自分が幻視をすることができないと知られる前に、なんとか幻視をする方法を見つけ出そうとした。それがグリーンメスカルを使って、人工的に幻視を見る方法だった。しかし、グリーンメスカルは量を間違えると、死に至ることになる。そのためあんたはグリーンメスカルを港の肉体労働者や娼婦、乞食に配り、彼らを実験体にして致死量や効果時間を調べ、薬の改良を進めていた。どれも、あんたが『ミシェルの五人の子どもたち』を守ろうとして取り組んでいたことだったんだ」


「ということは、わたしって……幻視のできない幻視者が書いた子育て法で育てられたってことだよね?」

 マイラが視線を落とした。


「それだけじゃない。ルスフォードは、子育てをした経験さえ一度もないんだ」


「嘘?」


「思い出してみろよ。俺たちがルスフォードと初めて会ったときのこと。ルスフォードは孤児院で、六歳の子どもを引き取ろうとごねていた。しかし、六歳の子どもは商家で住み込み奉公に出されるため、養父の申請は受け付けていないと言われ、渋々、クピディアさんの赤ちゃんを引き取ろうとした」


「そ、そういえば……」


「ルスフォードは『ミシェルの五人の子どもたち』の作者として疑いの目が向けられたとき、せめて自分がこの方法で利口な子どもを育てたと主張できるようにしておきたかった。だから、孤児院から聡明な子どもを引き取り、さも自分が育てたように扱うつもりだったんだろう。しかし、それが不可能だと分かり、渋々、デイジーを引き取り、実際に育てようとしていた」


「ちょっと待って。…………ってことは、わたしのお母さんは、幻視を見ることもできない、子育てさえ一度もしたことがない人の子育て法を信じて、わたしにあんなことをしていたの?」


「マイラのお母さんは、お前を愛してたんだ。決して、お前を傷つけようと思ってロウソクを垂らしたり、薄暗い書庫に閉じ込めていたわけじゃない。ただ教科書が間違っていただけだった」


「ねえ、なんで訂正しなかったの? なんで、自分は子育てさえしたことがないって本当のことを言わなかったの!? みんなあなたの子育て法のせいでひどい目にあってたっていうのに……」

 マイラはルスフォードを睨んだ。


「訂正するわけないだろ。俺はあの本で国民の意識を改革することに成功していたのだから」


「国民の意識?」

 ルスフォードは満足げに頷いた。


「あの本は、人は育て方次第でどんな人生も送れることを示唆している。そうだろう? あの本がこれだけ多くの読者を得たのは、才能や生まれに関わらず、訓練や経験で何にでもなれることを発見したからだ。しかし、その前はどうだ? 使徒は軍人や看守に、天使は僧侶や彫刻家に、幻視者は文筆家や法律家になるのが当たり前とされていたのだ。本人が何になりたいか、どんなことをしてきたかに関わらず、家柄や種族で生き方を決められるのが当たり前だった。俺は後天的な訓練や経験の重要性を訴え、人々の考え方を啓発していたんだよ」


 志は立派だろう。


 実際、使徒でありながら詩を書くガープや、悪魔でありながら法律の勉強をするアレボリス、それ以外にも、種族の能力を超えて、生き方を決める人々が増えてきたのは確かだ。


 だが、ルスフォードがそれを推し進める間に、多くの子どもたちが間違った方法で育てられ、虐待まがいの特訓をさせられてきた。


 ルスフォードにはマイラのような存在はどうでもよかったわけだ。この国に先進的な考えを広めることができれば。


「そんなことのために……」

 マイラは俯き、ぐっと拳を握りしめた。


「そんなことのために、わたしはあんな風に育てられなきゃいけなかったんだね……。そんなことのためにわたしはお母さんを憎み、お母さんと離れなきゃいけなくなった!! あなたの、あなたのくだらない本のせいでッ!!」


 マイラはカッと目を見開き、歯をむき出しにしてルスフォードに飛びついた。


 ルスフォードは抵抗しようとしたが、マイラの馬鹿力にあらがうことができず、組み伏されてしまった。


 マイラは目に涙を浮かべ、落ちていたナイフを拾った。刃を下に向け、抵抗するルスフォードに突きつける。



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