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最終話「ドリフターズと汚れた手」7(4/6)

「ああ、マイラのお母さんはその本、『ミシェルの五人の子どもたち』を参考にお前を育てようとしたんだろう」


「どうして?」

「親なら子どもに立派に育ってほしいと考えるのは当然だろう。体力、気力、知性に富み、我慢強く家事や育児に耐える女性が立派であることは疑う余地はない。まあ、その本に書いてある方法は明らかにやりすぎだがな」


「それで、どうしてわたしがこの人に殺されることになるの?」


「考えてみろよ。その本に従って育てられた子どもが頭に問題を抱え、繰り返し訪れる病的窃盗に悩まされていたとしたらどうだ? その本の読者は驚き、怒り、パニックを起こすんじゃないか。自分の子どもにも何か異常な傾向が見られるんじゃないかって」


 『ミシェルの五人の子どもたち』の育児法があまりに過激であることは、薄々多くの読者が気付いていたようだ。


 それはこの件をスクープしようとしたガープの行動とも一致する。


 しかし、実際にそうやって育てられた子供がどんなふうに育ったのかを検証することは不可能だったし、多くの親は自分の子どもが思い通りに育たなかったのは、自分がルスフォードの子育て法を徹底できなかったからだと考えた。


 しかし、実際は違った。


 乞食や、娘を失った母親として人々の同情を集めようとしたコラリーの母親。日常的に訪れる病的窃盗に悩まされるマイラ。


 彼女たちがそうなってしまったのは、ルスフォードの子育て法を徹底できなかったからじゃない。

 二人の親は、ルスフォードの子育て法を忠実に実践しすぎたのだ。


「スモール博士はマイラの病状と生い立ちを聞き出す中で、この異常な子育て法が子ども心理に悪影響を及ぼすことを確信した。そして、それを同じジュピタル・ソサエティのメンバーであるルスフォードに訴えた。そうだろう? ルスフォード」


「まさにその通りだ。博士はあの日の晩も俺のところにやってきて、この本について声明を出すべきだと言った。内容に誤った部分があったことを認め、これはあくまで伝記小説でしかないことを訴えるべきだと」


「だが、あんたはそれを断った」


「当然だ。本の内容を今さら訂正する気はない。だが、それだけだ。俺は殺してない。俺が博士の家を訪れたのは、前日の夜、それもその場にはアレボリスも、ヤスミンもいたんだ。そんな状態で殺せるわけがない」


「そうだよ。スモール博士の女中さんは、翌日の朝にスモール博士の話声を聞いてる。前日の夜に殺されたなんてあり得ないよ」

 俺は頷いた。


「確かにスモール博士は翌日の朝生きていたさ。声が聞こえたというのならそうなんだろう。しかし、話し声が聞こえたからと言って誰かと会っていたとは限らないだろ」

「どういうこと?」


「スモール博士はうなされていたんだよ。悪夢という名の幻視にな」


「それってつまりぃ、スモール博士は一人でしゃべっていたってこと?」


「ああ、そうだ。俺たちがカミングス一家から二ダースも横取りしたグリーンメスカルという薬があるだろう?」


「あのぼうっとして嫌なことを忘れられる薬?」


 グリーンメスカルを飲まされた人間は長時間の無感覚状態に陥る。


 その後、幻視作用が現れる。薬の量が多すぎると、過剰摂取により脳が破壊され、やがて死に至るという。


「ルスフォードは前日の夜、別れ際にスモール博士の紅茶の中にグリーンメスカルを盛ったんだろう。そして、博士が無感覚状態になったのを確認したうえで、マイラのカルテを確認し、都合の悪いページを破った。その後、何食わぬ顔で家を出た。やがて朝になると次の症状、幻視が現れた。スモール博士は幻視の中で神と対話をしたのだろう。その話し声を聞いて女中は誰かと会っていると勘違いしたんだ。そうだろう? ルスフォード」


 グリーンメスカルはガープの部屋で見たあの異常な事態を可能にしていた。


 ガープはグリーンメスカルを飲まされて無感覚状態に陥っていたから、目の前でルスフォードが部屋を荒らしていたとしてもそれを咎めることなどできなかった。


 そして、ルスフォードは『ミシェルの五人の子どもたち』に関するガープの記事や、原稿をすべて持ち去った。


 ガープはやがて無感覚状態から解け、幻視を見た。


 幻視の中で、人は神からの啓示を受けられるという。


 恐らく、神はガープにメモを残すよう啓示を与えたのだろう。夢にうなされながらも、ガープは俺のためにメモを残し、神の啓示に従って、隠し持っていた原稿を本の中に隠した。


 その後、グリーンメスカルの副作用でガープはこと切れた。俺が聞いた激しい衝撃音はこと切れたガープが床に倒れる音だったし、額にできた傷はそのときのものだ。


 しかし、ガープやスモール博士はその傷で殺されたわけではなかった。死因は撲殺ではなく、毒殺。


 グリーンメスカルのオーバードーズだった。


「下らん。すべてお前の憶測だろ」

 ルスフォードは毅然として言った。


「アレボリスの言う通り、ガープは良い記者だな」


「なに?」


「ガープはあんたの本がこの国の子どもに危険な影響を及ぼしているだけじゃなく、あんたが、港の肉体労働者や乞食、娼婦たちにグリーンメスカルを配り歩いていたことも突き止めている。何人かの肉体労働者から目撃証言を得ていたようだぜ」


 俺はポケットの中から原稿をとりだした。


 そこにはガープの実直な字で、証言者の名前、職業、そして、裕福な身なりの黒毛の幻視者がグリーンメスカルをただで譲ってくれた際の様子が詳しく書かれていた。


「な……」

 ルスフォードは瞳の奥に焦りを浮かばせた。


「さあ、教えてもらおうか。裏社会を牛耳るカミングス一家でさえ、流通経路を特定できなかったグリーンメスカルをあんたはなぜ大量に手に入れ、そして無料で配ることができたんだ?」



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