三話「養父ルスフォード」〈終〉
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「ねえ、レイ、やっぱりクピディアさんのこと好きになったんでしょう?」
「まだその話か。何度も言ってるだろ。俺は子どもを抱いているクピディアさんが素敵な人に見えただけだ」
クピディアさんを送って行った帰り、マイラがいたずらっぽく笑って俺を覗き込んだ。
どうやら機嫌がいいらしい。
「ううん、それでいいの。レイは、クピディアさんのもとにデイジーが帰ってきて、良かったと思ってるんだよね」
「ああ、まあな」
「ってことはさ、わたしの病気も少しは役に立ったんじゃないかなぁと思って……」
マイラはテストでいい点を取った子どものように、ほくほくしながら頬をへこませている。
「おい、調子づくんじゃないぞ。結果がどうであれ、お前がしたのは泥棒だ。俺はあんな真似、二度としたくないからな」
「でもでも、今回だけはぁ、わたしの病気のおかげだよね?」
「黙れ。さっさと帰って寝るぞ。明日も朝から働かなくちゃいけないんだ」
俺はマイラを置いて歩き出す。
「もぉ!! なんで認めてくれないの」
マイラが頬を膨らます。
「お前がやったことは泥棒だ」
俺は歩き続けた。人の物を盗んで、よかったということはない。結果的にどんな結末を迎えてもだ。
その点を譲るつもりはなかった。
だが、マイラが後ろを歩いている気配がなく、ふいに言いようのない心細さを覚えて俺は振り返った。
マイラは手を伸ばしても到底届かない距離にいて、唇を噛んで俯いていた。
彼女は絞り出すように言った。
「わたし、ずうっと苦しかったんだよ。この体のせいで、ずっとレイに迷惑ばかりかけて、いつもいつもレイを困らせるでしょう。だからぁ、一度くらいレイによかったって言ってほしいんだよ。わたしが病気で良かったって」
マイラは上目遣いに俺を見た。
ほんとうにかわいそうな女だと思った。
「俺はな、お前が病気でよかったなんて、思いたくもないんだよ。お前の病気はどうしようもなく厄介で、ハッキリ言って迷惑で、手に負えない。お前が病気でよかったなんて、これから先も絶対言わないからな。何があってもだ」
俺はそこで言葉を切った。
ため息が出そうになるのをぐっとこらえる。
柄にもないセリフにためらいを覚えながらも、俺は言った。
「だが……お前がいてよかったと思う瞬間は、なくはない。別に大したことじゃない。二人で港から帰ってくるときにお前が『疲れたねぇ』って言ってるときとか、二人で飯を食べてるときとか、他の奴らが週末のレースにいくら賭けるかで盛り上がってるときに、俺はマイラともっと別の話ができるときとか、そういうときはお前がいてよかったって思うんだよ」
俺は体中から噴き出す汗に居心地の悪さを覚えながら、さらに続けた。
「だから、お前には港で一緒に働いてほしいんだよ。他のところで、お前がうまくやってるかとか、発作に苦しんでないかとか思いながら働くのは嫌なんだよ」
「ふ、ふーん」
俺が顔をあげると、マイラがとっさに目をそらした。白々しく横を向いた瞳は、小刻みに揺れている。
「ふーんってなんだよ。お前の話をしてるんだぞ」
「わ、わかってるよぉ。でも、ふーんって思っちゃったしぃ、それ以外、言葉が出てこなかったんだもん」
「で、マイラはどうなんだ」
「わ、わたし?」
「これからずっと孤児院で働くのか?」
「レイがそこまで言うなら、港に戻ってあげようかな」
マイラは顔をあげ、ムカつくくらい得意げに笑った。




