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二話「グリーンメスカル」(過去編)1/3

     §§§


 朝起きると、テーブルにはお母さんの作った料理が山のように盛られていた。

 まだ、レイと出会う前の話だ。


「ご飯よ。さっさと食べちゃいなさい」

「でも、お母さん、お腹空いていないよ」


 わたしは眠たい目をこすりながら、お母さんに導かれてテーブルについた。

 外からは鳥の鳴き声と、川のせせらぎ、木の葉がそよ風に揺られてこすれる音が聞こえてくる。

 都会では味わえないさわやかな朝だったが、わたしは朝が夜の次に嫌いだった。


 一日が始まるなんて考えたくもなかったから。


 わたしはその日もひどく疲れていて、身体がだるく、朝から大量の食事をする気分にはなれなかった。


「良いから食べるの。少しでも残したら許さないからね」


 お母さんは厳しい口調で言って、わたしの前に腰掛け、わたしが食事をとるのをじっと見守る。

 パン、厚切りの肉、スープ、サラダ、ヨーグルト。

 一番小さなヨーグルトでさえも、大きなボールになみなみ入れられており、底なし沼を覗き込むような思いがする。


 厚切り肉の横には目玉焼きがぼん、ぼん、ぼんと三つの目玉をぎょろりとさせ、早く食べろと迫ってくる。

 どれも昔は好物だったし、当時も一口か二口は、心の底から美味しいと思えた。

 でも、お腹いっぱいの状態で嫌々食べることになると分かっていたので、特にあの日のような疲れていて食欲もわかない朝なんかは、見るのも嫌だった。


 食べきるまでお母さんは絶対に許してくれなかった。


 後になって、それらはとうてい子どもが食べきれる量ではないと知ったが、そのときにはもうわたしの胃はそれだけの食事を受け付けるようになっていた。


 わたしはお腹がはちきれそうになりながら、なんとかすべての食事を詰め込んで、吐き気をこらえながら椅子から降りた。


「ご……ご、ちそうさま……」


「偉かったわね。さ、今度はお勉強の時間よ」

 お母さんはわたしの頭を撫でてくれた。そして、すぐにわたしを書庫にまで連れて行った。

 書庫、といっても、わたしは、あとになってからその言葉をしって、あの部屋が書庫だったのだと納得しなおしたのだが、当時はあれが何の部屋なのかよくわかっていなかった。


 お勉強部屋と呼ばれていたその部屋は、不気味で、陰気で、寂しく、わたしが一番苦手な場所だった。

「さあ、マイラ、お昼まではお勉強の時間よ。居眠りはいけませんからね」


 その部屋は狭く、真ん中に椅子があって、四方の壁が本棚で覆われている他には何もない。


 本棚には大量の本があり、一番下の段は簡単な絵本から、上に段にいくにしたがって難しそうな本になっていく。一番上はたぶん哲学系の本で、わたしの身長が伸びるにつれて、それに適した本に手が届く仕組みになっていた。


 わたしはその一冊を適当に取って、椅子につく。


 入り口の扉には大きな鏡があって、そこに本を読む自分の姿が映っている。

 わたしはお母さんの言う通りに気が向いた本を手に取り、椅子に座る。そして、文字を一生懸命追って、本の内容をなんとか理解しようとする。


 しかし、あれだけ食事を詰め込んだ後なので、身体は気だるく、気を失うような睡魔に襲われる。


「マイラ!!! どうして居眠りをするの!?」

 突然、部屋の外からお母さんの金切り声が響き渡り、わたしは飛び上がった。


「わ、わわ……ごめんなさい」


 わたしは部屋を見渡し、声のする方に謝ろうとするが、お母さんの声がどこからしたかは分からなかった。どこにいるのかも、どうして部屋の外からわたしの様子が分かるのかも、いつも不思議に思っていた。どこに向かって謝っていいか分からないながらも、わたしはお母さんの気配がするほうに上目遣いをした。


「ちょっとは集中して読めないの? お昼寝はお昼ご飯のあとよ!!」


「分かってるけど……」

「口答えをするわけ?」


「ううん、なんでもない」

 わたしは常にお母さんの視線を感じながら、読書をした。


 実際はずっとわたしのことを見ていたわけではないのだと思う。お母さんはお昼ご飯の準備もしなくてはいけなかったし、他にも家事はたくさんあった。


 しかし、わたしが少しでも眠ろうものなら、お母さんは部屋の外から厳しい口調でわたしを叱った。

 わたしは常に見張られているという思いが強くなり、本を読む手が少し止まったときでさえも、お母さんの気配に怯えて慌ててページに目を走らせた。


「お昼ができたわよ、マイラ。お勉強して偉かったわね」


 お昼になるとお母さんが書庫に入ってきて、わたしを連れてテーブルに着いた。

 またもやテーブルの上には朝ご飯に負けないくらいのご飯がある。


「こんなに食べられないよ……」


「大きくて元気な女の子に育ってほしいの。大人になると料理に洗濯に、掃除、一日しっかり働ける立派な女性になるんですからね」


 お母さんはそう言い聞かせて、わたしの口にスプーンをねじ込んだ。


 わたしはまたもや重たいお腹を抱えながら、パンやステーキを飲みこんだ。


「さあ、次はお昼寝の時間よ」

 食事が終わったかと思えば、今度はすぐにベッドに連れて行かれた。


「疲れた。いっぱいねむりたいな。できれば夕方まで」

 わたしはお母さんに甘えて言う。


「夕方まで寝たら夜、眠れなくなるでしょう? それにお昼寝のあとは運動の時間なんだから。外で元気よく遊ばないとね。じゃないとすぐに風邪をひく子に育つわよ」


「風邪なんか引かないもん」


「ほら、口答えはやめて。さっさと眠っちゃいなさい」


 お母さんはわたしの口元まで毛布をかけ、わたしが眠りにつくのを我慢強く待った。


 わたしは大量に詰め込まれたご飯で気分が悪く、ひどいときは頭痛までしてくるので、結局は気絶するように眠ってしまうのだ。

 しかし、そんな状態で眠ったのに、一時間後に起こされるのは余計に苦痛だった。


「マイラ、お昼寝は終わりよ。さあ、起きなさい」

 お母さんはわたしの部屋に現れて、毛布を引きはがした。


「もうちょっと……」


「だめ!! お外で遊ぶ時間よ!! 早く起きなさい!!」

 お母さんが金切り声をあげ、わたしは驚いて飛び起きた。



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