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二話「グリーンメスカル」8(2/2)

「ええ、しかし、それはわざとではありませんので……」


「レイモンドさんと言ったかな?」


「はい……」


「手下だった男、過去形の意味は分かるね? の話では、バッグを盗んだのは女だと言っていたが、かなり大柄な女だと。それに対して、君は小柄な男だ」


「マイラは俺の連れです。この件の落とし前は、すべて俺が引き受けるつもりで来ました。実際、彼女がバッグを持って帰ってきてからは、俺が管理をしていましたし、宿屋にバッグを取りに行ったのも俺です。カミングスさんの手下とひと悶着起こしたのも俺ですから。そのことについてもご理解いただくために来たんです」


「そうか。宿屋の件に関しては気にしていないよ。手下は酷く痛めつけられたようだが、回復不能になったわけじゃない。もし、返すつもりがあったのなら、誠意を見せるためにもあそこで奪われるわけにはいかないからね」


「おっしゃる通りです」


「一つ聞きたいのだが、あの男は君の連れにヤクを売ろうとしたか?」


「はい。ミートパイを食べながら、気分転換になる薬があると語ったようです」


「ふむ、その件に関しても裏が取れたようだな」

「なんのことです?」


「いや、あの男を始末したのは、バッグを盗まれたからじゃないのだよ。確かに大変なヘマには違いないが、それだけで部下を殺したりしない。あの男を始末したのは、彼があの薬を、誰かれかまわず売っていたからだ」

「それだけのことで?」

 カミングスさんは苦笑し、優しく子どもを諭すように首を振った。


「あの薬は謎が多すぎるんだ。あの薬はこの港町で突然、出回り始めてね。未だに誰がどこで作ってるのかさえ分からないんだ。我々も製造元を突き止めようとしてるんだが、先方も尻尾を掴ませない。そして、どうもかなり危険な薬のようなんだ」


「量が多いと死に至るとか」


「その前に、幻視が訪れる」


「幻視……」


「ああ、あの薬は激しい中毒症状があってね、量が増えるとやがて眠るたびに五感を伴う幻視を見るようになる。やがては幻視の煩わしさに眠れなくなり、そのうちに起きているときすら幻視を見るようになる。慣れない者にとっては、悪夢のような幻視をね」

「そうなんですか」


「我々はあの薬を扱ううえで二つのルールを決めた。一つ、子どもには売らない。二つ、欲しがらないものには売らない。だが、あの男はそれを破っていた。そのうえ、大事な顧客名簿まで失くした。だから、あの男はもう一線を越えたとみなされたんだ」


「確かに、あの男にバルで声をかけられたとき、マイラは薬なんか欲しがってなかった」

 カミングスさんは頷いた。


「そういうことだから、荷物が戻ってきた以上、この件に関しては水に流そう。マトラ弁護士の顔に泥を塗るわけにもいかないからね」

「ありがとうございます」


「一つ忠告があるとすれば、君がまともな人生を願いたいと思うのなら、もうあの薬には近づかないことだ。あの薬は不審な点が多いからね。私も部下にはあの薬を使うのを禁止している」


「じゃあ、なんで売ってるんです?」


「直接の理由は、それが金になるからだ。我々はビジネスとしてそれを扱っている。我々が売らなくても、誰かが売るという理由からね。根本的な原因はそれを買うものがいるからだ。この町は貧困であふれかえっている。売春婦、その日暮らしの労働者、乞食……彼らが未来のない生活にうんざりして、破滅的な気晴らしを求めても驚くにはあたらない。実際、この薬の存在は我々も知らなかったんだ。誰が初めにどこで売り始めたのか、我々が全く関与しないところで、奴らの間にもたらされた。そして、奴らの間でのみ、ひっそりと流行り始めたんだ」

「そうですか」


 カミングスさんの言葉が正しいとは思わなかったが、本人を前に否定するほど俺は愚かではなかった。


「君も港に出入りしているなら、よく周りを観察してみると良い。誰がどう手に入れたか分からないのに、気が付けば皆が手にしている。もっともそれを改めて買い取るのは私たちの仕事だがね」

「頭の片隅に入れておきます」

「そういうわけでこの件は万事解決としよう。今日はここまでにさせてもらうよ。今から食事の準備があるんでね。マトラ弁護士、君もご苦労だった。またよろしく頼むよ」


「お気遣い感謝します」


 俺はカミングスさんの書斎を出た瞬間、扉の前に男がいるのも構わずため息をついた。


 汗で身体中が冷たくなっていた。


 ひどく気を使う面会だったが、なんとか許しを得ることができた。


「ふう――」


 俺はもう一度大きく息をついた。


「お疲れ様です」

「かなり消耗しました」

「行きましょう、レイモンドさん」

 マトラさんに連れられて長い廊下を歩き始めた。


 俺は本気で死を覚悟していた。


 今でも生きてるのが信じられないくらいで、一刻も早くこの屋敷から出たいと思った。


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