三話「養父ルスフォード」2(1/3)
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天使はクピディアと名乗った。
クピディアさんの家は町の郊外にあって、かなり立派な家だった。スリをしなければ暮らしが立ち行かないとは思えない普通の家だ。
しかし、中に入ってみると彼女の困窮ぶりがうかがえた。
家財道具はすでに大部分が売られており、がらんとした部屋の真ん中にかごが一つ置かれ、痩せ細った赤ん坊がか細い声で泣いていた。
「ごめんね、デイジー……」
クピディアは赤ん坊を抱いてソファーに座ると、胸をはだけさせ、赤ん坊に母乳を飲ませようとした。
汚いソファーの上にはぼろきれのような毛布が丸められており、これで夜の寒さを凌いでいるらしい。
「お願いだから出て……」
クピディアは自分の胸を恨めしそうに見つめて、乳房を揺すった。
「クピディアさん、飯は食えてるんです?」
「いえ、ここ二三日は何も……」
「それじゃあ、おっぱいも出ないでしょう。何か買ってきますよ」
俺はマイラをクピディアの家に残して、飛び出した。露店商に行って、そのまま食べられそうなパンや、フルーツ、肉を買って戻ってくる。
簡単に調理をしてそれらを出してやると、クピディアはそれを申し訳なさそうに食べ始めた。
「すみません、あなたからお金を盗んだのに……こんなことまでしてくださるなんて」
「まあ、泥棒にもいろいろありますから」
「そうですよ。クピディアさんの場合、しょうがない部分もあります」
マイラがどう思っているのかは分からないが、俺の場合、人の物を盗むことに関しては、すでに普通の人の感覚とはかけ離れている。
窃盗症の女と組んで歩いているのだから、正義を信じ、心の底から罪を憎むことなどできるわけがない。
クピディアさんの場合はなおさらで、この女性を教え諭したところで問題は解決しないだろうし、罰を与えたところで、同じことを繰り返すのは目に見えていた。
「夫が死んで、どうすることもできなかったんです」
クピディアさんは俯いた。
彼女の話によると、クピディアさんは一か月前まで幸せな新婚生活を送っていたのだが、ある日、夫が酒場の口論に巻き込まれ、酔った客にナイフで刺し殺されたそうだ。
職人だった夫は、稼ぎも悪くなく、暮らしも安定していたように思われたが、死後思ってもみない借金が見つかった。
家具を売り、衣装を売り、なんとか借金を返済したものの、デイジーの世話をしながらでは満足に働くこともできず、今では食べるものにまで困るありさまだという。
「それでスリをねえ」
「本当にすみません……」
デイジーがまた泣き始め、クピディアさんはフォークを置いて、かごに駆け寄った。
「この子ったら、十分も休ませてくれないんです」
「良かったら、抱いておきますよぉ。クピディアさんは食べてください」
「そうですか、すみません……」
マイラはデイジーを優しく抱き寄せると、ゆっくりと揺らしはじめた。すると十分もしないうちにデイジーは静かな寝息を立て始めた。
「ねえ、レイ、この子泣き止んだよー」
マイラが感動した声をあげた。
「ほんとうだ。やせ細った私より、居心地がいいのかもしれませんね」
クピディアさんはそう言って弱々しく笑う。
「そんなことありませんよぉ。お母さんの腕の中が一番良いに決まってますよ」
「そうでしょうか。こんなおっぱいもでないお母さんでも……?」
「こいつはトロいから、子どもや動物に好かれるんですよ。いや、好かれるっていうより舐められてるんじゃないですかね。とにかく鹿でも鳥でも、こいつに寄ってくるんです」
「む、レイひどくない? そんなんじゃないから。わたしは子守りがうまいんだよ」
「確かに、マイラさんは良いお母さんになりそうですね。力も強いし、優しいし」
「ですよね、ですよねぇ! その調子でレイを説得してくださいよ」
「フフフ、お二人は仲が良いんですね。もう結婚はされてるんですか?」




