三話「養父ルスフォード」1(2/3)
「金がない!! デイヴィットに払う金が消えた!!」
「嘘、いつ?」
「あの天使だ」
俺は後ろを振り返った。
だから、変な感じがしたんだ。
俺がこのまま帰してはいけないような気がしたのは、彼女が美人だったからじゃない。すられたことを薄々感じ取っていたわけだ。
「追うぞ!」
俺は走り出した。
「でも、天使がスリなんかするかな」
マイラが隣で首をかしげる。
「天使なんて名前だけで、実際はただの翼人族だ。禁欲的な性格とは言うが、中には泥棒をする奴もいるだろ」
「それはそうだけどさ」
マイラはどうやら俺がどこかで落としてきたとでも思っているらしい。確かに俺も、あの天使がすりをするとは信じられなかった。
だが、通りの角を一つ曲がり、あの天使の背中を見つけたときには、俺の疑念は確信に変わっていた。
「またやってやがる」
天使はふらふらと飛び出し、歩いている男にぶつかると、わざとらしい悲鳴をあげて尻もちをついた。
そして、何度も申し訳なさそうに頭を下げ、男の脇をすり抜けようとした。
「見えたか?」
「うーん、確かにあの子の手が一瞬、男の人のポケットに触れたような気はしたけど」
女が首尾よく立ち去ろうとしたとき、後ろを歩いていた男が女の腕を掴んだ。
「オマエ、スッタナ」
「ひぃ……な、なんですか……」
「マエノオトコ、カネをウバッタ」
女が捕まったのは使徒。寡黙だが頭の固いトカゲ人間だ。
「すみません、すみません……」
女は必死に頭を下げ、遅れてすられたことに気が付いた男が、使徒と女に駆け寄った。
「おい、お前、本当にやりやがったのか? 手の中見せてみろよ」
「コッチニコイ」
使徒と男が二人がかりで天使を裏路地に引きずっていく。
「本当にやってたみたいだね」
「とにかく追いつこう」
裏路地に入ると、二人の男は女の衣服を掴み、スカートをめくり、女の持ち物を改めているところだった。
彼女の身体からかなりの盗品が見つかったようで、すでに使徒の両手はいっぱいになっていた。
「返してください……」
「なんでだよ、これ全部盗んだものなんだろ」
「家で赤ちゃんが待ってるんです……何か食べて、おっぱいを出してあげなくちゃいけないんです……」
「知らねえな、そんなこと。俺から金をすろうとしたんだからよ。バレたからには、俺が姉ちゃんの荷物を奪っても文句はないはずだよな」
「コノオトコがタダシイ」
「そうだろう? あんたももうちょっと取ったらどうだ」
男は言って使徒の手に札束を握らせた。
俺の金だった。二つ折にした紙幣がきっかり三十枚。
「お願いです、返してください!」
天使は使徒の腕に飛びつき、シワだらけの札束を奪い返そうとした。
「うっせえな、このクズが!! 自分の立場が分かってんのかよ」
男は天使の胸倉を掴むと、彼女を路地の壁に叩きつけた。
「よく見ればキレイな女じゃねえか。身体の方でも罪を償ってもらわねえとな」
男は天使の顔を両手で包み込むと、涙の跡や頬についた土埃を乱暴にぬぐい取った。
「いやっ……やめてください……」
「コノカネ、オレガ、イタダク」
使徒はシワだらけの札束を数え終えると、それを当たり前のように自分のポケットに入れる。
「さあ、姉ちゃん。こっちを見てくれよ」
男はいやいやと顔を反らす天使の首を強引に自分の方に向けた。
「あんたら楽しそうなことしてるな」
俺は二人に近づきながら言った。
「あ?」
男と使徒が一斉に俺の方を見た。
「いや、俺もその女から金をすられたんだ。ちょうどそのトカゲ男が持ってる金だよ」
「だから、どうしたんだよ」
「その金はこっちに返してほしいんだ」
「今は俺のものだ。本当にお前の金だと言う証拠もない」
「俺はカッとしやすいタチなんだ。二度は頼まねえからな?」
「ウバッテミロ」
「そうだ、やってみろよ」
その言葉を合図に、俺は地面を蹴った。




