違和感
「随分とひどい噂ばかりではないか。王弟リンクスは嫌がるジェシカ姫に無理矢理結婚を迫っただの、幼女趣味を姫に押し付けただの。
そんな噂が市井にまで広がっておるようだぞ。このような場所で油を売っていて良いのか?」
「さて、私を気に入らない者とジェシカ姫に好意的な者がいるというだけの話でしょう。大した噂でもなさそうですし何もしませんよ。
それよりも好戦ムードを高める方法でも考えた方が良いのではないですか?ジェシカ姫の祖国守るためなら民衆は立ち上がりますよ。」
王の執務室には歳の離れた兄弟が2人、朝の爽やかな空気に小鳥の囀りが聞こえてくる。
「もちろん戦の準備はさせて貰うがの、もう少し自分の評判も気にして良いのではないか?」
「別にそこまで間違った噂は流れていませんし、真実はもっとつまらない物だと大抵の人は分かるでしょう。
まぁ真実を詳らかにするつもりは毛頭ございませんがね。」
「はぁ、こんな事なら噂通りであってくれとすら思うぞ私は。
ジェシカ姫に初夜からあれを使ったのだろう?」
「せっかく兄上に頂いた贈り物ですから使うに決まっているではありませんか。
“眠りに誘う羽毛布団”、あれは良い物ですね。ジェシカ姫は掛けた瞬間スヤッスヤでしたよ。」
王は深い溜息を吐くとカップに残った紅茶を一気に飲み干す。
「やはり姫には全く手を出していないと。」
「まぁ、そうなりますね。」
対照的にリンクスはカップの紅茶を小さく飲み進めていた。
「結婚は認められたのですから良いではありませんか。
それにあの布団は潜在的な眠気を呼び覚ますだけで絶対に眠れる道具ではないとご存じでしょう?
ジェシカ姫はそれほどお疲れだったという事です。寝かせておいてあげましょうよ。」
「はぁ、これだから我が弟という奴は……。
自分がもう既婚者である事をゆめゆめ忘れるでないぞ。それにこれからは王弟ではなく1地方の主となるのだ。跡継ぎが必要な身の上となったと理解しておろうな。」
「はいはい、分かっていますとも。」
「本当だろうな。なんなら立会人を変えてもう一度初夜をやり直させても良いのだぞ?」
「お願いですからそれはやめてください。もう一度同じ事をするのは流石の私でも心が痛みます。」
「…………。」
「それにしても実質的に領地の一部割譲とは兄上も良くやりますね。マイル皇国としては不良債権を引き受けて貰えて良かったのでしょうか?」
協議の結果、マイル皇国の山岳地帯のハイルバーン王国と隣接する一部地域をリンクスが治めることで同意されていた。
帝国が狙う大きな鉱山がある山系とはまた別の地域である。山岳地帯であるが故に実りも少なく頼りの鉱脈も少ないため皇国内でも貧しい地域とされていた。
「お前が対帝国戦に使えると言っておった場所であったからのう。向こうもそれならばと納得してくれた訳よ。
それにジェシカ姫の嫁ぎ先が近くなるという考え方もあったやもしれぬか。」
「ふーん、なるほどねぇ。ジェシカ姫は愛されているようですね。」
「自分の妻であるというのに随分と他人事ではないか。」
「あーそうかもしれません。」
リンクスは遠くを見ながらゆっくりとカップを傾けていた。
数日前に出会ったばかりの年端もいかぬ少女の事を思い返す。
「なんだ、ジェシカ姫の事が嫌いなのか?」
「残念な事に好きか嫌いかで言えば‘大好き’の部類に入ります。まぁ第一印象の話ですが。」
「お前も子供ではあるまいに。」
「あーもう分かりました。分かりましたよ仕方ないですね。
兄上がそんなに仰るなら手は打っておきますよ。自分の方針を変えるつもりはありませんが構いませんね。」
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結婚式から約一月後、私はようやく領地となるダムス領へと辿り着きました。嫁いだ私がすぐにマイル皇国の近くに戻って来るのは何だか不思議な気分になります。
ですがダムス領は元々マイル皇国の地ではありましたが、新天地に赴くという心持ちに違いはありません。私が都を離れた事はありませんでしたから。
それもあって不安は尽きません。
