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一話 『ミシェルの五人の子どもたち』2(1/2)

 

    2


 港町につくと、俺たちは安宿に部屋を借りた。

 宿屋の主人はデイヴィットとかいう太った男だった。


「おやじさん、俺たち仕事を探してるんだ」

 運よく角部屋に案内された俺は、荷物を置くなりデイヴィットに言った。

「それならダニエルという男を紹介してやる。港に行けば会えるさ」

 安宿を経営していると、こういった事態は珍しくないのだろう。デイヴィットは細かい詮索もせずに、仕事を紹介してくれた。


「ありがとう」


 ただ俺とマイラが、デイヴィットには奇怪な取り合わせに映ったのは確かだろう。

 宿屋の店主はあえて、マイラを見ないように意識していた。

 俺たちは、恐らく駆け落ちをしてきたカップルには見えなかっただろうし、若夫婦にも見えなかっただろう。

 俺とマイラは男同士のような距離感で歩く。まるで肩でも触れ合おうならホモみたいだと思ってるように、しっかり三十センチは距離を取る。

 それにマイラは図体がでかく、ぼうっとしているせいで、どこか間抜けに見える。

 姉弟には見えない。カップルにも見えない。それでいて、よそよそしくも組んで歩く二人。女の方はバカそうで、俺は目付きが悪い。


 バカ女を娼館に売り渡すタチの悪いゴロツキが本線だろう。


 ざっと、そういった推測が働いたらしかった。


「そっちの女の子の方も……どこか紹介した方が良いかい? いや、気を悪くしないでくださいよ。必要ならそういうところにも口をきけるってだけです」

 デイヴィットは取り繕うように早口で言った。

 その言い方からしてパブや娼館の類も紹介できると言いたかったらしい。


「いや、良い。こいつも港で働く」


 宿屋の主人はマイラの身体をじろじろとみた。

「確かに身体は丈夫そうだが、それでも女の子にはちょっときつ過ぎるんじゃないか?」


「マイラは特別だ。荷下ろしくらい余裕だよ」


「まあ、宿賃さえ払ってもらえれば、あんたらがどこで働こうと構わないがね。朝食は五時から食堂で、夜の門限は十一時だよ。それと風呂は男用でね、うちは人夫宿みたいなところだから、女風呂なんてねえんだ。浴場は九時までなんだが、三十分だけ開けておこう。その間に入ってくれ」

「わかりましたぁ」


 港町にはこういったその日暮らしの肉体労働者のための安宿がある。

 この手の宿は最初から男を収容することしか考えていないため、女風呂がないことはよくあった。


「レイモンドさん、そういうわけでお連れさんはよく見てあげてくださいよ。血の気の多い男が出入りしてるんでね。特にアレボリスさんには注意してくれよ。うちのお得意さんでね、トラブルを起こさないでもらいたいんだ」


