本音
「ここが私の研究所よ。さ、遠慮なく入っちゃって」
再び地上へと戻った俺たちは、ダンジョンアイリーンの地下深くへと案内された。
ムーザ・ラボと上部のプレートに書かれたゲートを潜ると、無数の精密機器や薬瓶が棚に並べられた小綺麗な部屋が姿を現す。
奥には拘束具が備え付けられた複数のベッドもあり、いかにもな実験室って感じだ。
「あ、あの……まさか俺、解剖されちゃったりとかしませんよね?」
「あら、してもいいの?」
「全力でご遠慮申し上げます」
「フフ、冗談に決まってるじゃない。でも協力してくれるならいつでも大歓迎よ」
冗談に聞こえないんだよなぁ……。
「ちょっと止めてよね。ヒサシは私のものなんだから、怪しげな実験には協力しないわよ」
「だから冗談だってば。それに解剖なら少し前にやったばかりだし、今は間に合ってるもの」
そう言って指を差した先のベッドには、切断された人の手足みたいなものが乗っていた。
「あれは……マネキン……ですよね?」
「マネキンではなかったわね。少なくとも捕らえた当初は動いてたわ」
「と、捕らえた……当初?」
「ええ。無断でアイリーンに侵入しようとしてたから捕まえたのよ」
まさかそんな命知らずな奴がいるとは――等と思っていると、ユラが納得の一言を放つ。
「スキャンの結果、あのベッドに乗っているものはレボルたち一味と判明……しました」
「ああ、あいつらか」
あの面倒な連中がアイリーンまで追ってきたとはな。ムーザにとっちゃちょうどいい玩具だったに違いない。
「あら、お知り合いかしら?」
「知り合いっつ~か、一方的に因縁つけられてる感じですよ。見ての通りオートマタなんで、ストックボディが有る限り半永久的に襲ってくるから困ってるくらいにして」
「それは災難だったわね。気が向いたら出所を突き止めてあげるわ」
「気が向いたら……すか……」
「だって慈善事業じゃないもの。利益にならない事には積極的になれないわ。あ、でもキミが人体実験に協力してくれるなら――」
「気が向いたらでお願いします」
「……チッ」
舌打ちした!?
「まぁそっちはいいわ。それより本題なんだけど、確か……リサ――だったかしら? その子とはコンタクトをとる事は可能?」
リサとは最後に別れを告げたきりで話したりはしていない。そもそも俺に付いてきてるとは思わなかったしな。
それに話せるならリサの方から話しかけてくるだろうし、現状でのコンタクトは不可能だと思う。
「無理ですね」
「そっかぁ……。メリーちゃんは何か知らないかしら? 悪霊なら何かしら通じるものが有ると思うんだけれど」
「…………」ビクッ!
ん? メリーのやつ、やけに動揺してるような気が……
「し、知らないわよ。わ、私だってリサが付いてきてるとは思ってなかったし。もうね、アレよアレ。うっそ~、やっだ~、そこにいたの? って感じよ」
「「「…………」」」
怪しい。非常に怪しい。
「何だか、いつものメリーちゃんらしくないですね……」
「だよな~。いつもなら逆ギレしてるもんな~」
「そそ、そんなことないでしょ~? 逆ギレなんて大人気ない」
普段から大人気ないメリーがそれを言うのか? つ~かメリーって誤魔化し方が下手だったんだな。
「メリーはん、顔色が悪いどすえ」
「心拍数の上昇を確認。何かを隠している模様……です」
「って事はメリー。やっぱお前、リサが付いてきてるのを知ってたな?」
「……知らない。何にも知らない」
あくまでもシラを切るつもりらしい。だったら俺にも考えがある。
「あーーーっ! 俺の脳裏にリサからコンタクトが!」
「はぁ!? バカ言ってんじゃないわよ! リサとのリンクは私が遮断してるんだから、コンタクトが取れるわけないじゃない!」
「あ……」
うむ。大変見事な自爆っぷりだった。
「はぁ……、やっぱり知ってたんだな。何だって遮断してやがったんだ?」
「それは……アンタがリサに夢中になると思ったからよ」
「別に問題ないだろ」
「大有りよ! もしそうなったら私との繋がりが薄くなる可能性があるんだもの。私の弱体化は私の消滅の危機でもあるんだから、阻止するのは当然でしょ!」
もっともらしい理由だ。けどそれなら俺だって無理強いはしない。メリーの消滅は俺の消滅でもあるんだからな。
しかしそんな俺たちを見ていたムーザがニヤニヤとした顔でメリーに近付き……
「ふ~ん? 本当にそれだけ? お姉さん気になっちゃうな~」
「……何よ、アンタには関係ないでしょ」
「も~ぅ素直じゃないわねぇ。この際だからハッキリ言っちゃいなさいな。愛しの彼が他の女に心を奪われるのが耐えられなかった~~~って♪」
「は、はぁ!? ちょっとムーザ、あんたいったい何言って――」
「だってそうじゃない。自分も消えちゃうのを良しとする人なんかいないもの。彼だって消えないように心掛けるわ」
そりゃそうだ。リサと接する機会が無いのは残念だが、俺が消えたら意味がない。リサだってそんなの望まないだろう。
