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勝利のジングルが鳴った  作者: 秋月流弥
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12月24日【出会い】

 鈴鹿すずか星茄せなは雪降る山道を走っていた。

 バイクで滑走する聖夜の夜八時。

 螺旋階段ように渦巻く山道に合わせ、ハンドルを右へ左へ捻り、ぐるぐる上へ上へと登る。

 何故か道の真ん中に鋭い小石が転がっていて見事にパンクし動けなくなって、星茄はお陀仏になったバイクと道路の隅で震えていた。

 けっこう上まで登ってしまったため下る道距離は少なくない。

 ましてやパンクしたバイクを引きずり徒歩、極寒の雪道を何時間もなんて考えたら動けなくなった。


(どうしてこうなった)


 今日は十二月二十四日。

 クリスマス。

 今年最後のビッグイベントに世間は浮かれているなか俺はバイトで働いていて、幸せな連中を目の当たりにして、やってられなくなって嫌になって……いつの間にか山中を走りパンク。

「自業自得……何やってんだ俺は」


 肩につもる雪が一センチに達した時、手を差し出された。


 袖口のもこもこの白の先には鮮烈な赤。


「遭難者のお兄さん。私といっしょにプレゼント届けにいかない?」


「は?」


 手を差し出してきたのは真っ赤な衣装に大きな白い袋をひっさげた、かの有名なアイツ。

 聖夜限定のヒーロー(否ヒロイン?)だった。



 クリスマスソングの鈴の音に殺意を感じるようになった二十二歳のクリスマスの夜。

 星茄はバイト先のコンビニ前の路上でクリスマスケーキとチキンのクリスマスフードを売っていた。

 イベント時の限定販売は飛ぶように売れる。


「八百円でーす。ありがとうございまーす」


 サンタのコスチュームに身を包みカップルにチキンの入った袋を渡す。

「さっそくうちで食べようか」

「寒~い。帰って早く温めよ」

「え、何を?」

「チキンに決まってるじゃん。も~」

「あははは」

 そっとこぼれた殺意の息を髭の中に戻す。

「鈴鹿くーんチキン残り少ないから追加で焼いてきてー」

 店内からもう一人のニセサンタが顔を覗かす。

「はーい」

 コンビニ店内も人でごった返し。

 イルミネーション見に来た客で溢れかえり大忙しだった。

「いやぁ、皆クリスマスは休みたいらしく集まりが悪くて。鈴鹿くんだけクリスマス空いててよかったよ」

 店長の言葉にミニダメージをくらいながら冷凍庫からチキンを取り出しレジ裏の揚げ物ルーム(正式名称は知らん)へ行く。


「まあ本当だからいいんだけど。店長だって店内一人で頑張ってるし」

 クリスマスは店長と野郎二人で仲良く勤労。

 ということで俺もサンタコスに着替え店前でクリスマス限定フードを販売する係に任命された。

 店内はすべて店長がさばいてくれているためケーキやチキンだけを売っていればいい俺は割りと楽……ではなかった。


 精神的ダメージが凄まじかった。


 目の前は巨大なクリスマスツリー。

 キラキラと輝く電飾の数だけカップルがひしめきあっている。


 人の幸せは凶器だと思う。

「綺麗だね」と会話をふってくれる相手もいなければ「君の方が綺麗だよ」と囁く相手も星茄にはいない。

 見える幸せ全て俺へのあてつけ。


 ジュワアァァァ……!


 あぶるチキンは星茄の黒い感情で焦げ目をつけてる。


(俺の憎しみの業火で炙られたチキンを食らうがいい聖夜を楽しむ者たちよ!)


 なんてしょうもないことを考えつつも店内で流れるクリスマスソングがしっかりと聖茄に冷静さを取り戻してくれる。

「これだけ揚げても売りさばけるんだもんな。凄ぇよクリスマス」

 フライドチキンを揚げたら次はグリルチキンを焼かなければならない。

 今夜クリスマスを満喫する人たちのために。

 チキンに火を通すのは俺。


「俺が焼いたチキンを俺より幸せな奴らが食うのか」

 それでまた俺が焼いて、次来る奴らが美味しそうに食って、俺はまた次の奴らのチキンを焼いて揚げて焼いて……

「そして俺はチキンを焼いて揚げて揚げて焼いて焼いて揚げて揚げて揚げて」



 シフトが九時まででよかった。

 お駄賃のチキン×二箱を抱え幸せの洪水、人の群れをかき分け、気づくと俺は街から遠く離れた山道を走っていた。

 賑わう街に比べて人気はなく車もバイクも走っていない。

「なんで俺ばっかり」

 誰も通らない道の端にひとり。

 泣きそうだった。


 高校二年生の時に父親が死んだ。

 経済的余裕はあったが母に負担をかけたくなかった星茄は私大から国公立に志望先を変更し落ちた。予備校に通うなんて本末転倒なので通わず就職を希望。面接に落ちそのままバイト生活をする日々。

