三話「養父ルスフォード」4(1/2)
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数日間、マイラはとくに問題もなく働いていた。すぐにでもトラブルを起こして、戻ってくると思っていたのだが、彼女はよく我慢しているようだった。
あいつはそれでもいいだろう。自分の体調さえよければ、うまくやれるってことが分かってるんだから。それに比べて、俺はあいつが発作を起こしやしないかとずっと心配する羽目になった。
俺は仕事を終えると、宿に飛んで帰りたい気分になる。なにかを盗んで追い出されてやしないかとか、盗んだものを持って帰ってきて、部屋で一人落ち込んでやしないかと思うと落ち着かない。
だが、仕事が終わって急いで帰るなんてバカ丸出しだ。だから、俺はクピディアさんの家によって、なるべく彼女の世話を焼くことにしていた。
マイラよりも、クピディアさんの方が心配だ。彼女の精神状態はひどく不安定で、おっぱいが出ない自分をひどく責めるようになっていた。
「遅くなってすみません。今日は忙しかったもので」
俺は両手に食料を抱えて、クピディアさんの家に入った。
「いえ、レイモンドさんが謝ることではありませんよ……」
クピディアさんはテーブルに頭を乗せ、指先で白い羽を弄んでいた。
クピディアさんの翼から抜け落ちたものだろう。
羽ペンに使えそうな大きな羽だったが、どういうわけか、半分にちぎられており、上半分がなく、ちぎれた部分がギザギザと毛羽立っている。
「今日中にはベビーベッドを完成させますから。そしたら、少しはほったらかしにしても安心でしょう?」
俺は腕まくりをする。すでに木材は切ってあるので、あとは組み立てればいい。
「それには及びません」
「遠慮しなくていいですよ。よく知らない男に世話を焼かれて迷惑でしょうけど、これだけさせてもらうだけですから」
「いえ、もう必要ないのです」
クピディアさんは指先で羽を回した。
「え?」
「今朝、孤児院に預けてきました」
クピディアは俯いた。
孤児院という言葉に俺は耳を疑った。
クピディアさんはデイジーをあんなに愛していたし、常にデイジーのことを第一に考えていた。
孤児院に預けたなんて、信じられなかった。
だが、俺の聞き間違いではないはずだった。
孤児院ではいつか母と子が再会できることを願って形見のようなものを置いて行くのだという。困窮した親がまともな形見を用意できるわけではない。コインやビール瓶の蓋など、手元にあったものをなんでも形見代わりに預けていくのだ。
中には、トランプを半分にちぎったり、イヤリングを一つずつ分け合ったりする場合もある。いつか、欠けた形見が再び揃うのを願って。
クピディアさんが弄んでいる半分にちぎれた羽は、クピディアさんがデイジーに残した形見の片割れなのではないか。
そう考えると、それを見つめる彼女の痛ましい表情にも納得がいった。
「そんな……」
言葉が出てこなかった。
確かに暮らしぶりは酷いものだったし、生計が立っていたとは言い難い。
それでも赤ん坊を預けるのは、犬や猫を預けるのとはわけが違う。
そして、そんなことはクピディアさんが一番よく分かっているはずで、本当にそれしかなかったか、なんて彼女自身何度も考えたはずだった。
だったら、俺に何が言える?
「あの子は日に日に痩せていくばかりでした。いつまで経ってもおっぱいは出ないし、あの子を抱えていたら、まともに働くこともできない。私一人が食べていくこともできないのに、あの子を抱えたまま生きていくなんて不可能だと思ったんです」
クピディアさんは何度も自問自答して、それしかないという答えを見つけたはずだ。それなのに、彼女は自分に言い聞かせているみたいだった。
「そうですか……」
「レイモンドさんには申し訳ありませんでしたね……ずっと気にかけていただいて、何度も助けてもらったのに、こんなことになって……」
「いえ、俺は全然。したくてやってることでしたから」
「でもこれで、なんとか生きていけます。私一人なら、娼館に身をやつしても構いませんし、どこかで掃除婦をしてもなんとかなります」
「ええ、クピディアさんなら、きっとうまくやって行けるでしょう」
「ですから、もう全然心配には及びません。仕事帰りに訪ねてもらうのも、これで最後でしょう」
俺は悲痛に顔をゆがめるクピディアさんを美しいと思った。
この人はどうしようもなく、不幸が似合う女性だ。この状況にあって、顔の作り、体型、話しぶりのすべてが、際立っている。
俺には彼女が笑っている顔を想像できなかった。
思えば、俺は彼女と会ってから一度も笑った顔を見ていなかった。
「これで良かったんです。きっとあの子も幸せです。清潔なお布団で、乳母さんに愛されて、食事だって、私と暮らしていくよりずっと良い物が出ます。これで……良かったんです」
俺は彼女の笑顔が見たかった。今は無理でも、五年後、十年後にでも彼女が何の憂いもなく笑っているところを見てみたいと思った。
だから、俺は口を開いた。




