三話「養父ルスフォード」3(2/2)
「あ、レイ、おかえり」
「ああ、ただいま」
マイラの様子はいつも通りだったので、俺は今朝のやり取りはもう水に流すことにしたのかと思った。
「レイ、あのね。わたし、明日から孤児院で働くことにしたから」
「な……」
俺は言葉を失った。今日一日の些細な反抗だと思ってたのだが、マイラはもう新しい働き口を見つけてきたのだ。
「今日、孤児院に行ってきて、そこの保母さんとして雇ってもらうことになったの。わたし、子どもたちの面倒を見て、洗濯に掃除に、身寄りのない子どもたちに奉仕するの。赤ちゃんを抱っこして寝かしつけたりするんだよ? やさしいお母さんになるの」
こっちが歩み寄ろうと帰ってきたというのに、マイラは嫌味ったらしくそんなことを言い始めた。
「お前、それ本気で言ってるのか?」
「そうだよぉ。いけない?」
「いけると思った理由が知りたいな。大体、例の発作が出たらどうするんだ」
「我慢するよぉ。もし、どうしようもなくてもぉ、自分一人でなんとかする」
「俺と一緒に働いていれば、発作が出そうになっても気を紛らわすことができるし、俺が止めてやることだってできる。お前はそれで何とかやってこれたんだぞ」
「だから、わたしはいつまで経っても馬鹿力の大女なんでしょぉ。わたしだってクピディアさんみたいに女の子らしくなりたいんだよ」
マイラはまっすぐ俺を見つめてきた。
「まずその病気をなんとかしろ。そしたら誰とでも結婚できるし、こんな生活をしなくても済む。いくら孤児院で働いたって、施設の物を盗んでくるようじゃ、ただの泥棒だ」
「我慢するって言ってるじゃん!! そのことばかり言わないでよぉ」
マイラの反抗的な態度に俺は腹が立ってきた。
「俺は現実的な話をしてるんだ! 今までだって、俺と一緒だからなんとかなったんじゃないか。一人で孤児院で働く意味が分からない。金だって港なら倍は稼げるんだぞ」
「汗まみれで倉庫係に怒鳴られながら走り回るなんてかわいくないもん」
「港の男はみんなそうやって働いてるんだ。口が悪いのは職業柄だ」
「いつもレイの言いなりになるとは思わないで!」
「言いなり? 俺はお前のためを思って……」
「とにかく、明日から孤児院で働くから!! 別にレイの許可なんか求めてない」
「好きにしろ!! すぐに追い出されるに決まってるさ」
俺は吐き捨てるように言って、ベッドにもぐりこんだ。
マイラは表情のない顔でランプの灯を消すと隣のベッドにばたんと倒れこんだ。
枕に顔を押し付けているのだろう。マイラの鼻をすする音が、とても遠くのようにくぐもって聞こえた。
この国において孤児の数は年々増える一方だった。この国の人間が急に奔放な性を謳歌し始めたわけではない。人々が無責任になったわけでもない。
造船技術の発達と新大陸の発見のせいだ。
港町があちこちにできて、どこの田舎にもある人と人との結びつきがなくなり、ひとり親が援助を受けられなくなったのだろう。
そのうえ、新大陸へと大勢の男が駆り出され、その地で骸を埋める人間が後を絶たない。おかげで稼ぎ手を失った女が港町には溢れている。
クピディアさんのような例は決して珍しくない。
孤児院はパンク寸前で働き手は不足している。マイラが満足に働けるなら、身寄りのない子に奉仕するのも感心だが……。
朝、俺はマイラと一緒に家を出た。
だが、向かう先は逆方向。俺は波止場を目指し、マイラは商業地区の端にある孤児院を目指す。
「じゃあ、またあとでな」
「うん」
「頑張れよ。仕事自体はマイラならうまくやれるだろうけど」
「うん」
昨日の喧嘩を引きずっており、会話はぎこちなく、マイラはそっけなかった。