 兄の星茄と異なり妹のかなえは私立の大学に進学した。

 ついでに通ってる大学で恋人もゲットし学業も恋愛も順風満帆。

 本日も恋人とクリスマスデートらしくおめかししてるところを何となく見てたら「見せもんじゃねぇ」と使い古したつけまを投げられた。


 俺だけうまくいってねぇ。


「俺だけ皆がクリスマスに浮かれるなか仕事ですよ。サンタのコスプレしてチキン焼かされましたよ。寒空の中幸せそうな人たちにクリスマスフード売ってましたよー」


 そんな俺は幸せですか?

 んなわけねえって話で。


 鈴の音に心弾ませるカップル、子供、学生若者老若男女業界業者エトセトラ……

 クリスマスっていつからこんな敷居高くなった?


「何してんの?」


 声をかけられぎょっとした。

 さっきまで誰もいなかったのに、隣には女性がこちらをしゃがんで覗いていた。


「ていうかその衣装お兄さん職場にいたっけ。私と同期? でもお兄さん初めて見る顔だな」

「は? 同期? え、なんのこと」


 呟く女性は星茄と同い年くらいだ。

 星茄と同じ赤い衣装に赤いブーツ、サンタクロースの格好をしていた。

 この人も俺と同じで仕事でサンタのコスプレをしてるのだろうか。


「なんだかよくわからないけど、俺はただのバイトだよ。サンタの格好してチキンとか売ってただけの」


 チキンの入ったビニール袋を見せる。


「なんだ同業者じゃないのか。焦ったー。私が届けるの遅すぎて代理の人が来たのかと思った」

「え、同業とか届けるって」

「サンタクロースだからね。ここら一帯の家のプレゼントは私が届けることになってるの」

「君、本物のサンタなの?」

「そうだよ」


 あっさり認めた。


「ええ!? サンタって本当に存在するの!? 初めて見た!」

「普通一生見ないってば。ラッキーだね。ちなみにこれ私の相棒」


 道の隅に何かいた。

 よく見るとトナカイのシルエットだ。


「凄い時代だ。今じゃトナカイも公道を走るのか」

「よく見てみ。ロボだから」

「わあ本当だ!」

 トナカイの形をした大型バイクだった。

「ちなみに走るのは空だよ。さすがに人目は忍ぶよ。今はちょうど休憩してたとこ」

サンタの女性は立ち上がると、


「生きてるならいいや。じゃ、私行くから。元気でね」

「ちょちょちょっと待って!」

 思わず自称サンタを引き留める。

「何さ?」

「俺バイクパンクして困ってるんだ。図々しくて悪いんだけどあんたのそのでっかいバイクで俺と俺のバイクをふもとまで届けてくれないか」


 トナカイ型バイクには両脇にサイドカーが付いていた。

 片方には山積みのプレゼント、もう片方は空いている。

 この大きさなら自分も故障したバイクも乗せられる! と星茄はひらめいた。

「送迎かい。図々しいねお兄さん。うん、いいよ。乗せてあげる」

「マジか!? ありがとう!」

「ただし、条件があるよ」

「あ、チキン? 冷め冷めでよければどうぞ。俺の怨念こもってるけど」

「いやいらない……ていうか怨念こもってるの? 邪念マシマシとか普通に嫌だわ」

「ああそう」

「ふふ」

 そっとチキンをしまうと「ウケるねお兄さん」楽しそうに笑っていた。

 ウケてしまった。

「遭難者のお兄さん。私といっしょにプレゼント届けにいかない?」


「は?」

「条件は一つ。今からお兄さんには本物のサンタになってもらいます」

「サンタって俺が?」

 皆にプレゼントを届けるあのサンタクロースになるってことか。

「お兄さん名前はなんていうの」

「鈴鹿、星茄」

「じゃあサンタの星茄さん。今から一緒に幸せ届けよう。私は“ノエル”。よろしくね」



楽しんでいただけたら嬉しいです!

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