一話 『ミシェルの五人の子どもたち』
女は腕輪を握りしめていた。
牧場主が娘さんからもらったという小さな腕輪で、高価ではないがランプの輝きを含んできらりと光る。
素朴ながら人目を引く腕輪だった。
「ちょっといいかな?」
「……え?」
「え? じゃねえんだよ。あんた、今何を隠そうとしたんだ?」
女は使用人に取り囲まれて、とっさに手を背中に回した。
本人はぎゅっと握りしめた手を隠したつもりだったが、かえって怪しまれるのも分からないようだった。
使用人は女に近づいて手のひらを強引に開かせた。
女の手の中から牧場主の腕輪が見つかった。
牧場主は今朝から腕輪を失くしたと言って酷く苛ついており、使用人たちはそのせいでだいぶ小言を食らっていた。
使用人は女に詰め寄った。
動揺しきった女は、涙目になって謝った。
俺はそれを冷ややかな目で見ていた。
手癖の悪い女だ。
俺は歪んだ正義感で女を庇ってやるつもりはなかった。話をよく聞いて弁護してやるつもりもなかった。
泥棒女がこいつらにどう痛めつけられて、どんな仕打ちを受けようが、まったく自業自得だと思っていた。
こういう女は一度痛い目を見ないと分からないのだ。
もうこりごりだと思うまで。
俺は使用人の輪に近づいて行った。
「よお、レイモンド。この女が犯人だったんだぜ」
この牧場でまっさきに親しくなった厩番がそう声をかけてきた。
俺は黙ってそいつの横を通り過ぎると、輪の中心に入った。
「………………」
女はバツの悪そうな目で俺を見ていた。
いい牧場だった。
飯はうまくて、仕事は山ほどある。ベッドも粗末なものには違いなかったが、手入れが行き届いているのか、ノミに悩まされる必要はなかった。
泥棒女さえ出なければ、俺は何日でも麦の収穫をしていただろう。シーズンが終わるまでたっぷり稼ぐことができたはずだ。
俺はため息をついた。
「逃げるぞマイラ!!」
俺は目の前に立っていた使用人を突き飛ばすと、厩番の顔に蹴りを入れた。わっと使用人たちが散り散りになり、廊下にわずかな道ができる。
俺は女の手首をつかむと、その隙間に突進した。
腕を掴んでくる使用人を振り払い、組み伏せようとしてくる男の鳩尾に拳を撃ち込んだ。
ぎゅっと女の手を握りしめ、力任せに引っ張って走る。
使用人たちが追いかけてくるのが分かる。
階段を駆け下りて、食堂を突っ切ると、俺たちは外に飛び出した。
別れは突然訪れる。
俺は牧場主の娘さんと少しだけいい感じだった。別に結婚できそうだったとか、そんなんではない。
ただちょっとだけ馬が合うような気がしたし、互いに打ち解けていくのがなんとなく分かった。
いつもさよならも言えずに飛び出すことになる。
遅かれ早かれ別れるはずだった縁だ。
にしても、俺の場合はいつも望まない形で終わる。以前、気が合いそうだと思った奴の顔も今ではほとんど思い出せない。
俺は舌打ちをしながら、女の手首を痛いほど強く握りしめた。