ダムス領について知っていることといえば、かの帝国に面していますが貧しい山岳地帯のため戦場にならず、かつ支援の手も薄かったため父上たちが不満そうに話題に出していた事くらいです。
今の私に出来る事は何もありませんでしたが、リンクス様は先にダムス領へ入り屋敷や運営の引き継ぎを行なっているそうです。
ですが私もマイル皇国の皇女として、リンクス様の妻として何もしない訳にはいきません。短い時間、限られた場所ではありますが民がどのような暮らしをしているのか見て回りました。それが何かの役に立つと信じて。
最後の休憩から数時間馬車に揺られ続け日も落ちようかという頃、ようやく御者から目的地が見えてきたと告げられました。
窓から先を見てみれば周囲の景色からは不釣り合いなほど大きな建物が目に入ります。マイル皇国特有の建築様式が夕日に照らされ、その美しさを存分に輝かせていました。
「……あれですか。」
これまで見て来た民の暮らしぶりとの差異に違和感を覚えて何とも言えない気持ちになってしまいました。
その気持ちは目的地に近づけば近づくほど大きくなっていきました。
「到着いたしました。これからドアを開けますので出る準備をお願いします。」
ゆっくりと馬車が止まると御者から小さく声を掛けられます。それと同時に周囲のざわめきも大きく聞こえてきました。共にダムス領へ来た皆の安堵の声であったり荷物を運び込む声だったりです。
私の心は安堵やワクワク感、緊張や不安がない混ぜになっています。ですがここで頑張ろうという気持ちが1番強いと思うのです。
馬車のドアが開かれました。
屋敷の前にはリンクス様を中心に多くの方々が私達を迎えてくれています。見知った顔もちらほら見受けられますね。
「お手をどうぞ。」
エスコートに出された手をいつもよりしっかりめに掴み馬車を降りました。静かに吹く風がひんやりと感じられます。
「長旅ご苦労様でした。ダムス領へようこそ。」
「お出迎え感謝致しますわ、リンクス様。」
リンクス様の手の冷たさに衝撃を受けました。結婚式で手を繋いだ時から手は冷たかったという印象がありましたが、その時の比ではありません。
私を待っていてくださったのだと思えて申し訳なさで胸が締め付けられます。ですが待っていただけた嬉しさみたいなものも胸の片隅から離れて行きません。
「部屋の用意は出来ているのでどうぞゆっくりしてください。
あと、お借りしていた側仕えのグレースはお返ししますので詳しい事は彼女から聞いてください。」
「分かりました。グレース、お願いね。」
グレースは私より3歳年上の側仕えです。生まれた時からずっと一緒に居て本当の姉妹のように育てられてきました。今回はリンクス様に同行するマイル皇国側の代表としての役割を仰せつかり、一足先にこちらで仕事をしていたようです。
1週間以上離れるのが初めての事でしたので、隣に居ないだけでこんなに心細く感じるとは思ってもみませんでした。ですのでグレースと目が合った時にはきっと頬の緩みを抑える事が出来ていなかったのでしょう。
でもだからといってあんなにニヤニヤしなくても良いと思います。
「姫様、寂しかったんですか?あーんなに顔を蕩けさせちゃって。」
部屋へ案内される道すがらグレースは私の頬をつつきながらニヤニヤと喋りかけてきました。
「イジワル言わないでよグレース。嬉しかったのがちょっとだけ顔に出ちゃっただけでしょ!」
「やっぱり姫様は分かり易いですねー。まだまだ精進が足りないですよ♪」
「もう、いいから早く案内してよ。どんなお部屋か気になってるの!」
「はいはい仰せのままにー」
彼女と話している時はついつい声が大きくなってしまいます。でもそんなやり取りに心地良さを感じるのもまた事実なのです。
そんなこんなで屋敷の中に入り幾つか階段を上って廊下を渡り、更に階段を上ってようやくグレースは足を止めました。
「着きましたよ姫様。ここが今日から姫様のお部屋になります。」
予想以上に大きく豪華な部屋だった。はっきり言って宮殿にあった私の部屋よりも広いのです。
更には日当たりも良く景色も良い。
「こんなに良い部屋を使わせて頂いて本当に良いのかしら。」
