朝日と共に消ゆ
「――なさい」
待ってくれ。昨日は寝るのが遅かったんだ。もう少し寝ててもいいだろ……
「――きなさい」
だからもう少し寝かせろって。
「起きなさい」
…………。
「だぁぁぁ、うるせぇぇぇぇぇぇ! 眠いんだから寝かせ――」
「アンタの方がうるさいわ!」
バコン!
「ふげっ!?」
メリーに蹴られて部屋の隅まで転がっていく情けない俺。お陰ですっかり目が覚めちまった。
「ったく、何なんだよ朝っぱらから。だいいち外はまだ薄暗いじゃねぇか」
「当たり前でしょ。グズグズしてるとリサと会えなくなるんだから、さっさと着替えなさい」
「……え? リサと……会えなくなる?」
どういうことだ? リサが遠くに引っ越しちまうとかか?
「よく分からんが、二度と会えなくなるって訳じゃないんだろ?」
「バカね、二度と会えなくなるから言ってんのよ」
「え……二度と――」
「――って、そりゃどういう意味だ!? 只の引っ越しじゃないのか! つ~か知ってんならさっさと教えろよ!」
「だからこうして教えてんじゃない! 消滅した後じゃ手遅れなんだから、さっさとしなさいよ!」
「ちょ、ちょっと待ってろ」
急いで着替えを済ませて下に降りると、すでにネージュとレンが待っていた。
勢い余って表に出たところで、レンに呼び止められ急ブレーキをかける。
「待てよヒサシ。慌てる気持ちは分かるけど場所は知らないだろ~?」
「あっ!」
そうだった。リサはある場所に帰るとしか言ってない。
「慌てなくても大丈夫ですよ。ウルちゃんが場所を突き止めてくれましたから」
「バウ!」
「ホントか!? そりゃよかった!」
「ですが……覚悟はしてください。少々辛い現実と向き合わねばなりません」
いつもの笑顔を潜め、真顔でネージュは言った。多分リサと会えなくなるかもって話なんだろう。
「チラッとだがメリーから聞いたよ。遠くへ行っちまうんだろ? だったら尚のこと別れの挨拶をしなきゃな」
そう答えるとネージュを含めて全員が微妙な顔をしてきた。
「どうしたんだ? 早く行こうぜ」
「そうね。アンタが壊れたら私にとっても致命傷だし、完全に消滅する前に会いに行きましょ」
完全に消滅? 何のことが不明だがウルを先頭にリサの元へと急いだ。てっきり街中かと思いきや、なぜか裏手の山へと入っていく。
こんな山奥にリサが? そんな台詞が顔に出ていたのか、メリーが真顔で「すぐ会えるわよ」と告げてくる。
「バウ!」
「どうやらこの下みたいね」
「この下……って、崖の下じゃねぇか!」
「バウ――バウバウ!」
ウルが崖下に向かって激しく吠え立てる。俺の鼻に間違いはないとでも言っているかのようだ。
「ネージュは私が運ぶから、アンタはレンを装備して行きなさい」
「……分かった」
さすがにおかしいと感じたが、行かないという選択肢はない。レンを手に滑り落ちていく最中に、俺の中である葛藤が生まれる。
こんなとこ、落っこちたら助からないのにわざわざ住み着いたりするのか? それにもう会えなくなるっていうのは、死別に近いものなんじゃ……。
いや、そうと決まったわけじゃない。直接確かめるまでは!
