グロウス教
国民の九割がエレム教だというグロスエレム教国。残りの一割は無宗教かと思われがちだが、実のところに一割にも満たない割合でグロウス教という者も存在する。
国教として根付かない理由は簡単で、ドワーフのため長寿であったグロウスにならい、強引に寿命を伸ばそうとする者の集まりだからだ。
噂では魔物の心臓を丸飲みにしたり、同性同種族の肉を生で食したり等を繰り返しているらしく、正常な国民なら入信しようとは思わないだろう。
「――とまぁグロウス教に関してはこんな感じだよ」
捕まえた少年の解説によりグロウス教の素顔が見えてきた。つ~かグロウス教もグロウス本人とは全く関係ないのな。本人が生きてたら憤ってるんじゃなかろうか。いや、ドワーフは長寿らしいし、どこかの鉱山で世間とかかわらないように暮らしてるのかもな。
「それで? お前には俺たちがグロウス教に見えるのか?」
「う~ん……よく見れば違う……かも」
「かも――じゃなくて丸っきり違うのよ! だいたいアンタらが勝手にウルを聖獣扱いしてきたんじゃない。それでいてエレム教に入るの断ったらグロウス教徒だなんて、テキトーな事言ってると本当に首チョンパするわよ!?」
チャキン!
「ひっ!?」
「だ~か~ら、一々草刈り鎌をチラつかせるのは止めろって」
ゴツン!
「フンギァ!」
メリーを再び拳骨で撃沈し、どうしたものかと考える。
最初の街でウルを聖獣扱いされながらエレム教を拒絶したのが原因で、すでに情報が拡散されてるから訂正して回るのもアホらしい。
だったらウルを隠して移動するしかないが、それができれば苦労はしないよなぁ。
「せめてウルが小型の狼に変身できるんなら誤魔化しようが有るんだが……」
そう言ってウルに視線を移すと、ヤレヤレって顔をしたウルが全身を点滅させ――
「――ってウル、どうしたんだいったい!?」
「別にどうもしまへん。ただ人化するだけそやし、そんなビビらんといてや」
そこには狼だったウルの姿はなく、犬耳を生やした黒髪ポニーテールの幼女が。しかも流暢な京都弁を喋るというおまけ付きだ。
「う、嘘……だろ?」
「嘘も何も、ちゃんと存在してはりますやろ。幽霊と一緒にしないでおくれやす」
「それは……そうだが……」
つっても何の前触れもなく人化したらそりゃビビるわ。
「へぇ~え、上手いもんだな。その姿ならどっからどう見ても獣人の幼女だぜ」
「ま、私の方が可愛いけどね」
「それにボクの方が魅力的だね」
「ユラの美貌には敵い……ません」
「なんやと? アンタら全員幼女のくせに、な~にを偉そうにしてはりますんや!」
お前も幼女だがな。つ~かこれ、益々俺に対するロリコン疑惑が深まるんじゃ……。
「ウ、ウルちゃん落ち着いて、皆さんも喧嘩はダメですよ」
「くぅ~ん♪ やっぱりネージュはんは優しいどすなぁ。ああ良い匂いクンクン」
「よしよし」
ネージュに撫でられてご満悦のウル。長旅の間にすっかり懐いたようだ。
「で、どうどす? この姿なら何も問題おまへんやろ?」
「ああ。少なくとも聖獣には見えないし、しばらくは誤魔化せるだろう」
「それはいいけど、こっちの男児はどうすんよよ? 何か放心状態なんだけど」
「あ~……」
ウルが人化するところを見ちまったせいで、うわ言のように「聖獣が……女の子に……」を連呼している。今あった事を他人に話したところで誰も信じないだろうし、放って置いても大丈夫だろう。
そんな感じに一応は収まったウルの聖獣疑惑だったが、今度は別の問題が起こった。
宿で寝ていたその日の深夜、外から聴こえる怒声や怒号で叩き起こされた俺は半眼を擦りながら窓の外を見下ろしてみると……
「もっと――もっと男手をかき集めろ! このままじゃ門を破られるぞ!」
「今は深夜だぞ!? 起こすだけでも一苦労だ!」
「文句言ってねぇで集めてこい! 奴らは待っちゃくれねぇぞ!?」
奴ら? 魔物か何かが攻めて来たのか?
「どうやら睡眠を妨げる連中がお出でなさったようだな。こちとら道中で魔物と遭遇しなかったせいで欲求が溜まってんだ。いっちょ派手に暴れてやるか。お前さんも行くだろ?」
「そりゃ寝込みを襲われちゃかなわないし、当然撃退するよ」
「オッケ~。早いとこ連れを起こしてやろうぜ!」
相部屋だったトラさんと一緒にメリーたちが寝ている部屋をノックする。
「ヒサシ~、先に行ってるわよ~」
「はいぃ?」
バタン!
扉を開けると、窓に足を掛けているメリーと目が合った。
「もう起きてたのか」
「私に睡眠は不要だって教えたでしょ。それよりレンたちは先に向かったから、私たちも急ぎましょ。もたもたしてると獲物が全部取られちゃうわ」
ヒョイ!