家具や絨毯など所々にグレースの趣味が見られるのは気にしないでおいてあげましょう。
「もちろんです。こちらは姫様の為に用意したお部屋ですので。」
「ありがとう。」
豪華な部屋だったりやけに大きな屋敷だったり、聞いておきたい事は沢山あるんだけど……とりあえず。
「とりあえずお腹が空いたわ。」
私はもうすっかりハイルバーン王国の食文化の虜になってしまいました。
お昼は馬車移動の途中でしたし少なめに済ませていた訳で、いつお腹が鳴ってもおかしくないのです。
それにさっき歩いている最中に私の鼻はご飯のいい匂いを嗅ぎ取りました。もう我慢なりません。
「食事はどこで取ればいいのかしら。」
「でしたら早速お食事をお持ちしますね。領主様からは基本的に部屋で取られるのが良いだろうと。
食堂もあるのですが流石に今日は手が回らないので……、よろしいですか?」
「ええ、じゃあお願い。」
グレースは頷くと一度部屋を出て行き、そしてすぐに帰ってきた。その手には何もない。
「……?」
「すぐにお食事を用意するように伝えたので、早く着替えちゃいましょうか。」
……そ、それもそうね。ずっと旅装という訳にもいきませんし、早く着替えてしまいませんと。
「今ちょっとガッカリしましたねー。そんなにお腹空いてました?」
グレースがまたニヤニヤしだした。いつもこうなんだから。
「もう、そういうのいいから!
着替えが何処にあるのか教えてちょうだい。私と一緒に持ってきた荷物はまだ下にあるでしょう?」
「ではこちらへどうぞ。ここを早く見せたかったんです。」
そう言って部屋の奥にある扉を開けた。
「うわっ、すごーい。」
扉の先はそれはそれは大きなドレスルームだった。部屋全体の3分の1も服は入っていないが、それでも煌びやかな服から普段使い出来そうなものまで各種揃っている。
確かにグレースが早く見せたがるのにも頷ける。とてもすごい。
「こちらにある服は領主様がご用意して下さいました。」
「そうなのですか!リンクス様には何とお礼申し上げれば……。」
「でしたら明日か明後日に領主様の執務室へ来て欲しいとの事でしたので、その時に直接伝えられるのがよろしいかと。」
「分かりました。では今は楽な服装に着替えようかしら。」
「そうですね、こちらの服がよろしいかと。脱いだ服はそちらのカゴに入れておいてください。後ほど回収します。」
グレースが選んでくれた服に急いで着替えて食事が着くのを待ちます。
着替えた服はサイズも着心地も抜群で、何も言わないけどグレースも色々考えてくれていたんだなって感じます。彼女にもまた何かお礼がしたいなって思うのです。
ご飯は大変美味しく頂きました。楽な服装に着替えておいて本当に良かったです。
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ダムス領到着翌日
私はグレースに連れられ屋敷の中を見てまわっていました。大小様々な部屋があり複雑に通路が伸びるこの屋敷を案内なしで歩き回れば間違いなく迷子になっていたでしょう。
その案内中に話に上がるのはこの屋敷を作り上げ先日更迭された前ダムス領主の事と、グレースから見たリンクス様の事です。
どうやら前ダムス領主は民から搾り取れるだけ搾り取ると、その財のほとんどを屋敷の設備に注ぎ込んでいたらしいのです。そのため周囲の雰囲気に似つかわしくない豪華な建物が建ち、戦への支援が疎かにされていたという話でした。
グレースに聞いたリンクス様の印象については一言「掴みどころのない方でした。」とだけ言うのです。淡々と必用な事をこなし感情を表に出すところを見なかったと。
グレースの事を信用していない訳ではありませんが、私の抱いていた印象とあまりにもかけ離れていたため驚きを隠せませんでした。
確かに派手な印象を抱かせるような方ではありませんが、少なくとも渋い顔をして語る様な方だとも思えません。
1か月近くそばに居て食事の好みも察せなかったのですから、案外グレースの目が節穴だったのかもしれません。
「ちょっと姫様、何か失礼な事を考えていますよね。」
