一話 『ミシェルの五人の子どもたち』7(2/2)
アレボリスの新居に向かう途中、俺は治安部隊の詰め所に立ち寄った。
「例の誘拐事件の犯人が分かったかもしれない」
俺は門の前で見張りをしている治安部隊に行った。
「なんです?」
「丘の上のアレボリスの新居に、一緒に来てほしいんだ。もしかしたら、彼が誘拐犯だ」
もし、一人でアレボリスの新居に向かって、俺になにかあれば、俺たちの行方を知る者は誰もいなくなる。そうなればいよいよ俺とマイラは助からないだろう。
俺は治安部隊の一人にでもついてきてもらうべきだと判断した。
「だから、なんのことです?」
「一昨日にあった乞食の娘が誘拐された事件だよ!! 女乞食があんたらのところに相談に来ただろう?」
「おい、そんなことあったか?」
治安部隊の一人は眉を顰め、隣で見張りに立つ相棒に視線を送った。
「いや、聞かないな」
「だよな。そんな事件があって、ここに相談に来たんなら、俺たちの耳に入らないはずはないんだが……」
「なんだって? 相談に来てないのか?」
俺には何がなんだか分からなかった。
一昨日、絶望的な表情で娘を探していた女乞食は、天使に治安部隊に相談することを勧められたとき、すでに相談はしたと答えていたはずだ。
それなのに、詰め所には何の通報も入っていないという。
乞食の失踪だと思ってまともに取り合わなかったのだろうか。
いや、あり得ない。
まともに取り合わなかったとしても、犯人が分かったと聞かされれば少しは動く気になるだろう。
あるいは……あの女乞食は治安部隊に相談などしなかったのだろうか。
「本当に誘拐事件があったのかい? あんた寝ぼけてるんじゃ……」
「女乞食はお前たちのところに来てないんだな?」
「来てないよ」
「だったら、もういい。一から説明している暇はない」
アレボリスの新居に向かう途中、偶然にも俺は例の女乞食を見つけた。
彼女は朝市のある商業地区のあたりで、娘を探しており、例の哀れっぽい声で周囲に訴えていた。
「どなたか私の娘を知りませんか? 先日、一緒に物乞いをしていた娘です!! いなくなるはずはないんです!! 行くところのない娘なんです」
女乞食の叫びに大勢の天使が集まり、慰めの言葉をかけたり、娘の無事を祈ったりしている。その光景をどこか冷めた目で見つめているものもいる。
俺は彼女に話を聞くべきか悩みながら近づいた。
「みなさん、ありがとうございます……もう一度、探してみます」
「奥さん、大丈夫ですか? かなり具合が悪いようだけど……」
「はい、昨日も一晩中探しておりましたので……でも、娘には私しかいませんから……」
「それは大変だったでしょう。良かったら、うちの修道院で少しお休みになられますか?」
「いえ、結構です。これくらい……娘を失った悲しみに比べたら……」
女乞食は天使たちに濡れ輝いた瞳を向けると、長い間慰めの言葉に耳を傾けていた。
やがて彼女は彼らに礼を言って、立ち去った。
裏路地を抜け、郊外の方に歩いて行く。
俺は彼女の後をつけた。
女乞食は郊外をさらに抜け、丘を登った。
砂利敷きの坂道が曲がりくねりながら続き、木々の間からは遠くの屋根がぽつぽつと見える。
そのときだった。
道にせり出した大きなしだれ柳のために、一瞬、女乞食から俺が死角になった。女乞食は周囲をしきりに気にしていたかと思うと、さっと藪の中に入って行った。
驚きながらも慎重に近づいていくと、すでに女乞食の姿はない。
藪の中には、女乞食が着ていたボロ切れが隠すように置かれている。
「どういうことだ?」
俺は首をひねる。
だが、その先に道はなく、女乞食がどこに消えたかもわからない。
諦めて道に戻ると、二十メートル先を立派な身なりをした貴婦人が歩いていた。
髪は綺麗にクシを通してあり、服は上等。
彼女はどこから来たんだろうか。俺の後ろを歩いていて、俺が藪に入っているうちに、俺を追い越したんだろうか。
俺にはそうとは考えられなかった。
俺は走って彼女に追いつくと声をかけた。
「あの、すみません。もしかして、娘さんがいなくなって、探しているというのはあなたです?」
俺はそう声をかけた。
「はい? なんのことです?」
女は警戒感をあらわにした。
その瞳は女乞食とは比べ物にならないほど、活力に溢れ、頬のコケ方も、顔の輪郭も彼女とは程遠いように思えた。
そして何より、その貴婦人にはアザがなかった。
あの女乞食は目の下に痛々しいヤケド跡のようなアザがあったのだが、貴婦人は真っ白い肌をしており、アザと呼べそうなものは何一つ見当たらなかった。
「そうですか。すみません、変なこと言って」
俺は決まり悪さもあって早口でそうまくしたてると、彼女を突き放すように速足でアレボリスの新居に向かった。
二、三日前から奇妙なことばかり起きているようだ。




