三話「養父ルスフォード」(過去編)(1/2)
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ある日、お母さんはわたしにプレゼントを買ってきてくれた。下流の淀みでレイと出会ってから、二週間くらいが過ぎた頃だった。
「マイラ、これあなたに。どっちがいいかしら」
母の手にはピンクのかわいらしいワンピースと、黒い地味な髪留めが握られていた。
お母さんがプレゼントをくれることはめったになく、わたしは飛び上がって喜んだ。
「わあ、お母さんありがとう。どっちにしようかな」
ワンピースは淡いピンク色で文句なしにかわいかったし、髪留めも黒くて地味ではあったが、普段とは違った髪型にできると思うと魅力的だった。
レイに見せたら、なんて言ってくれるだろう。
わたしはお母さんにレイのことを話していなかった。そのため口には出さなかったが、頭の中ではワンピースを着てレイに会いに行く光景が浮かんでいた。
かわいいって言ってくれるだろうか。いや、レイはたぶんそんなこと言わないか。それでも、いつもと違う格好で会えるのはうれしかった。
だから、わたしはピンクのかわいらしいワンピースを選んだ。
お母さんの瞳が暗く濁ったのはそのときだった。
「ほんとうにこれでいいの? こっちの髪留めもかわいいわよ」
でも、それはほんの一瞬の出来事だったし、わたしはピンク色のかわいいワンピースに浮かれていて、ほとんど気にも留めなかった。
「うん、わたし、こっちがいい」
わたしはワンピースに触れた。生地はさらさらで柔らかかったことを今でも覚えている。
「じゃあ、これをマイラにあげるわね。ここに座りなさい」
お母さんはそういうとわたしを暖炉の前に座らせ、わたしにワンピースを握らせた。
「うん、かわいいね」
わたしは嬉しくって、目を輝かせながらワンピースを見つめていた。いつもは地味な服ばかりで、それもボロボロの服をなんども仕立て直し、繕い直して、着ていたから、こんな服が着られるのかと思うと胸が躍った。
だから、わたしはワンピースを胸に抱え、今からお母さんが着せてくれるのかとワクワクしながら暖炉の前で待っていた。
お母さんは髪留めの方をテーブルに置くと、わたしの隣にしゃがみ込んで言った。
「失格よ!! どうしてこっちを選んだの、マイラ!!」
お母さんが突然叫び出し、わたしは驚いて顔をあげた。
その顔には失望と怒りが浮かんでいた。
「お母さん……?」
「おかあさんはあなたに虚飾を好むような娘にはなってほしくないわ!! それともあなたは見栄っ張りの嘘つき女になりたいの!?」
お母さんの口からあふれてくる言葉がわたしの周囲に浮き漂っていた。わたしの中には入ってこず、混乱したわたしの周りを取り囲んでいる。
「ご、ごめんなさい。でも……」
「どうしてこんな派手な服を選ぶの? こんなのはくだらないわ!!」
「でも……お母さんがくれると思ったから……」
「ええ、あげますとも。ただし、今すぐそれを燃やしなさい!!」
「え、どういうこと?」
「そのワンピースを暖炉の中に入れなさい!!」
「え……でも、……お母さんがさっきくれたのに……」
「いいから、燃やすのよ!!」
「ごめんなさい。ごめんなさい。もうしない。ちゃんといい子にする。だから、このワンピースをちょうだい?」
わたしはどうしてこうなったのか分からず、頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。
お母さんからもらったワンピースを燃やしたくはなかったし、どうすればお母さんを怒らせずに済んだのかも分からなかった。
今なら分かる。黒い地味な髪留めを選べばよかったのだ。
「あなたが燃やすの!! そのワンピースが燃え尽きて灰になるのをあなたは見届けなさい。そうすれば、今後一切、くだらないお洒落なんかに執着することもなくなるでしょう」
お母さんの怒りが激しくなっていく。わたしはお母さんを怒らせたくなかった。
「ごめんなさい。もうしないから」
「だめよ、燃やしなさい。すべてが燃え尽きて灰になるまで、暖炉から目をそらしてはいけませんからね!?」
いくら泣いても、謝っても、お母さんはわたしがワンピースを暖炉にくべるまで許してくれなかった。
結局、わたしは泣きながらワンピースを暖炉に投げ込んだ。そして、お母さんの言いつけ通り、燃えていく服をじっと見つめていた。
その頃にはもうこのワンピースを選んだこと自体が罪だったのだと理解していた。
理由は分からないが、そうとしか思えなかった。
わたしは燃えていくワンピースを見ながら、ふと恐ろしい考えに取りつかれた。
もしわたしにレイという友だちがいることを知ったら、お母さんはこのワンピースと同じようにわたしにレイを燃やさせるのではないかと思った。
今までは怒られるのが嫌で、レイのことを話さなかった。
だけど、これからは何があってもレイのことがバレてはいけないと思った。
あのワンピースのことを思い出すと、わたしは今でも息苦しくなる。いくら吸っても空気が入ってこないような、真っ暗闇の中でもがくような、そんな息苦しさだ。




