最終話「ドリフターズと汚れた手」7(2/6)
「うんざりなんだよ。こんなこと!! 俺はただ働いて、自分の商売が始めたいだけなんだ」
俺は愚痴りながら闇に手を伸ばした。
マイラのせいで、いつも俺は尻ぬぐいばかりさせられることになる。その結果、農場を追われ、仕事を遅刻し、余計な出費がかさむことになる。
俺は金を貯め、ボートを買いたいだけなのだ。
ボートに食料や生活品をたっぷり乗せ、金持ちが持つ海岸沿いの孤島に向かってこぎ出す。島まではせいぜい五百メートルから一キロくらいで、波は穏やかで日ざしが心地いい。
孤島につくと、すぐに島で休暇を過ごしている金持ちやその友達が、酒や食料を持ってきた俺に群がってくる。週に二度か三度そんなことをやって、金持ちからはたっぷり心づけをもらう。
そうやって過ごせる場所が、故郷の近くにはいくつもあったのだ。
マイラはハッキリ言って足手まといだ。それでも、マイラがいないことを思うと、港で馬車馬のように働くのも、夕食の時間も、途方もなく退屈に思えてしまう。
「お前が誰を殺そうとしたか思い知らせてやる」
つま先に何かが当たり、とっさにそれを掴んだ。
それは男の肩で、筋肉が隆起し、腕がしなる。
男が反撃してくるのが分かった。
薙ぎ払うのか、振り下ろすのか、それとも突き出すのか。そこまでは分からない。ただ荒い息遣いが闇の中で揺らいだのを悟っただけだ。
何も分からないまま身を屈ませた。突き刺されたり、薙ぎ払われるのを恐れ、頭を下げた格好だった。
「ぐはっ――」
俺は喘いだ。
ナイフは肩口に刺さり、男は手ごたえを得て刃先をねじ込んだ。
「うあああああああああ――――」
俺は絶叫した。
だが、次の瞬間には不思議と笑みがこぼれていた。
「ははは」
「何が面白い!?」
乾いた笑い声が漏れ、男は怪訝そうに言った。
「全部さ」
「全部?」
「少なくとも俺は今好きでここにいる。自分がしたくてこの部屋に戻り、自分がしたくて彼女を守ってるんだ。自分で決めたことなら、人はなんだって楽しみを見出せるものじゃないか?」
俺は反射的にナイフを持つ手を掴むと、それを手繰り寄せるようにして、男の顔を掴んだ。
「しねえええええええええええええ」
俺は男に頭突きを食らわせた。
がっしり掴んだ顔を離さず、何度も何度も、まるでキツツキのように頭を打ちこんだ。
鼻血か、あるいは口の中でも切ったのかもしれない。
男の顔から血が噴き出すのが分かった。その鉄臭い霧に包まれて、俺は歓喜の熱に浮かされた。
「楽しいじゃねえか。殺し合いはよ」
悪魔はしたいと思えば他人の入れ歯だって洗ってやる。
こいつを打ちのめしたいと思った時点で、すべては俺の中で喜びに変わっていた。
「しね、しね、しね、しね!!」
俺は頭突きを繰り返した。
俺はこのままこいつの頭をかち割ってやるつもりだった。
そのときには後先のことなんかすべて分からなくなっていて、こいつを殺した結果、俺がどうなるかなんて考えもしなかった。
それが悪魔の悪いところだ。
今したいことをする。今気持ちよくなれたらそれでいい。
その結果、人間の姿に戻った俺が、後になって後悔することになる。
だから、俺はこの状態になることをひどく恐れていた。
しかし、そのときはとにかくこの男が壊れていくことがうれしく、その快楽にただ身をゆだねていた。
「いててて……なに、なにがあったの?」
暗闇の中、肉のぶつかり合う音が木霊し、マイラが深刻な声をあげた。
「ねえ、レイ、どうしたの?」
起きだしてきたマイラは、狼狽えた声で俺の名を呼ぶ。
「レイだよね? 大丈夫? 待ってて、今助けるから」
マイラが暗闇の中で壁に手を這わせるのが分かった。ペタペタと壁に触れる音が聞こえる。
その声で俺はようやく冷静になることができた。
まずい!!
俺はとっさに男から距離をとると、呼吸を整えて、怒りを収めようとした。
収まれ、収まれ、収まれ、収まれ。
俺は自分の腕に念じ、腕を覆う獣毛と、伸びたかぎづめが鳴りを潜めるのを待った。
マイラはその間に壁にかけたランプをどうにか探り当て、それに火をともそうとした。
震える手で手こずっているのだろう。
ランプがガチャガチャとなる音が聞こえてくる。
闇の中で、男は観念したように荒い息をしている。
数分後、部屋にランプの明かりが広がったとき、俺はなんとか人間の姿に戻っていた。
俺は明かりの中で男の姿を見た。
驚きはなかった。
「そんなに彼女の存在が恐ろしいか? ルスフォード」
ルスフォードは血しぶきに染まった顔を忌々し気に歪めていた。