「バウ!」
「着いたみたいね」
「…………」
着いたと言っても草木が生い茂っているだけの場所で、人の気配は全くない。
「ハッハッハッ――――バウ!」
腰の高さまである草をウルが掻き分けていく。数メートル先で止まると、ここだと言ってるかのように振り向いた。
「そこにいるのね。――ヒサシ、見るなら覚悟した方がいいわよ?」
「な、なんだよ急に。まるで地面に転がってるみたいじゃない――っ!?」
草の根の側から見覚えのある足が見えた。靴も昨日見たやつと同じだ。
「……嘘……だろ? なぁ、嘘だろおい!」
そこから先にあるであろう光景を俺は全力で拒んだ。だがメリーの言葉が真っ向から突き破ってくる。
「残念だけど、これが真実よ」
「そん……な……」
「辛いでしょうけど受け入れなさい。それがリサのためでも――」
「いや、まだだ、まだ顔を見てないじゃないか! 顔を確認するまでは――」
すがる思いで足から上をたどっていく。しかし、そこにあったのは残酷な現実で、あちこちを打ったであろう痛々しい傷。腐敗が進みつつあるリサの顔だった。
「リサ……」
よく考えれば妙な話だった。誰もいない旅館に1人で生活してるなんて、普通ならおかしいと思うはずだ。
だが俺は無意識のうちに考えないようにしていたらしい。リサとの繋がりが断たれると思ったんだろう。
そう。昨日見たリサはすでに――
「はぁ、バレちゃったか……」
「リサ!?」
顔を上げると、昨日と同じ格好をしたリサが気まずそうな顔で立っていた。
「本人も来たことだし、私たちは向こうに行ってるわ。時間が来るまで好きなだけ語り合いなさい」
「あ、ああ……」
なんか気を使われたっぽい。二人きりだと思うと余計に緊張するなぁ。何を話していいか分かんねぇよ……。
「その……さ、なんかゴメン」
「フフ、なんでヒサシが謝るのさ。謝んなきゃならないのはあたしの方だよ」
「すでに死んでたってことをか?」
「うん。騙すつもりじゃなかったんだけどね。何ていうかその……言い出せなくって……」
「そ、そうか……」
そりゃそうだよな。私すでに死んでますなんて言い出したら、電波系の女だと判断しただろう。
「結局さ、両親も旅館も失ったあたしには何も残ってなかったんだよね。だから生きる気力も無くなっちゃってさ、最後は自棄になって飛び降りたの。ほんっとバカみたいだよね、ホントにさ……」
「リサ…………」
悔しいな。もっと早くにリサと出会ってりゃ助けることが出来たかもしれねぇってのに。
「でも嬉しかったよ? 一緒に行こうって言ってくれたの。もし生きてたならその場でオッケーしてたもん」
「ホントか?」
「うん。今まで旅館の手伝いだけの生活だったから友達とか殆どいないし、プライベートでこんなに話し込んだのだって初めてだもん」
「じゃあ恋人とかは……」
「そんな暇ないって。そりゃナンパしてきた男はいたけれど、チャラい男なんて始めからお断りだし」
「そうなのか。――あ、ってことはリサって処女だったり――」
ゴツッ!
「いっっって~~~!」
「キミ、デリカシーないって言われたことない?」
「い、いや、そんなことは……」
『ぶっちゃけデリカシーないわよアンタ』
メリーから余計な念話が飛んできた。調子狂うから口を挟むなっつ~の。
「連れの子はデリカシー無いって言ってるみたいだけど?」
「……って念話を盗聴された!?」
「そんはスキルはないけど、今のあたしだと聴こえるみたい。それよりさ、キミにお礼言わないといけないよね」
「エバーディスカバリーのことか?」
「ううん、そっちじゃなくて、ヤスラギ旅館としての最後のおもてなしをさせてくれたこと。死んでから1ヶ月近くも彷徨っていたのは、両親みたく旅館の代表としてお客様をもてなしたかったからなんだ」
そうか、そういうことか。リサが旅館に戻っていたのは、それが心残りだったんだな。
「俺は満足したぜ? 料理も美味かったし」
「ありがと。彷徨ってる間に練習したからね、少し自信あったんだ。その甲斐あってか無念だった感情が無くなってね、もうすぐ消えちゃうみたい」
「そうか」
「本当にありがとう。本当に……うっ……」
礼を述べつつ俺の腕にしがみついてきた。
「なんで泣いてるんだ。成仏できるんだろ?」
「うん、できるよ。だからヒサシとは永遠にサヨナラしなきゃならないんだよ。そう思うと残念で……悔しくて……」
「リサ…………」
「でもダメだよね。ヒサシはこれからも生きてくんだから、あたしの後を追っちゃダメ。だからキチンとお別れしないと!」パシン!
決心した顔で腕から離れると、自分の頬を叩いて見せた。
「じゃあヒサシ、目を閉じて」
「え、なんで?」
「いいから! ほら、もうすぐ夜が明けちゃうから早く!」
「お、おぅ――」
チュ!
