表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

一生市長

作者: 村崎羯諦
掲載日:2023/05/05

「この度湯浅さんは一生市長に任命されました。なので、これから死ぬまでの間、この歯固市の市長として働き続けてください」

「そんな!」


 一日市長の仕事だと勘違いして市役所を訪れた僕は、市長秘書だと自己紹介された職員から告げられた事実に驚きの声をあげた。


「でも、なんで僕はここの一生市長に? 僕はテレビに一回出たことがあるだけのしがないお笑い芸人で、この場所とは縁もゆかりもないはずなんですが……?」

「モチベーションを下げてしまうかもしれないですが、正直誰でもいいと言うのが本音なんです。ここ最近、地方では政治家の成り手不足が深刻なんです。そこで片っ端から芸能事務所に連絡をかけてようやく捕まえ……見つけることができたのが、湯浅さん、あなたなんです。でも、心配しないでください。もちろん名ばかり市長なので、実際に何かしらの仕事をしていただくわけではないですから」


 市役所職員が最後に一言フォローを入れる。お笑いで天下を取ろうとしていた僕は政治になんか興味がなかったし、断ろうと思った。しかし、本当に困ってるということが伝わってきたので、無理だったら適当な理由をつけて途中で辞めようと考え、僕は一生市長を引き受けることにした。僕がその意志を伝えると、秘書はほっと安堵のため息をつく。


「それでは最初の仕事は挨拶回りです。今日からこの街で市長として働くので、まずは隣接する市の市長へ挨拶に行きましょう。きっとこれから先輩市長にお世話になることも多いですし、顔を売っておいた方がいいですよ。隣接する市は全部で三つあるので、急ぎましょう」


 秘書に促されるがまま、僕たちは電車を乗り継ぎ、まず初めに丸楕円市の市役所に向かった。公用車がないのかとちょっとだけ思ったが、名ばかり市長なので強くは言えなかった。


「初めまして、歯固市の一生市長として着任した湯浅です」

「これはご丁寧にありがとうございます。私は丸楕円市の一緒市長の渡辺です。隣にいるのが、私と一緒に市長をしてくれている大岡さんです」

「よろしくお願いします。一緒に市長をできるのであればお互いに心強いですね」

「ええ、業務と責任は半分になって、給料は二人分満額出てているので、これほど楽な市長はないです。お互いに仕事を押し付け合っているので、結局仕事のスピードは、一人の時よりも遅くなってしまっているんですが、悪いともなんとも思っていません」


 次に僕は、同じく隣接している鮭芋市の市役所に向かった。


「初めまして、歯固市の一生市長として着任した湯浅です」

「私は犬畜生市長の多田です。倫理とか道徳なんて糞食らえだと思ってます」

「主義主張は人それぞれですからね。でも、どうしてまた市長なんかに?」

「(私にとって)住みやすい街を作りたくて」


 最後に僕は、隣接しているもう一つの市である貯愛市の市役所へ向かった。


「初めまして、歯固市の一生市長として着任した湯浅です」

「これはこれはどうも、私は四年市長の赤坂です。ただ四年といっても住民からのリコールなどがあれば途中で解任されてしまう可能性はあります」

「……それは普通の市長なのでは?」

「いえ、あまりにも他に特殊な市長が増えすぎて、普通の市長の呼び方も変わってしまったんですよ。でも、この四年市長というのも悪くないですよ。任期が終わればたくさんの退職金が受け取れるんですから。とりあえず、任期中は市民のご機嫌取りだけして、誰からも批判されないようにしようと思っています。退職した後のこと? それは私には関係ありませんよ」


 挨拶回りを終え、僕は電車で秘書と共に我が市役所へ戻った。歯固市市役所へ向かう電車に揺られながら、僕は秘書に話しかける。


「いやしかし、政治家の成り手不足というのは本当なんですね」

「それはまたどうして急に?」

「なんというか、その……控えめにいってもろくなやつがいなかったし」


 それから僕は電車の窓から覗く街の風景を眺めた。今までは気にも留めなかったありふれた風景の中には、若い人、家族、お年寄りが生活している姿があった。この街にはいろんな人が住んでいて、それぞれが取って変えることのできない、一人一人の人生を送っている。もちろん名ばかり市長ではあるけれど、この市の長としてあの人たちのために何かできることはないだろうか? 街並みを見つめていると、ふとそんな気持ちが湧き上がってくる。


