三話「養父ルスフォード」1(1/3)
1
「借金完済だ!!」
「いえーーーー」
港で一日を終えた俺たちは、珍しく酒場に寄って、ビールを飲んでいた。
マイラはビールと一緒に注文したミートパイにかじりつき、俺は今しがた数え終えた札束をポケットの中に入れた。
「長かったねー」
「まあな」
俺たちは先日、カミングス一家の商売道具を盗んでしまったために、カミングス一家に目を付けられてしまった。
俺たちは荷物をボスであるカミングスさんに返して、許しを得るまでアレボリスの家に匿ってもらっていたのだが、その間にも宿屋の宿泊代がかさんでいったのだ。
部屋に荷物は置いていたし、部屋を出る手続きさえすることができなかった。
港の粗末な人夫宿なので、宿賃自体は高くはないが、行方をくらませていた間、俺たちは仕事に行くことができていなかった。
たまった宿賃のために、俺たちはかなりの節約生活を強いられていた。
「久しぶりだなぁ、ここのミートパイ!」
マイラはすでに一つ目のミートパイを食べ終え、おかわりを注文し始める。
「おい、そんなに食ったら晩ご飯が食えなくなるぞ」
「平気、平気!! ここ一週間、このミートパイがどれだけ恋しかったか。禁断症状が出るとこだったよー」
「まあ、元はと言えばマイラのせいなんだがな」
「むう、せっかく幸せな気分なのにー。今それを言う?」
マイラは下膨れの頬をさらに膨らます。
「とにかく我慢してくれよ。お前の病気はろくなことにならないんだから。それと、もしおかしくなって、人の物を盗んでしまったときは、すぐに俺に言うんだ。すぐにだぞ」
「分かってるってばー。わたしだって困らせたくてしてるわけじゃないもん」
「そうだな」
ミートパイを食べ、ビールを一杯飲んだところで、酒場を後にした。
俺たちは商業地区に向かう道を並んで歩く。
前の角から、女が飛び出してきたのはそのときだった。
「うわあっ――」
女はどこか芝居じみた悲鳴をあげ、俺とぶつかった。
その女は酷く痩せていて、ぶつかった勢いで後ろに倒れた。
「おっと」
俺は思わず手を伸ばし、彼女の腕を掴んだ。
女と目が合う。
美しい女だと思った。瞳には憂いの陰が差し、鼻筋がくっきりと目立つ。どこかやつれていて顔は青白いくらいだったが、その儚げな様子が一層、彼女の美を引き立てていた。
「大丈夫ですか?」
俺は彼女の身体を支えようと背中に手を回した。
背中は不自然にふくらみ、服とはまた違った柔らかい羽毛の感触が手のひらに伝わる。
「は、はい……。ありがとうございます」
彼女はまだ動揺が収まらないらしく、瞳を小刻みに揺らしている。
「いえ、気を付けてください。この時間は人通りも多いですから」
「ほ、ほんとうにすみませんでした」
女が深々とお辞儀をしたとき、その背中に真っ白い白鳥のような翼が見える。
天使か。
そのまま女は俺の横をすり抜けて駆けだしていく。
「レイ、大丈夫?」
「ああ」
俺は遠ざかっていく天使の姿を眺めていた。
何か妙な感覚を覚えて、彼女から目が離せなかった。
何かに気が付くべきで、このまま彼女を帰してはいけないような気がしていた。
それをどう勘違いしたのか、マイラが不満げな声をあげた。
「へー、レイはああいうのがタイプなんだぁ!」
「誰も何も言ってないだろ」
「確かに美人だったもんねぇ」
「まあな」
「ああ、認めた!! やっぱりああいう人が好きなんだぁ」
「美人だって言っただけだろ」
「そうだよねぇ。わたしみたいにおたふくじゃないし、背も低くて、守ってあげたくなるもんね」
マイラは唇を尖らせる。
「いい加減にしろよ。俺があの天使に惚れたとか言ったか?」
「言ってないけどぉ」
「それならそんな嫌味ったらしいセリフは聞きたくないね。今日は借金の見通しもついて、気持ちよく飲んでたところだろ」
「でも、あんな風に分かりやすく見とれるんだもん」
「見とれてなんてない。なんか変な感じがしただけだ。第一、俺とマイラは恋人同士ってわけじゃないんだぞ? 俺が誰に惚れようが俺の勝手だろ」
「それはそうだけどぉ……」
「マイラは何が言いたいんだ?」
「別にぃ」
「だったら、いいじゃねえか。今日はこういうやり取りは抜きにして楽しく飲んでたんだろうが。帰ったら貯まってる宿賃をデイヴィットに払って、気持ちよく寝るんだろ」
俺は無意識にポケットに手を這わせた。
宿賃の話をしたから、その存在を確かめたくなった。
そして、次の瞬間、背筋が冷たくなった。
今度は意識的にポケットを叩いた。
「ない!」
「なに?」
俺はもう一度ポケットを叩き、今度はポケットに手を突っ込み、そこにあるべき感触を探した。




