最終話「ドリフターズと汚れた手」(過去編)(1/3)
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初めて人の物を盗んだときのことをよく覚えている。
あの日、わたしはいつもように淀みでイカダを降り、川べりに座り込んでレイが来るのを待っていた。
毎日来るわけではない。
レイは二日か、三日に一度、気が向いたときにふらりと現れ、わたしがイカダを引いて家に帰るのについてくる。
レイはいつも身体のどこかに傷をつくってやってくる。
詳しいことは知らないが、誰かに酷い目に合わされているらしく、泣きはらした顔を見られまいとして、村を出てわたしのところにくるのだろう。
夕日が傾き始めていた。
そろそろ帰らないと。
わたしは焦りで一杯だった。
夜ご飯に間に合うように帰るためには、そろそろ出発しなければいけない。しかし、レイが来るかもしれないと思うと、その場から動く気になれなかった。
「昨日も一昨日もこなかったのに……」
だから、わたしはそろそろ来るはずだと決めつけていた。
でも、日はどんどん沈んでいく。
「今日も来ないのかな……」
「もう、わたしとおしゃべりするのに飽きちゃったのかな……」
わたしが不安で押し潰されそうになったとき、川べりを軽快に歩く少年の姿が見えた。
レイはいつになくご機嫌な様子でわたしに気が付いた途端、駆けだしてくる。
「遅いよ!! レイ!!」
「悪い、悪い。これ、作ってたら遅くなってさ」
レイはそう言ってシャツの中からネックレスを引っ張り出した。
「なにそれ」
「フェンリルの牙で作ったんだよ。この前、ここに来る途中にフェンリルにあってさ。飛び掛かってきたから、仕方なく倒したんだよ」
「え、危ないよぉ。大丈夫?」
「ああ、俺にはこれがあるからな」
そういってレイは手の甲をわたしに見せてきた。
「素手で?」
「素手と言えば素手だな。まあ、俺にもいろいろとあるんだよ」
「よく勝てたね」
「それで、皮と肉を売って金に換えたんだけどさ、なんか勲章のようなものが欲しくて、これを作ったんだよ。ほれ、見てみな」
レイは得意げになってネックレスを外すと、それを手渡してきた。
レイのことを疑っていたわけではないが、ただの人間が何の武器ももたずにあの大きな獣を倒せるとは信じられなかった。
でも、それは本物の牙のようで、根元には茶色く変色した肉がこびりついている。それでも三日月状に曲がったそれは美しかった。
「はい、返すよ」
「一昨日、来られなかったのはそのせいなんだ」
レイはポケットにネックレスを突っ込みながら言った。しかし、話に夢中で、ネックレスはポケットの口から大きくはみ出していた。
「一昨日、来るはずだったの?」
「ああ、けど、こいつを狩ってたからさ、あとの処理とかもあってこられなかったんだ」
「そうだったんだ……」
わたしはおもしろくない気分だった。
猛獣に遭遇したのだから、文句は言えないが、それを狩って、皮や肉を売るくらいなら、その場から逃走して、わたしのもとに会いに来てくれても良かったのではないか。
レイにとってはわたしとおしゃべりをするよりも、フェンリルを狩る方が楽しいのだろうか。
わたしがそんなことを考えているというのに、レイは獲物の身長がいくらあったとか、その肉や皮がいくらで売れたとか、そんな話を得意げに聞かせてくる。
「でさ、さっきまで牙に穴を開けて、この紐を通してたんだよ」
「それで遅くなったんだねぇ」
「そういうこと」
わたしはもう来ないのかと心配しながら待ってたっていうのに。
得意げになって話を続けるレイの姿を見ていると苦しくなってきた。
そして、なぜかポケットからはみ出ているネックレスから目が離せなくなった。
ふいに、むらぁっとお腹が疼いた。
突拍子もない考えが頭に浮かび怖くなった。このネックレスをわたしが盗ったらどうなるんだろう。
どうしてか分からないけど、それがとても甘美な瞬間に思えた。