「決めましたよ。僕、立派な市長になって見せます」

「え?」

「この市に住むすべての人の暮らしをよくするんです。例えばほら、窓から見えるあの商店街の活気を取り戻し、そして線路沿いにあるあの寂れた公園だって、子供が集まる公園にしてやるんだ!」

「……市長」


 僕の顔をじっと見つめ、それか秘書は少しだけ申し訳なさそうに僕に告げた。


「水を差すようで申し訳ないんですが……ここはまだ、隣の貯愛市です」





*****





 それから僕は市長として必死に働いた。一生市長だったからこそ、長い目で見て一体何をするべきなのか、ということを第一に考え、それを政策に反映させた。もちろん政治のことなんて全然わからなかったから、失敗もたくさんあった。それでも、心温かい市民や市役所職員に支えてもらいながら、僕はこの市のため、必死になって動き回った。


 そして、市長に就任してから1年が経ち、10年が経ち、30年が経ち、50年が経った。気がつけば僕はすっかりお爺さんになって、歳のせいで身体は言うことを聞いてくれなくなってきたけれど、一生市長なので仕事を辞めるわけにもいかなかった。それでも、身体が限界を迎え、業務中に倒れ、病院に運ばれてしまった。


「この50年間、僕は市長としてこの街をよくすることができただろうか?」

「ええ、もちろんですよ」


 病院の病室。僕が市長になってから三代目に当たる秘書がよぼよぼになった僕に手を握りしめながら答える。


「湯浅市長のおかげでこの市は発展し、全国ニュースでも取り上げられるほど魅力的な街になりました。隣接する市と比べたら雲泥の差です。丸楕円市では賄賂と汚職が蔓延り、責任を取らない政治家たちに寄る腐敗政治でめちゃくちゃになっています。鮭芋市では警察が廃止されたことで治安が悪化し、犯罪と暴力が支配する街になってます。比較的ましだった貯愛市だって、無責任な放漫財政が続いたせいで、市の財政が悪化し、財政破綻してしまいました」


 そうか。僕は相槌を打つ。それからゴホゴホと咳き込むと、秘書が僕の背中をさすってくれた。病室内を見渡すと、歯固市の市民から届いた見舞い品で足の踏み場もなくなっていた。そしておもむろに病室の扉が開き、隙間から新しく届いた市民からの見舞い品が室内に乱暴に投げ込まれる。


「不思議だな。僕が自分から選んだわけでもなく、やらされて始めた仕事だったのに、結局死ぬまでこの仕事を続けることになるなんて」

「湯浅市長が市長という仕事を選んだわけではないのかもしれません。でもきっと、市長という仕事が湯浅市長を選んだんですよ」

「そうか、それだといいな」


 僕はその言葉に納得する。それとともに僕に繋がれた心電図の心音の間隔がゆっくりと広がっていくのが聞こえてくる。薄らいでいく意識の中で、医者や看護婦、秘書が慌てふためき始める。お迎えがきた。僕はそう悟ったけれど、不思議と思い残すことはなかった。僕の名前を呼ぶ秘書の声を聞きながら、僕はゆっくりと目を閉じた。


 再び意識が目覚めた時、僕の目の前には閻魔大王が座っていて、パラパラとノートをめくっていた。僕の存在に気がつくと、閻魔大王は僕にチラリと視線を送った後で僕に話しかけてきた。


「前世の行いが良かったので、来世は君の好きな方を選ばせてあげよう。君が次に送ることのできる人生は、お笑い芸人として天下を取ることができる人生と、前世と同じように一生市長として働き続ける人生のどちらかだ」


 閻魔大王が僕をじっと見つめる。それから大王は、「一生市長の方が良いよな?」と確認してきたので、僕は迷うことなく「もちろんです」と答えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