「い、今のは!?」
「フフ、あたしからのお礼。マウストゥマウスはヒサシが初めてなんだからファーストキスだよ」
「マジか!」
やった! 俺にもようやく春が来たぞ! 皆さん今までありがとう御座いました~!(←誰に言っとるんじゃお主は……。byオルド)
「あ、喜んでるとこ悪いんだけど、もう時間みたい」
「ええっ!? これからって時に!」
「そうやって悔しがってくれるのはホント嬉しいんだけどね、あたしはもうすぐ成仏しちゃうんだからヒサシはあたしの分も生きなきゃダメだよ?」
「ああ、分かったよ」
「うん、じゃあヒサシ、元気でね」
最後は俺の胸の中で、光の粒となって消えていった。
「成仏……しちまったか……」
「みたいね。じゃあどうする?」
「どうするって?」
「リサの遺体よ。せめて墓くらい作ってあげなさいよ」
「そうだな」
それから俺たちはリサの遺体を火葬し、テキトーな岩を斬り落として墓を作った。魔剣アゴレントでスパッとキレイに出来上がったぜ。
「これでよし。世界を回ったらまたくるぜ。その時は土産をお供えしてやるよ」
「はい。きっとリサさんもお喜びになるでしょう」
それから数日間、俺たちはベイリバーサイドを隅々まで散策した。リサの故郷を忘れないようにするためにな。
街を練り歩いてる最中にエバーディスカバリーのグレゴルスが行方不明になったと騒がれていたが、奴は永遠に見つからないだろう。メリーが生きたまま皮を剥いで海に棄ててきたからな。
万が一引き上げられたところで本人と断定できるものは何もない。奇妙な死体として片付けられるのが落ちだろう。
「そろそろ出港しま~す! 乗船券をお持ちのお客様は速やかにお乗りくださ~い!」
お、いよいよ北大陸行きの船が出るんだな。
「お~いお前ら、そろそろ乗るぞ」
「私たちはいいけどネージュがまだよ」
「どこ行ったんだ?」
「それがさ~、急に花を摘みたくなったらしくてさ~、ウルと一緒にどっか行っちゃったんだよな~」
おいおい、大丈夫かよ。またギリギリになって飛び乗るとか勘弁だぜ。
「あ、あんな遠くにネージュ見っけ。こっちに向かって走ってるわ」
「そうか。なら安心――」
「後ろから例の騎士団が追っかけて来てるけど」
ぜんっぜん安心じゃなかった!
「例の騎士団って、ロームステルのオッサンかよ! 異国の地にまで来といて張り切り過ぎだったつ~の!」
「うっさいわねぇ、あたしに言わないで本人に言いなさいよ!」
「言って聞くなら追われてね~よ!」
ったくしょうがねぇ!
「レン、頼む!」
「ほいよ~」
魔剣になったレンを手にネージュの元へと大ジャンプをかます。
ダンッ!
「ヒサシさ~ん」
「ここは任せて先に行け!」
「はい~」
「バウ!」
ネージュとウルが脇を通過して間もなく、甲冑をガチャガチャと鳴らしながらオッサンとその仲間たちが現れた。
「貴様ら~、今度こそ逃がさんぞ~!」
「アンタらもいい加減しつこいんだよ! さっさと自分の街に帰りやがれ!」
「ならば貴様らも連れて行くまで!」
「誰が行くか――そらっ!」
シュウ!
「どうだ、魔剣アゴレントの横薙ぎは。他の剣とは比較にならな――」
「ガーッハッハッハッ! 我らの盾に邪悪な波動は効かぬ!」
くっそ! オッサンのくせに無駄に高性能な盾使いやがって~!
「それなら奥の手だ。そ~ら、金が欲しい奴は拾え拾え~~~!」
ジャラジャラジャラ!
「うおおお、金だ金だ!」
「すっげぇ! 金貨も混ざってるぞ!?」
「どけお前ら! 金貨は俺のもんだ~~~!」
オッサンの足元にバラ巻くと、近くの民衆が周囲を囲んで盾となった。
「へへ、じゃあなオッサン。手間賃代わりに拾ってもいいぜ~」
「ぐお~~~、邪魔だ愚民ども! そこをどけ~~~!」
オッサン連中が身動きが取れなくなったのを確認し、再び船へと大ジャンプ。
ダン!
「ヒサシさん、間に合ってよかったです」
「バウ!」
ネージュとウルも乗れたみたいだ。
「よ~し、出っ港~~~ぅ!」
ギリギリのタイミングで港を離れた。いざ北大陸へ!




