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二話「グリーンメスカル」7(2/2)


    7


 鍵開けの技術は、六歳のときに母親から教わった。

 母親は、まるで普通の家庭の親が、子どもに読み書きを教えるように、俺に鍵開けの方法を教えた。

鍵の種類を見極め、中の構造を想像し、錠が回るよう先の曲げた針で内部の溝を塞ぐ。そして、ゆっくりと音を立てないよう鍵を回す。


 彼女はそれが生きていくために必要な知識だと考えていた。


 その考えは間違っていると思うのだが、実際、鍵開けはなにかと役に立った。


 母親は恐らく、俺がこんな生き方をする羽目になることを見通していたのだろう。


 いや、それは後知恵た。今になってそう思うだけだ。


 母親はきっと鍵開けの技術を教えたかったから教えたのだ。


 デイヴィットの宿屋は十一時を門限としている。それを過ぎると、入り口の鍵を閉め、デイヴィットは自分の部屋で眠ってしまう。


 金を払って泊っている宿に、泥棒みたいな真似をして侵入するのは情けないが、今晩に限ってはそうするしかなかった。

 俺は宿屋の玄関扉をあけて中に入ると、音を立てないよう階段をあがった。

 窓から差し込まれた月明かりが廊下を照らし、木の床を白く染めている。その光景はまるで霜が降りているかのようで、いかにもつめたそうだった。


 持っていた鍵で部屋を開けて、慎重に中へ入った。


 誰かが侵入した痕跡はなかった。


 それでも警戒を解くことなく、俺は後ろ手で静かにドアを閉めた。


 俺はふうっとため息をついて、ベッドの下に手を這わせた。


「あった……」


 俺は心の底から安堵した。


 もし、すでにバッグがカミングス一家の手下に持っていかれていたら、俺たちは誠意を示して、自分から荷物を返そうとしていたことを伝えられない。


 この荷物はなんとしても、自分の手で返す必要があった。


 月明かりの中で、俺は姿見鏡に映し出された自分の姿を見た。


 なんて顔だ。


 マイラが不安になるのも無理はない。常に怒っているようなつり目と、緊張で強張った表情、ここ一週間の気疲れで目尻には中年男のようなしわが寄っている。


 まだ二十二だぞ。


 老け込む年じゃないはずだ。


 俺は愕然としながら部屋を出た。すべての原因はマイラだ。彼女がカミングス一家の商売道具なんか盗まなければ、こんな思いをせずに済んだのだ。


 俺がデイヴィットの宿屋を出て、バッグを肩にかけなおしたそのときだった。


 路地から吹き付ける生暖かい風に乗って、獣のような匂いが鼻をついた。

「一生、ついてくるつもりか?」

 俺は大通りに出たところで言った。

 振り返ると、暗い路地の陰から二人の男が姿を現した。


「それはあんたの出方次第だな」


 一人は悪魔。アレボリスとよく似た縦長の目と、獣のように毛深く、鉤爪の伸びた手。


 アレボリスとは違って、教養を感じさせない。顎は不健康に尖り、口元には締まりがない。黒いコートの襟はだらしなく曲がり、中のシャツはしわだらけ。悪魔らしい。


 俺はさっと隣の男に目を走らせた。


 もう一人は使徒だった。


 赤黒い鱗を持つトカゲ男で、こちらも同じような恰好だが、どこか神経質そうな印象を受ける。トカゲ男は抜け目なく俺を見つめている。


「何の用だ?」


「あんたがレイモンドか? デイヴィットの宿屋に泊まって、デカ尻の女と歩いてる」

「かもな」

「女の方はどうした?」


「多分、寝てるよ」


「そうか。バッグを盗んだのは女だと聞いてたが、お前が盗ませたのか?」

「盗んだんじゃない。奴がトイレに立ったものだから、物騒だと思って預かってやっただけだ。現に、品物には手を付けちゃいない」

「そんな理屈が通用するとでも思ってるのか?」


「帰ってボスに伝えてくれよ。今日はもう遅いから、明日改めて荷物を返しに行くって。あんたらの商売を邪魔するつもりはなかったから、手荒な真似は控えてほしいとな」


「言い訳を聞いてくるようにとは言われてないんだ」


「そうか」


「荷物を寄こしてもらおう」


「俺は自分の手で荷物を返したいんだ」


 これだけは譲れなかった。

「それは無理な相談だ。なぜなら今ここで、お前は死ぬからだ!」

 悪魔の手元でギラリと光るものが見えた。ナイフだろう。それほど大きくはない。


 それに反して、使徒は一メートルはある三又の責め道具を手にしている。

 それは使徒の間でよく使われる伝統的な武器だった。細長い柄の先は三つに別れ、返しのついた先端は鋭く尖っている。

 奴らは神話以来、それで罪人を突いているのだ。

 監獄では、私語が過ぎればそれで突かれ、反抗的な態度を取ればそれで突かれ、強制労働をサボればそれで突かれる。

 使徒は、とにかく、あのフォークみたいなやつで人を突くのが自分の仕事だと思い込んでいるのだ。

 ステーキを柔らかく仕上げたいときは、こういう男に頼むと良い。


 俺は悪魔の一突きを退いてかわすと、呼吸を整えた。

 本能が危険を察知し、身体が反応し始めたのが分かった。


 両手が疼き始める。まるで皮膚の中を虫が這っているようにムズムズとした不快な感触が広がっていく。

 目の前でチラつく刃物にイライラが募る。血がたぎり始めるのを感じ、俺は自虐的に笑った。


「マイラを連れてこなくて正解だった」


 両手の疼きが限界に達したとき、両腕が獣毛に覆われるのが見えた。それと同時に悪魔のようなかぎ爪が指先から伸びてくる。


「お前……合いの子か?」

「そうだぜ、兄弟!」

 俺は悪魔に向かって笑みをむけた。


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