魔女と勇者
今から500年近く前の事。当時はまだグロスエレムという国はなく、小さな街や村が独立していた時代。北に位置する広大な森に、ムーザという悪しき魔女が住んでいた。
度々ムーザは魔物を差し向け、近隣に住む人々に恐怖を与える日々が続いた。
家屋は壊され、作物は荒らされ、幼い子供たちは拐われて行くんだ。恐怖しないわけがない。
だがそんな魔女の呪縛から解き放つべく、一人の勇者が立ち上がった。彼の名はアレクシスといい、志を同じくした仲間のエレム、ミリオネ、リーガ、グロウスの五人と共に、魔女ムーザを討伐すべく魔女の森へと入る。
死闘の末に勝利した五人は各々別の地に赴き、自らで国を建国する事に(リーガだけは魔女の森から東にあるプリムラ帝国へと招かれた)。
魔女の森から西には勇者アレクシスが建国したアレクシス王国。南にはエレムとグロウスが建国したグロスエレム。北にはミリオネが建国したミリオネック。東にはリーガの名を国名に取り入れたプラーガ帝国。これがイグリーシア四大国家の誕生である――と。
「――とまぁこんな感じじゃて」
「そ、そッスか……」
最初はエレム教について説明してくれてたはずが、いつの間にかイグリーシアの過去話に発展してたんだよ。
つ~か話が長すぎて出されたお茶がすっかり冷めてやがる。
「んじゃここからはエレム教についてを話していくたい!」
「え~!? もう聞き飽きたぞ~。そんな昔話より遊びに行こうぜ~」
「戯けぇ! エレム教の歴史を蔑ろにするなんぞ、オラたちが許さねぇべ!」
「嫌だね~。ボクに座学なんて必要ないも~ん」
こればっかりはレンに賛成。そもそも俺たちは通りすがりであって、エレム教を学びに来たわけじゃない。
「悪いけどそろそろ帰――」
「まぁそうけったいな事言わんと。今お茶を入れ直しますからゆっくりしていっておくれやす」
「いや、だから……」
しつこい住民に困り果てていると、思わぬ人物から助け船を出される。
「すみません皆さま方。だいぶ日も傾いてきましたし、そろそろお暇させていただきますね」
えっ? ――と思ったが、声をあげたのは間違いなくネージュだった。
普段は自己主張をしないのにと疑問を感じはしたが、今はしつこい住民から逃れるのが先決だ。
「そうね、ネージュの言う通りだわ」
「だよな~、さっさと行こうぜ~」
「お邪魔……しました」
「バウ!」
「そんじゃな。お茶ご馳走さん(飲んでねぇけど)」
呆気にとられる住民宅からそそくさと退散。先に脱出していたネージュがなぜか頭を下げてくる。
「すみません。ああいった話は苦手なものでして」
「分かるわ。ジジババの話は長過ぎんのよ」
「いえ、そうではなく、エレムの話をしたくないといいますか……」
「んん~? 同じエルフなのにエレムの事が嫌いなのか~?」
「い、いえ、決してそんな事はありません。ただ、その……」
「「「……その?」」」
「そ、それよりも皆さん、今日の宿を探しに行きましょう。早くしないと夕食に間に合いませんよ」
何かをはぐらかすようにネージュは早歩きになった。
「どうしたんだ、ネージュのやつ?」
「さぁ?」
「きっと腹が減り過ぎて我慢できなかったんだぜ!」
「レンの思考と一緒にするのは可哀想だと思い……ます」
「バウ!」
理由は分からないが、ネージュはエレムの話を避けてる節がある。とりわけ知りたいわけじゃないのもあり、こちらから突っ込むような真似は敢えてしなかった。
しかしその日の夜。宿の食堂で晩飯にありついてる時の事。またまた見知らぬ住民が熱心にエレム教への入信を進めに来た時、ついに事件は起こった。
「なぁなぁアンタらようヨウYO~、エレム教に入ってないなんてマジかYO?」
「ま~たその話しか。俺たちはエレム教に興味はないし入信する気もない。悪いが他をあたってくれ」
「つれないこと言うなYO。今この街はアンタらの話題で持ちきりだZE? ZEZE!」
「しつこいなも~。話題にするのは勝手だが、度が過ぎた勧誘は嫌われるだけだぜ? つ~かその喋り方ムカつく」
「そう言わずにYOYOYO! エレム教に入ってクレメンス――」
ダン!
