二話「グリーンメスカル」1(1/2)
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俺は一人アレボリスの新居を訪ねていた。
アレボリスの家は整理整頓、清掃が行き届き、床は磨いたように光を反射している。
これだけきれいな部屋は気持ちがいい反面、どこか居心地の悪い思いをするものだ。
ピカピカの部屋で、高級な居間に通され、高級なイスに座っている。そのうえ、かぎ爪の伸びた悪魔が縦長の目で俺を見つめているのだ。
俺は肩が凝りそうになりながら、出された紅茶を啜った。
「この前は済まなかったな」
俺は改めて先日の事件について謝った。
「気にすることはないよ」
「結局、あの後はどうなったんだ?」
「どうにもならないよ。半狂乱になった母親を連れて、コラリーは帰って行ったよ」
「そうか」
「君の方こそ港に毎日通っているんだろう? 今でもあの夫人を見かけるかい?」
「いや、まったく」
「だろうね」
「あんなことがあったらあの女も懲りただろ」
「どうかな。人はそう変われるものじゃないからね。乞食の格好をさせて同情を集めていた方が害がなくて良かったかもしれない」
確かに、あの女は同情を集めていただけだ。
乞食の格好をして、市民から少額の金銭をかすめとる以上の悪さをしたわけではない。もしあの女が同じだけの同情を集めるのに、もっと別の手段を使い始めたとすれば、もっと恐ろしい事態もあり得た。
「それで、どうして俺を呼んだんだ?」
俺はそろそろ気がかりの種を片付けることにした。
先日、俺たちが泊っている人夫宿に使いの者がやってきて、アレボリスが呼んでいるから来いとことづけを残して帰って行った。
悪魔から呼び出される。
いい気分じゃなかった。
その人物の家からマイラが物を盗んだ後となってはなおさらだ。
そのことで金銭を強請られるのかもしれないし、セックスを強要されるかもしれない。
もっともアレボリスは莫大な金持ちだから、その日暮らしの肉体労働者から金を強請ることはないだろうし、女に困っているようにも見えない。
どっちにしても悪魔のことだ。そこまでの悪意はなくとも、イタズラ半分にマイラの窃盗症を面白がり、もっとやれとそそのかすのかもしれないと思い、俺はマイラを連れず、一人で来ることにした。
「ああ、そのことだがね、ちょっと面白いものが手に入ったんで、一緒に楽しもうと思って呼んだんだよ」
アレボリスはそう言うと手を叩いた。
するとキッチンの奥から、先日の乞食の娘が姿を現した。
あのときとは比べ物にならないほど、髪は手入れされており、顔の血色もかなり良くなっていた。
彼女は少し大きめのメイド服を着て、浮き漂うように現れた。
俺はメイドというのは雇ったことはないが、メイドというのはこんなに静かに歩けるものだろうか。マイラに紅茶を入れさせれば、床をバタバタ踏み鳴らし、二日酔いを悪化させるはずだ。
「これはどうしたんだ?」
俺は乞食の娘を指さした。
「ああ、コラリーだ。ちょうどメイドを探していたんでね、雇うことにしたんだ」
「でも、あんたはこの娘を理想の花嫁に育てる気はないって言ってただろう」
「当然だ。私は男盛りの二十六歳だよ? 理想の花嫁を見つけるには、子どものうちから自分好みに育てるしかない。とは言っても、教育に六年もかけるつもりはない。せいぜい、一年、長くて二年くらいだろうか。どこかで十三、四の世間ずれしていない娘を見つけてきて、それを自分好みに育てるつもりなんだ」
「そうかよ」
悪魔に金を持たせれば何をやり始めるか分かったものではないが、どちらにしてもこのいたいけな少女にアレボリスが妙な教育をしないと分かって安心した。
「コラリー、例のあれを持ってきなさい」
「承知しました」
コラリーは言うと、居間の引き出しを開けて、ガラスの入れ物をとりだし、アレボリスの前に置いた。
「これは?」
「うん、知り合いから珍しい薬を貰ったんでね、ひとつ一緒に楽しもうと思って呼んだんだ」
「薬? 俺とか?」
「うん。ちまたではグリーンメスカルなんて呼ばれているらしい。面白い薬だよ」