「仕方ないじゃない。貴女が私の夫を侮辱する様な顔をしていたんですもの。」
「私が悪いんですか。領主様の近くに居た時間だけで言えば私の方が長いんですからね。」
グレースとちょっとした言い合いをしながらも屋敷の中を見て周り、ようやくリンクス様の執務室へ辿り着いたのは夕食を作り始めていようかという時間になってからだった。
私の部屋とは逆方向の端、その最上階にやけに豪華な扉が現れたのです。
掘り込まれた彫刻に埋め込まれた宝石の数々。宮殿の父上の部屋の扉にも勝るとも劣らない出来栄えです。
「ええっと、ここ?」
「そうです。少々ここでお待ちください。」
そう言ってグレースは扉の横に居る護衛の方に声を掛けに行きました。
しばらくすると内から扉が開き、中から若い男性が現れました。
「ジェシカ姫ですね、どうぞこちらへ。中で領主様がお待ちです。」
彼について部屋に入れば、中の威容に思わず圧倒されてしまいました。凄い、凄い以外の言葉が思い付かない。
「ここまで新鮮な反応が見られるとは、なかなか面白いものだな。」
「おっしゃる通りでございます。」
部屋に圧倒されて気が付きませんでしたが、先程の男性の隣にリンクス様がいらっしゃった。
「失礼しました。とても素晴らしいお部屋で言葉を失ってしまいました。」
「いえいえ、私も初めてこの部屋を見た時は驚きましたから。これ程までの優雅さ品位の高さはそう見れるものでもありませんよね。
それに加えて機能性にも手を抜いていない事がこの城を作りあげた者の腕が確かである事の証でしょう。
……っと、この様な話をしている場合ではなかったか。
お二人とも、そこにお掛けください。」
グレースと一緒にソファに座ると、すぐにお茶が出てきました。こういう所でハイルバーン王国の使用人のレベルの高さを実感します。
とても良い香りに丁度良い熱さで落ち着きます。
「では早速ですが本題に入りましょうか。」
リンクス様は隣の男性を指差しながらこうおっしゃった。
「こちらは家令のエジルリブです。
先日ダムス領の指示系統を一新しまして、現在領内の税収から城内の清掃までこの者が一手に引き受けています。ここから適宜権力の分散を測りますが新体制が確立するまでの間このエジルリブに出来ない事はありませんので、何かあればエジルリブに言い付けてください。」
「ご紹介に預かりました、エジルリブと申します。
王都からの応援も来ているので正確に一手に引き受けているとは言えないかもしれませんが、ご用命がございましたら是非お気軽にお申し付けください。」
リンクス様の隣の男性、家令のエジルリブさんはそう言って綺麗にお辞儀をしてみせた。
「リンクス様の妻となりました、ジェシカと申します。これからよろしくお願いしますね。」
「はい、という事でエジルリブの紹介が一つ目。二つ目はジェシカ姫への制限についてです。」
「私への制限ですか?」
リンクス様はしっかりと頷かれる。
「ジェシカ姫にはこの城、及び城下町以外への外出を禁じます。」
「ええっと、それはダムス領内であってもですか?」
「はい、その通りです。少なくとも状況が変わるまではこの地に留まって頂きます。」
リンクス様が仰るのだから何かしら理由があるのでしょうし、特別制限に背く理由は思い付かなかった。
それに宮殿からほとんど出たことの無かった私からすれば十分広いのかもしれない。
「分かりました。」
「良かった。ではわざわざご足労頂いたのですが伝えるべきことはこれで終わりです。」
「……えっ、終わりですか?妻としての仕事は何かないのですか?」
エジルリブさんを紹介されて移動に制限を掛けられただけでまだ何も聞いていない。
「仕事ですか?特別に姫に求める事はありませんね。直近で社交が開かれる可能性はほぼありませんし。
あー、交流がしたいという話ならここに招く形にして下さい。幸い部屋はいくらでもありますし、割りと大きいパーティーでも開く余裕はあるので。
ただここ1、2ヶ月はバタバタしてるのでそれ以降でお願いします。」
リンクス様の言葉は宮殿で聞いていた話とだいぶ違う。
それに聞かされていた1番大切な役割と言えば……。
「私に求める事がないとは?
