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二話「グリーンメスカル」6


   6


 宿に戻る気はしなかった。


 恐らく、今頃、宿屋の周りにはカミングス一家の手下が張り込んでいるだろう。


 俺たちが部屋に入ったところに、カミングス一家の手下がなだれ込んできて、俺たちを叩きのめしてバッグを奪うはずだ。


 翌日には俺たちの死体が川に浮かぶことになる。


 たとえ俺たちが死んだ状態で川に浮かんでいたところで、ほとんど捜査はされないだろう。流れ者が野たれ死ぬなんてことは、それほど珍しくはない、酔って川にはまったのか、ケンカをして突き落とされたのか、何か適当な理由を見つけて、そこら辺の墓地に埋められるだけだ。


 カミングス一家はお上から呼び出されることさえないだろう。


 そういった未来は避けたいものだ。俺はバッグすら盗んでいないが、マイラだって、そんな仕打ちを受けるほどのことをしたとは思えない。


 商売道具には手を付けていないわけだからな。


 俺たちは一時的にでも、どこかに身を潜める必要があった。


「よく来てくれたね。ちょうど課題がひと段落ついてね、退屈してたところなんだ」


 突然の訪問にも関わらず、アレボリスは俺たちを歓迎してくれた。

 課題というのは彼が最近通い始めたという法曹学院の課題だろう。この悪魔は変わったことに勉強が好きなのだ。


「マイラさんも久しぶりだね」

「ど、どうも……」

「さあさ、中に入って。今晩はひとつ愉快に過ごそうじゃないか」

 このいつ会ってもご機嫌な悪魔に反して、俺たちの気分は最悪だった。

「あ、ありがとうございます……」


「あれ、マイラさん随分と浮かない顔をしているね。何か悪いことでもあったのかな?」


「まあ……少しやらかしてしまったんです」

 マイラは力なく答えた。


「さあさ、お二人とも掛けて。落ち込んでいるマイラさんに良い物を教えてあげよう。コラリー、紅茶を準備してくれ」


 アレボリスは食器棚の引き出しの一つを開けると、その香水のような瓶をとりだした。中の液体は透き通り、青色に輝いている。


「マイラさん、これはご存じかな? これを二三滴やれば、世間の煩わしいことなどすべてどうでもよくなる」


「ならない!! まったくならないんだアレボリス!」


 俺は思わず叫んでいた。

 そのいかがわしい液体のせいで、俺たちは大変な目に遭っているんだ。その瓶を見ただけで胸が悪くなるくらいだ。


「おや、レイは心変わりが激しいね。つい先日は二人でとても楽しんだじゃないか」


「今は見たくもないんだ」


「そういう気まぐれを我々は尊重するよ。我々、悪魔はしたいと思えば、他人の入れ歯だって洗ってやるが、したくないと思えば純金の指輪だって拾わない」


「そんな悪魔の生きざまの話をしてるんじゃないんだ」


「今晩のレイはどうもピリピリしているね。一体、何があったのかな?」


 俺は椅子に座りなおして、ため息をついた。


 アレボリスにこのことを打ち明けるのは勇気が要ったが、どっちにしろしばらく匿ってもらうためには、本当のことを言うしかなかった。


「実はグリーンメスカルの売人からバッグを盗んでしまってな、カミングス一家の商売道具を二ダースも横取りしてしまったんだ」


 俺はアレボリスにすべてを打ち明けることにした。


 マイラは頭のどこかがイカれていて、ときどき人の物を盗まなくちゃいられなくなること。たまたまバルで盗んだのが、売人のカバンで、カミングス一家の商売道具と重要な顧客名簿を預かってしまったこと。


 その売人はカミングス一家によって殺され、カミングス一家はすでに俺たちがデイヴィットの宿屋に住んでいることを突き止めてしまったこと。


 アレボリスはそれらの話を聞く間、ニコニコと縦長の目を細めていた。


「君たち二人は本当におもしろいね」

「面白がらないでくださいよぉ」

「いやあ、申し訳ない。実際、面白いんだから。でも、そういうことなら私も手が貸せるかもしれない」


「本当ですか?」


「うん、この前も言ったが、私はいま法曹学院で法律の勉強をしていてね、これが大変に面白いんだが、先日、あるパーティーで卒業生の一人と友だちになったんだよ。ヤスミンという人なんだが、その子が今、カミングス一家の顧問弁護士をしているんだ」


「顧問弁護士……」


 マイラは繰り返した。


「そうそう。君たちは荷物を盗んだだけで、中身には手を付けていないんだろう? 別に商売の邪魔をするつもりはなかったわけだし、ちょっとした事故だった。自分のバッグと間違えたと言えば向こうも納得するだろう」


「納得するか?」

 俺は首を傾げた。


「するさ。なぜなら君たちは顧問弁護士のお友達で、ヤスミンが仲介にたって、君たちを許すよう口をきいてくれるんだから」


「そんなことができるんですか?」


「ああ、ヤスミンはきっと断らないだろう。友情はこういうときにモノを言うんだ」

「それなら一つ頼んでもらえますか?」

 アレボリスはそこで真剣な表情になった。


「ただし、荷物があることが条件だ。もし、荷物を失くして、顧客名簿も、グリーンメスカルもすっかり消え失せてしまったというなら、ヤスミンも手を貸したがらないかもしれない」


「それは大丈夫です。あの薬には一滴たりとも手を付けてません」


「それならすぐにでも来てくれるよう頼んでみよう。コラリーに手紙を出させれば、二時間もしないうちに来てくれるはずさ」


「ありがとう」

「ありがとうございます!」

 マイラと俺が同時に礼を言った。


「それで、荷物は今どこにある?」



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