「安心しろメリー。例え天地がひっくり返っても、お前を消させやしない。約束するぞ」
「……本当?」
「ああ、もちろん」
「…………」
腕組みをして考え込む素振りを見せるメリー。しばらくするとフゥッとタメ息を漏らし、やれやれって表情で俺を見上げた。
「仕方ないからリンクさせてあげるわ。でも覚えときなさいよ? もし嘘だったら針1億は腹の中に詰め込んでやるんだから」
「そんなに入らねぇし痛そうだから嘘は付かないでおくぞ」
一応だがメリーの説得は成功した。後はリサとのコンタクトとだが……
「で、どうやってリサと話せばいい?」
「普段から念話使ってるでしょ。それと同じくやればいいのよ」
「念話か。じゃあ……」
『リサ、聴こえるか?』
『……うん。聴こえるよ』
マジだ、マジでリサの声だ。
『俺の事、分かるよな?』
『うん。ヒサシはあたしにとっての最愛の人だもの、忘れたりなんかしないよ』
『そ、そっか……』
やっべぇ、最愛の人とか言われちまった。もうアレだ。目の前にいたらすぐにでも抱きしめてやりたいくらいだ。
『その……アレだな。久しぶりだな』
『フフ、久しぶり。けど別れを告げたのに久しぶりって言うのも変な話だよね。別れたカップルが偶然再会したらこんな感じかな?』
『こんな感じだろうな。死別も別れのうちに入るだろうし』
『じゃあもっと喜んでよ』
『いや、充分喜んでるって』
『そうかなぁ。あたしとしてはもうひと押しって感じなんだけどなぁ。できれば二文字で言い表して欲しいなぁ』
『二文字? ……あ!』
あ! と言った瞬間、リサがニヤリと笑った気がした。決して表情を見る事はできないが、恐らくはニヤニヤしながらこの状況を楽しんでるに違いない。何となくだがそう思える。
『ほら、早く言ってよ。たった二文字なんだから簡単でしょ?』
『その二文字が難しいんだよ』
『じゃあ四文字でいいよ。これならスキだよって言えるよね?』
『自分で言っちゃうのか……』
『あ、ホントだ。も~ぅ、ヒサシがモタモタしてるからだよ~?』
『俺のせいかよ』
『うん。だから責任持って言って』
やっべぇ。なんか小っ恥ずかしくなってきた。つ~かマジで言わなきゃならんのか? んなの恥ずかし過ぎて……。
ん? でも念話だから他のみんなには聴こえないのか。
よし!
『……コホン。じゃあリサ、聞いてくれ』
『うん。聞いてるよ』
『マジでスキだよ』
『フフ、ありがと。そして良くできました。気分がいいから聞きたい事があるなら何でも聞いてよ』
切り替えが早いな……。まぁ余韻に浸るのは今度にしよう。
『そ、その……ずっと付いてきてるんだな』
『うん。だって少しでも一緒に居れたらな~って思ったし、見てるだけでも楽しいから』
『そうか……』
え~っと……何を話すんだっけか……。
『う~んと……あ、そういやさ、メリーが邪魔しててコンタクト取れなかったんだよな?』
『あ、うん。だけど仕方ないと思うよ? あたしが逆の立場だったら同じように邪魔してたと思うし、邪魔する気はなかったから何もアクションは起こさなかったの。責める気はないからメリーちゃんを怒らないであげてね』
『もちろんだよ』
他人思いだな。つくづく助けられなかったのが悔やまれる。
『今度はあたしから質問』
『おぅ、何でも答えるぜ』
『さっきまでの話の流れだと、あたしを何らかの方法で甦らせようとしてるって事でいいのかな?』
『半信半疑だが、ムーザが言うには出来るかもしれないって』
『そう。でもあたしは反対かな。ヒサシとメリーちゃんの仲を引き裂くような事はしたくないもの』
『そ、そっか……』
リサならそう言うと思った。
『だからごめんね? あたしはこのままでいたいから……』
『分かった。本人の意思を無視してまで甦らせたりしないよ』
『うん、ホントにごめん。これからもあたしはヒサシたちを見守ってるから、ちょっとだけ嫉妬しちゃうけどメリーちゃんと仲良くね』
『ああ。分かった』
これはこれで仕方ない。ムーザには悪いが断りの報告をするか。
『それから1つだけ忠告』
『何だ?』
『あのカタロストフって女、相当ヤバい感じがするよ。多分だけど、近いうちに物理的に仕掛けてくるはず。だから充分に気をつけて』
『ああ、忠告ありがとな』
『ううん。じゃあね、ヒサシ』
『じゃあな、リサ』
二度目の別れを告げると、ベッドで横になっていた上体を起こした。
「ふぅ……」
「あら、戻ってきたわね。リサって子は何か言ってたかしら?」
「それなんだけど――」
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
『緊急警報、緊急警報、アイリーン内にて侵入者を感知。街を出歩いているお客様は至急屋内へと避難してください』
「これは!」
「あらあら、ま~た命知らずが仕掛けてきたのかしらね」
このタイミングで侵入者。俺の脳裏にはカタロストフ、あの女が浮かんでいた。