そう言って窓から飛び出すメリーを追って、俺とトラさんも飛び降りた。
スタスタッ!
「お、やるなぁヒサシ。躊躇せず二階から飛び降りたってこたぁ相当レベルが高いって証拠だ」
「そういうアンタもな」
「「フッ」」
互いにニヤリと笑みを浮かべてメリーの後を追う。しばらく走ると、門の手前で武装した兵士と農具を持った住民が外を警戒しており、ただならぬ緊張感が散りばめられていた。
「おいアンタら、外にはグロウス教徒が押し寄せてやがるんだ。ここに居ると危険だぞ!」
「分かってるよ。だから来たんだ。睡眠を妨害する奴らを叩きのめしにな」
「そんだけ慌ててるってこたぁわんさか集ってやがんだろ? だったら俺たちも手伝ってやるぜ!」
シュバッ!
外壁を飛び越えて外に着地すると、俺たちの登場にグロウス教徒が後退りを起こした。
「くっ、新手だ、また新手が出たぞぉ!」
「アッハハハハ♪ アンタら異教徒は無様に朽ち果てなさい!」
「ぐわっ!」
近くではすでにメリーが暴れており、門に殺到していたグロウス教徒が慌ててこちらに向き直る。
「ええぃ、相手はたかが三人。さっさと仕留めてしまえぇぇぇい!」
「「「おおっ!」」」
リーダーらしきオッサンの怒号でグロウス教徒が襲いかかってくる。
「フッ、カモがネギ背負っただけの存在に負けるかよ――そら!」
ドシュドシュドシュドシュ!
「ゴフッ!」
「ガハッ!」
飛び道具? よく見りゃトラさんの手には拳銃が握られてるじゃねぇか!
「まさかトラさん、アンタ転生者なのか?」
「ちょいと違うなぁ。何しろ生まれ変わっちゃいねぇからよ――っと!」
つまりは転移者か。
喋りつつも狙いを外さず、まさに百発百中で仕留めていく。テンガロンハットに目を瞑れば普通のオッサンにしか見えねぇし、いったい何者だよトラさん……。
「く、くそぅ、被害が多すぎる。ここは一旦退くぞ!」
「あ、こら待ちなさ~~~い!」
三人で倒しまくってたらグロウス教徒が逃げ始め、メリーだけは追撃を開始。俺とトラさんは街中へと引き返したところでレンから念話が届いた。
『お~いヒサシ~、こっちは片付いたぞ~』
『その声はレンか。こっちも終わったところだが、そもそもお前らどこにいるんだ?』
『反対側の門だぞ~』
どうやら多数のグロウス教徒は街を挟撃したようだ。攻めてきた理由が分からんし、その日はメリーからの報告を待つ事に。
「――で、なぜかメリーは朝になっても戻らずと……」
結局昨晩は音沙汰がなく、宿の食堂で朝飯を食ってるところにメリー様からの念話が届いたんだ。
『仕方ないじゃない。だってアイツらバラバラな方向に逃げんのよ? 尋問してる余裕もないし、したところで結局はどこに逃げるのか知らされてなかったりとか、ホンッと時間の無駄だったわ!』
さすがのメリーも数の暴力の前にはお手上げだったらしい。グロスエレムの一割に満たないとは言え、総数で表すと侮れない数になるんだろう。
『あ~もぅ悔しい悔しい悔しい! 居場所さえ分かればギッタギタにしてやんのに!』
『うるさいぞメリー、ボクたちは食事中なんだから静かにしろよな~』
『ああ!? だったら食べ終わるまで永遠と大音量で叫んでやる、バーカバーカ!』
『フッ、バカと叫ぶしか脳のない悪霊は一味違い……ますね』
『あっそう。ならこれでどう? ギィ~~~~~~!』
『『『ひぃぃぃ!』』』
こ、このガラスに爪を立ててる音だけは絶対に慣れねぇ!
『メリー、頼むから止めてくれ。飯が喉を通らねぇ』
『フン! だったらグロウス教徒を叩きのめす方法を教えなさい。今すぐ!』
『んな無茶な……』
そう思いタメ息をついていると、冒険者ギルドのバッチをつけた青年が俺たちに近付いてきた。
「食事中すみません。昨夜のグロウス教徒の襲撃を防いだ冒険者というのはあなた達の事ですね?」
「そうだけど。あ、もしかして報酬を貰えるとか?」
「そうですね。恐らく渡す事になると思いますよ」
「――と思う?」
「はい。実はこの街の近くにグロウス教徒の隠れ家があるのですが、山中にある強固な砦を拠点としており、討伐が進んでいないのです。容易く撃退した皆様なら討伐ができるのではと思い、奴らの拠点を印した地図を――」
「マジで!? サンキュ!」
シュバ!
「あ……」
職員が手にした地図をかっぱらい、即座にメリーへと知らせた。
『やったぞメリー! 奴らの居場所が分かったぜ!』
『ホントに!?』
『ああ! 場所は――』
この念話の30分後、満足げなメリーから事後報告が届いた。
どういう結果になったか言うまでもないわな。