例えば、……その、夜の事とか。」
「ええ、不要です。」
「本気なんですか?妻の役割として1番大切だと聞かされていたのですけど。」
「ここは貴女の知るマイル皇国ではありませんので。それに貴女の行動を咎める者はほぼ居ませんので。
どうしてもそういう事をやりたければ適当に人を見繕ってきてください。後からどうとでもなります。」
「…………は?」
何を言われたのか一瞬意味が分からなかった。噛み砕いて意味を理解し切る前に隣のグレースが爆発した。
「今の発言、ご領主様と言えど聞き捨てなりませんよ!もう一度私の目を見て言えますか!」
しかしリンクス様はグレースから殺気を浴びせられようが意に介さず首を振った。
「何度だって言えますが。
ただ大切なのはジェシカ姫が自由に行動出来るというだけの事です。」
唐突に自由と言われましても……。
「それは……、とても困ります。」
「何かしたいと思うのであればエジルリブの近くに居ると良いでしょう。
中庭に雑草に埋もれた花壇があったのでそこで土いじりするのも良いですし、近日中に王都から本が届くのでその整理、鑑賞でも良いでしょう。
民の為でもよし、自分の為でもよし。何も気にせずご自由にお過ごしください。」
私が呆然としている間にリンクス様は部屋の奥へと去って行かれた。
「申し訳ございません。私もそろそろ仕事がございますので失礼させて頂きます。
何かありましたら気軽にお声がけください。」
そう言ってエジルリブさんも去っていった。
気が付けば出されたお茶はすっかり冷め切っている。それでもまだグレースは怒りが収まらないようだ。
「姫様、流石にこれはおかしいです。妻としての役割に期待していないだけならまだしも、適当に人を見繕えだなんて。
一体どういうつもりなのでしょうか!」
グレースの怒りはもっともだ。私だってグレースが居てくれなかったら同じように叫び散らかしていたと思う。
ただ彼は何の理由も無くこのような事を言うお方ではないように感じてしまうのです。
「分からないわ。本当に分からない。
でも私はね、分からないという理由だけで怒りをぶつけるのは良くない事だと思うの。」
「ですが姫様……」
「良いのよグレース。私たちはまだリンクス様について何も知らないわ。
それに彼は肝心な事について何も語っていないの。」
私に何が出来るのか考えないと。
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「領主様、ジェシカ姫様にあのような事を言ってしまってよろしかったのですか?
グレース殿の怒りもさることながら姫様自身も呆然とされていましたよ。」
書類に目を通すリンクスに向かってエジルリブが問いかける。
「良い。そのような些末な問題はお前に任せると言っていたであろう。」
「陛下からも姫様を大切にするよう言われたのではありませんでしたか?」
「王都にはこれまでの噂を活かす形でジェシカ姫が大切にされている旨を噂に流しておいた。
それ以外にも布石は打ってある。後はお前が領の経営を軌道に乗せるだけで良いのだ。」
「それが一番難しいんですよ!」
「筋道は立ててやっただろうが。それに失敗した所で何も文句は言わんさ。
或いは本当にジェシカ姫にやらせてみるのも面白いかもな。元マイル皇国民の為ならば力を発揮出来るかもしれないぞ。」
このやり取りの最中にあってもリンクスの目が書類から離れることはなかった。
「はぁ、これは最終確認なのですが、領主様は何をなさるおつもりなのですか?」
「私は都に行っているとでも伝えると良い。」
「ではやはり……。」
「ああ。私の役割は戦場をおいて他にあるまい。」