二話「グリーンメスカル」8(1/2)
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港からほど近い邸宅では、パーティーが開かれていた。
なんでもカミングス一家の幹部が結婚をしたとかで、大勢の仲間たちが陽気に庭で踊り、記念写真を撮り、花婿を冷やかしていた。
カミングス一家の構成員はほとんどが人間か悪魔で、幻視者と使徒がちらほら混じっている。
招待客の中には天使も混じっていたが、恐らくは何も知らない花嫁の知り合いだろう。
カミングスさんは忙しい方で、滅多に客とは会いたがらない。俺が面会を許されたのは、結婚式が終わって、会食が始まるまでのほんのわずかな時間だった。
俺とマトラさんは招待客に交じって、庭を歩いていた。
「すみません。本当ならヤスミンさんもあの中にいたんでしょう?」
俺は庭に集まった幹部を見て言った。
「ううん、あたしはただの弁護士よ。だから、カミングス一家とは仕事の関係。プライベートな場には顔を出さないの」
マトラさんはなんと二十歳前後のどう見ても俺より年下の女だった。
ヤスミン・マトラ。
法曹学院のOBと聞いていたから、髭を生やした思慮深い中年男を想像していた。物静かだが弁が立ち、カミングスさんを怒らせずになだめる術を心得ている。そんなベテランの弁護士を想像していた。
「どっちにしてもお忙しい中、申し訳ないです」
「ええ、午後からは昼寝をして、野良猫をからかう予定だったんだけど」
マトラさんは冗談を言い始める前からにやにやしていた。
まさかこんな若い女だったとは。
俺は彼女をさりげなく見た。
丸眼鏡の中ですばやく動く瞳はいかにも利発そうに見えた。
身長は俺よりやや小さいくらいか。
胸はほとんどなく、無造作に束ねたポニーテール。
一見地味な上半身に反して、下半身は良く目立った。
形の良い蹄に、毛艶はよく、白い毛は汚れ一つない。さらさらの毛におおわれた足を、ふわりと広がったワンピースから覗かせている。
ヤギの足を持つもの。幻視者だ。
「どうして引き受けてくれたんですか?」
俺はふと気になって聞いてみた。顧問弁護士といえど、カミングス一家にこんな形でかかわりたくないはずだ。なのに、彼女は友だちの友だちということで、仲裁を引き受けてくれた。
「神のお告げがあったからよ」
「それは幻視のことです?」
「そう。この前、眠っているとね、気が付くと、白い雲の上のような場所にいて、そこで神さまと会ったの。明日、困っている者がお前を頼ってくるから、助けてあげなさい。大丈夫、悪いことにはならないだろうって。神さまが悪いことにはならないって言うなら、まあ助けてあげても良いかなと思って」
「なるほど、そんな幻視もあるんですね」
カミングスさんの屋敷に入る。
マトラさんは表情を引き締めて言った。
「カミングスさんには私の方から話すわ。直接、何かを聞かれたときだけ答えて。でも、返事には気を付けること。私が仲介をしたからと言って、許してもらえるとは限らないんだから」
「分かりました」
吹き抜けの大広間から螺旋階段を使って二階へとあがり、そこから長い廊下を歩いた。
突き当たりの庭に面した部屋の前には、ひょろりとした男が立っており、俺たちが廊下を歩いてくるのをじっと見つめていた。
「私です。カミングスさんにお会いできますか?」
マトラさんが男に声をかけた。
「少々お待ちを」
男が中に入るとき、扉の隙間から豪華な書斎が見えた。
しばらくすると、中から扉が開かれた。
「お入りください。カミングスさんがお待ちです」
俺たち二人を中に入れると、男はまた部屋の外で待機した。
「カミングスさん、今日は時間をとってくださりありがとうございます」
「構わんよ。どっちにしろ、この男には会わなければならなかった」
書斎はカーテンが引かれ、薄暗かった。
カミングスさんは五十代くらいの男で、背の低い男だった。
「話は私も聞かせてもらいました。この男はたまたまバルでバッグを間違えたそうです。盗むつもりはなかったと。現に、荷物には手を付けていません」
マトラさんが俺に視線をよこした。俺は担いできたバッグを彼女に渡した。
「ふむ、なるほど。確かにすべて無事だ」
カミングスさんは荷物を確認していった。
マトラさんはその間に、細かい経緯、俺たちが常にバッグを返すつもりでいたこと、バッグ返すまでに時間がかかった理由などを、弁護士らしい整然とした物言いで語った。
「だが、かなり手間をかけさせられた。そのことに変わりはない」