 デイヴィットは声を潜めた。


「そんなに荒っぽい男なのか?」

「いや、荒っぽいとは少し違うんだけどね。大人しい方ではあるんだが……」

「それなら心配いらないんじゃないか?」

「まあ、言ってしまえば悪魔なんだ」

「悪魔か……なるほど」

 俺は舌打ちを堪えた。

 悪魔とマイラはこの上なく相性が悪い。


「まあ、そのうち会えるだろうから、自分で確かめると良い」

「そうだな、気を付けるよ」

 デイヴィットは俺たちにカギを渡す。

「じゃあ、港に行ってダニエルという男を探すんだな。デイヴィットのところに泊ってるといえば仕事をくれるよ」

「わかった」

 俺たちは荷物を置くと、港に出かけて行った。


 すでに今日の仕事は終わりつつあるようで、街に戻る野郎どもとすれ違う。


 肉体労働者たちはお決まりの顔ぶれだった。人間、悪魔が多くを占め、その中に全身を真っ赤な鱗で覆った使徒が混じる。

 このトカゲの顔をした亜人は極端に寡黙で、人間や悪魔からは忘れ去られたようにポツンと一人で歩く。

 港に向かう道には、他にも巡礼中の僧侶や、歓楽街を目指す旅人がちらほら見えた。

こちらは反対に天使と呼ばれる翼人族と、山羊の足を持つ幻視者が多い。


「おい、分かってるだろうな?」

 俺はマイラに向かって言った。


「うん。

 悪魔とは関わらない。

 使徒には近づかない。

 天使と議論はしない。

 幻視者は信用しない。

 どう?」


 マイラは約束を思い出しながら、指を一つずつ立てていき、四本の指が立った手を、得意げに俺に見せた。

「ちゃんと覚えてるな」

「でしょぉ。すごい?」

「ああ、すごい、すごい」


 これら四種の生物と、人間がいつから共生を始めたのかは分からない。

 分かっていることは、これら四種の生物は神話の記述に照らし合わせ、悪魔、天使、使徒、幻視者と呼ばれている。


 悪魔は引き締まった肉体と黒い尻尾、左右に開く縦長の瞳を持った亜人だ。


 彼らは刹那的な個人主義者で、自身の利益のことしか考えない。そのため礼儀や道徳を解さず、自らの利益になる場合のみ他者を尊重する。

悪魔は享楽的な性格ゆえ、他者を誘惑することがあった。

「あんなことはもう嫌だもんねぇ」

 マイラは目を細め、懐かしそうに遠くを見た。

 彼女が思い出していたことを、ちょうど俺も思い出していたところだった。


「他人事みたいだな」

 俺はマイラの頬にできたやわらかいえくぼに視線をやった。


「まあ、のど元すぎればなんとやらで、ははは」


 いつだったか、悪魔がマイラの窃盗癖を知ったことがあった。悪魔は快楽に抗う彼女を嘲笑し、誘惑に従うよう囁いた。


 そのささやきはマイラの良心を激しく揺さぶった。

 マイラはその後、窃盗の衝動に酷く苦しんだ。いつもより頻繁に襲ってくるそれは、睡魔や性欲のようにマイラを激しくかき乱した。


 そして、マイラはそれに抗う気力が萎えてしまっていた。悪魔のささやきは彼女を悪い意味で素直にしてしまった。

 あれ以来、俺は悪魔とマイラをなるべく近づけないようにしていた。


 使徒は極めて寡黙な種族で、夜行性、規律に厳しく、神話では人間を罰するために地獄から遣わされたと描かれているそうだ。

 薄気味悪いほど真面目なこのトカゲは、冗談が通じない。そして、そういった気性を買われ、主に軍人や看守の職についている。


「使徒も要注意だからな」


「トカゲさんに見つかったとき、許してもらうのが大変だったもんね」

「あんなことは二度とごめんだからな」

 寡黙でクソマジメなトカゲ男に、他人の物を盗んだことがバレたら面倒なことになる。

 まったく、この件に関しても、俺は苦い記憶を十は思い出すことができた。


「天使とは議論しない」


 天使は白い羽をもつ翼人族で、静かな生活を好み、道徳と禁欲を重んじる。

 それゆえ僧侶となったり、質素な家で絵画や彫刻を作ってすごしている。

 悪魔や使徒に比べれば、どうということはないが、天使は油断すればすぐに罪を告白し、穢れた肉体を浄化するようにと、道徳的なことを言ってくる。

 マイラに穢れた肉体を浄化しろだって? ただでさえ苦しんでる彼女に、お前は穢れてるなんて言うのか?

 俺にはそんなこと口が裂けても言えなかった。


「でも、どうして幻視者は信用してはいけないのぉ?」

「信用してはいけないとは言っていない。信用しすぎてはいけないだけだ」


 幻視者の両足はヤギのような蹄を持ち、獣毛に覆われている。神話では神から啓示を受ける存在として描かれていた。

 それはこの種族が特殊な夢を見ることができ、未来を占ったり、失くしたもののありかをつきとめることができるからだ。

 彼らは言語能力に優れ、詩作や文学を好む。それゆえこの国では主に、文筆家、記者、法律家として生計を立てている者が多い。

 彼らの幻視は恐らく本物だが、俺はうさん臭さを感じてもいた。


「まあ、少しは疑ってかかることも大事だろ?」


「そうかも」


 港から歓楽街に向かう道は、仕事を終えた肉体労働者と船を降りた旅人が行きかっている。

その道の端に座り、彼らから施しを受けようと、乞食の母娘が声をあげていた。


「長患いで働くことができません、お恵みください」

「お母さんにお恵みを……」

「長患いで働くことができません、お恵みください」

「お母さんにお恵みを……」

「長患いで働くことができません、お恵みください」

「お母さんにお恵みを……」


 人が通るたびにやつれた女性が哀れっぽい声をあげ、十二、三になる娘がそれに続く。

 母親の方はうるんだ目をぱっちりと開き、通行人全員から同情を買おうと、しきりに視線を絡ませてくる。

 俺と目が合ったとき、女乞食は興奮したように喉をひくつかせ、湿っぽい吐息を漏らした。


「お恵みをぉぉ」


 俺はぞくりとして視線を外した。

 女乞食の目の下には思わず、ぞくりとするような大きなヤケド跡があった。

 火かき棒の先を押し付けられたような、目に向かって細く走るヤケド跡が、痛々しく、またそれと同じくらい恐ろしくもあった。


「いや、俺たちも文無しで……」

 女乞食はどう見ても俺同様の根無し草で、病気で働くことができないのだから、暮らしぶりは貧しいのだろう。

 事実、通行人の中には二人を憐れんでお金をあげる人もいる。

 そういった行動にも種族の傾向が現れる。

 天使は額は少ないが、ほとんどの奴が施しをして、彼女たちを励ますような言葉を投げかけるものもいる。


 悪魔は誰一人として施しをしない。

 使徒は施しをするにしても、黙ってお金を入れて行くだけ。

 幻視者と人間は人それぞれで、施しをするものもいれば、しないものもいる。


「かわいそうだね」


「そうだな」

「でも、わたしたちも一チットもないもんね」

「ああ、しょうがない」

 金がないどころではない。俺たちは今晩の宿代をすでに借金している状態なのだ。それを返すためにも明日から働かなくてはいけない。


 俺たちは乞食の母娘の前を素通りして、港に向かった。


 


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