「もうやめてください!」
「ネ、ネージュ?」
「YO?」
俯いていたネージュがテーブルを叩き、手を震わせながら立ち上がる。
「エレムエレムって、貴方たちにエレムの何が分かるのです!? 建国当時は違ったのかもしれませんが、今では無関係な貴族が幹部としてのさばってるだけじゃないですか!」
温厚なネージュが怒りを露にしてるとこなんて初めて見たぞ。いや、それよりも……
「無関係な貴族ってどういう事だ?」
「建国当初、エレムはグロウスと共にグロスエレムを盛り立てていきました。しかし、勇者アレクシスへの想いが忘れられず、エレムはグロスエレムを去ってアレクシス王国に嫁いだのです。その後のグロスエレムはプリムラ帝国から離反した貴族らが流れ込み、人間至上主義国家というクソつまらない国へと成り果てました。グロウスは国の代表ではありましたが、ドワーフだったためにお飾りの存在でしかなく、居場所を失った彼はひっそりと姿を消すことに。その後は貴族の思うがままとなり、エレム教という宗教を用いて民を洗脳してきたのです」
なんだそりゃ。それじゃあエレム教とグロスエレム教国は殆ど関係ないじゃねぇか。
「そんなエレム教に存在価値があるとでも言うですか!」
「oh……」
ネージュの気迫に圧された男は気まずそうに立ち去っていくと、我に返ったネージュが「すみません……」と一言発して座り直す。
だがお陰でエレムの話を避けていた理由が分かった。多分同じエルフである事から、都合よくエレムを利用されてる現状に我慢ならなかったんだろう。
何とかして場の空気を変えようと俺が頭を抱えてる中、先程とは別のテンガロンハットを被った男がノッシノッシと近付いてきた。
「よぉ、話は聞かせてもらったぜ。お前さん、随分とエレム教に詳しいみてぇだが、一つ勘違いをしてるぜ?」
「勘違い……ですか?」
「ああ。お前さんが語っていたのは過去のエレム教さ。何せ好き勝手していた貴族たちは、全員が国外追放か犯罪者として極刑に処されたからなぁ」
「そ、そんなはずはありません。わたくしが知る限りグロスエレムは何も変わってはいないんです。その証拠にあのメンヘラミュラーとかいうアバズレ教祖だって存命だと言うではありませんか。あの平気で他人を見下す教祖が簡単に心変わりするとは到底思えません」
おいおい、名前が変わってるぞ~。メンヘラミュラーじゃなくてメンヒルミュラーな。
「へぇ。お前さん、あの教祖と面識があったのか。だが変わったのは本当だぜ? 嘘だと思うなら首都に出向いて確かめて来るがいいさ」
「べ、別にそこまでするつもりは……。それに教祖という立場上、簡単には面会できないでしょう」
「ま、そりゃそうだわな。けどタイミングが良いことによ、明日からアレクシス王国との軍事演習のために、兵士の多くが城を離れちまうのよ。当然首都の警備が手薄になるから冒険者を大募集してるってさ」
「ですが雇われの冒険者を簡単に城へ通すでしょうか?」
「普通なら通しちゃくれねぇわな。けど知ってるか? 面白い奴や見た目が気に入った男には無条件で褒美を取らせてるって話」
チラッと聞いたけどバカなんじゃないかと思ったな。他人だから別にどうでもいいが。
「あの~、もしかして……」
「ああ。もしかしたら気に入られるかもしれねぇぜ? ちょうど首都に行く用事があるから、一緒に行こうや」
男の発言を鵜呑みにはしないが、自分の好みで褒美を取らせる教祖とか会ってみたくなったのも事実。
そこでテンガロンハットの男と共に首都カニエビに向かう事にした。




