三話「養父ルスフォード」3(1/2)
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俺は港からの帰りにクピディアさんの家に寄った。
彼女は再び俺が来たことに驚いていた。
「レイモンドさん、どうなされたんですか?」
「ああ、ベビーベッドを作ろうと思って」
俺は玄関の前に角材を置き、買ってきた食料を持って中に入った。
「ベビーベッド?」
「デイジーちゃんが動き回るようになったら、余計に働きに出ることもできないでしょう? だから、柵のようなものがあった方がいい。それなら、しばらくは安全だ」
クピディアさんのために何をしてあげられるか、どこまで向き合えるかと考えた結果、俺が出した答えだった。
彼女を継続的に支援していくことは不可能だし、俺にそれだけの稼ぎもない。かといって、彼女の窮状を知ってしまった以上、放っておくこともできない。
最終的には、彼女が働くとか、物乞いをするとか、自分でなんとかするしかない。
ただし、そのときに生まれたばかりの赤ちゃんを抱いていれば仕事にならないだろう。ベビーベッドを作ってそこに入れておけば、おかしなものを飲み込んで喉を詰まらせたり、階段から落ちたりすることもない。
「わざわざ、そんな……」
「乗り掛かった舟ですから。体調はどうです?」
「おっぱいも全然でなくて……、この子、ほとんど何も食べてないんです……」
俺は毛布にくるまれたデイジーに目をやった。
デイジーは日に日に痩せていくように思われた。
「まずはクピディアさんが元気にならないと。これ、食べてください」
彼女に買ってきたミートパイを手渡し、俺は自分の分をくわえながら、角材を切ることにした。頭の中には大まかな設計図ができあがっていた。
「もう……一生出ないのかもしれません……」
「え?」
「お腹が空いてるから、おっぱいが出ないわけじゃないんです」
「というと?」
「夫が死んでから、何もかもがむなしく、途方もなく感じられるんです。この一分一秒が息苦しく、朝起きて、着替えをするにも服を前にして、じっと立ちすくんでしまうんです。髪にクシを通さなきゃと思って、クシを持ったまま、途方に暮れてしまうんです」
「そうですか」
「私は本当は何も食べたくないんです。でも、デイジーのためだと思ってご飯を食べ、デイジーのためだと言い聞かせて身体を動かすんです。でも、おっぱいだけはどうしても出なくて……。だから、ご飯が食べられないからおっぱいが出ないんじゃないんです。確かに食べるものには困ってますけど……どっちにしろ、私にはもうこの子を育てる能力がないんです」
クピディアさんはパイを時間をかけて噛みつぶすと、咀嚼物を指に取り、デイジーの口に含ませようとした。
デイジーは嫌がり、中々食べてくれようとしない。
クピディアさんは強引にそれを押し込み、嚥下させようと腕の中で揺らした。
それを何度か繰り返したが、デイジーはクピディアさんの指を拒み続け、激しく泣きわめくばかりだった。
そのうちクピディアさんは疲れ果てた表情でやめてしまった。
「きっとなんとかなりますよ。時間が解決してくれることだってあります」
「そうかもしれませんね……。でも、その前にこの子が飢え死にしてしまったら? 病気になってしまったらどうすればいいんです?」
「それは……」
「時間がないんです。このままだとこの子、どうにかなっちゃいそうで……それなのに、病院に行くお金もない、おっぱいすら出ない。私……何もしてあげられない」
「クピディアさんはよくやってますよ」
「その無駄な悪あがきが、この子に残された時間を奪ってるように思えるんです」
クピディアさんは一瞬、何かに取りつかれたように瞳を濁らせた。
そして、首を振り、苦笑した。
「すみません、レイモンドさんにこんな話をしてもしょうがないですよね。今日はもう遅いのでおかえりください。ベビーベッドはいつでもいいので、仕事帰りに長居してもらうには及びませんから」
「それならこれだけ切って、帰らせてもらいます。今週中には完成しますから」
俺は少しだけ作業を進めて、クピディアさんの家をあとにした。デイジーちゃんもクピディアさんも心配だが、俺にしてあげられることはほとんどない。
彼女の家を訪ねて、ベビーベッドを作る口実に食料を置いてくることが限界だ。
マイラは俺の帰りが遅いことを心配しはじめたに違いない。
もしかしたら、今朝のことを少しは反省してくれていれば良い。俺も確かに言い過ぎたし、結局、荷下ろしをしている間もマイラが心配だったのは確かだ。
「俺から謝ろう」
クピディアさんの家を出たところで、俺はそう心に決めた。
一日一人で働いていて分かったのだ。
仕事をしている間も、マイラが一緒だと落ち着く。
あいつが目の届くところにいるのは安心だし、休憩のあいだも話し相手に困ることもない。
仕事の後、飛んで帰るのは癪だったが、お互いに歩み寄るのなら、俺から謝るくらいの譲歩は見せても良い。
俺はそう思って宿に戻ったのに、マイラから聞かされた言葉は衝撃的なものだった。




