寂れた理由
北大陸の玄関口とされる港街ベイリバーサイド。ここには古くから営まれている二つの老舗旅館が有った。
一つは獣人一家が経営するヤスラギという名の旅館で、もう一つは豪商が運営するエバーディスカバリーという名の旅館だ。
両家は良きライバルとして競い合い、共にベイリバーサイドの発展に死力してきた。
しかしある日、豪商家の当主が倒れて経営陣が一新されると、これまでの関係とは真逆に執拗な妨害工作を行うようになる。
「エバーディスカバリーの新たな当主――グレゴルスの嫌がらせは苛烈でね、客を装って無茶な要求を突き付けたり、他の客に因縁を付けたり、旅館の周囲に動物の死体を破棄されたりとか色々やられたよ。それに「獣人が経営者してる旅館なんて不衛生だから止めちまえ!」とか声を大にして叫ばれてね、ドンドンお客が寄り付かなくなったんだ」
なるほど。それでさっき不衛生って口走った時に怒ってきたのか。
「でもね、それだけならまだマシだったよ。あたしが一番許せなかったのは、お父さんを殺されたことなんだ」
「え……こ、殺された?」
「証拠はないけど間違いないよ。だって酒を一滴も飲まないお父さんが、酔っ払って海に転落したっていうんだから。きっと強引に酒を飲まされて海に落とされたに決まってる。だけど証拠も何もなくて騎士団は取り合ってくれなかった。悔しいけど……どうにもならなかったんだよ……」
「…………」
リサの目には涙が溢れていた。しかしどう声を掛けたらいいのか分からずにいると、その間もリサの話は続いていく。
「お父さんを亡くした直後、今度はお母さんが病で倒れた。こうなるともう先は長くないと従業員たちも思い始め、僅か数ヶ月で半数以上が辞めていき、最後の一人が辞めるのと同時にお母さんも息を引き取ったんだ。それがちょうど1ヶ月前で、その日からあたしは食事が満足に出来ない身体になったんだよ」
食べる気になれないって感じか。それにしては痩せ細ってるようにも見えない気が……いや、余計な詮索はするべきじゃないな、うん。
「うあっ、もうこんな時間!? 早く帰んなきゃ!」
「お、おい、帰るって……リサの家はここだろ?」
「そ、そうなんだけど、ちょっと理由があってある場所に帰らなきゃならないの。明日の早朝にまた来るから、それまでゆっくりしてってよ。じゃあね~!」
「おいリサ――ってもう行っちまったか」
リサの言うある場所っていうのも気になるが、言いたくない秘密の一つや二つは誰にでもある。ここも余計な詮索はしないと決め、食器を片付けて部屋に戻ろうとしたところをメリーによって襟首を掴まれた。
「待ちなさい。まさかこのまま寝るつもりじゃないでしょうねぇ?」
「そのつもり――って、お前まさか……」
「イッヒッヒッヒッ! お察しの通りよ。久しぶりの獲物なんだから逃す手はないわ」
獲物って、そんなことを――
いや、その通りじゃないか。なんでこのまま終わらそうとしたんだ俺は。今ものさばり続けているエバーディスカバリーを叩き潰さなきゃダメだろうが!
「行くか。エバーディスカバリーに」
「そうこなくっちゃ!」
例の如くネージュとウルを残して旅館を飛び出し、街の中心部へと向かった。見渡しながら歩いていると、すぐに例の旅館を発見。屋上で何人もの客が夜景を眺めているのが証拠だ。
「ここみたいだな。どうするヒサシ?」
「正面からじゃ目立ちすぎる。裏口に回ろう」
裏手に回ると、従業員たちがせっせと荷物を運び込んでいた。そう内の一人がこっちに気付き、手で追い払うような仕草をしてくる。
「ここは一般客の来るところじゃねぇよ。邪魔だから向こうへ行け」
「…………(ムッ!)」
その態度に苛立ちを覚えた俺は強行突破すると決め、こっそりメリーへと耳打ちする。
「おっけ。――ちょっとアンタら、邪魔だから退きなさいよ」
「はぁ? 何を言って――」
「幻要」
その場の従業員が全て振り向いたタイミングでメリーの幻要だ。すると俺たちを従業員仲間と勘違いし始め……
「おお、すまんな。早く中の荷物を捌いてくれ」
「了~解。あ、ところでご当主は今どこに?」
「いつもの場所だ。屋上で景色のうんちくでも垂れてんだろ。ったく、こっちは真面目に仕事してるってのに呑気なもんだ」
どうやら肝心の当主は嫌われてるらしい。他人を陥れるような輩だし、そうなるのは自然か。
「ささ、旦那様どうぞもう一杯!」
「いやぁ悪いなぁ、ガッハッハッハッ!」
屋上に上がると三組のカップルが夜景を堪能している傍ら、グレゴルスとおぼしき中年男が身形の良い太っちょ男にヘコヘコと頭を垂れていた。ご機嫌取りでもして高い酒を飲ませてやがるんだろう。
この野郎は典型的な長いものに巻かれるタイプだな。だったらその性格を利用させてもらおうか。
「ちょっと失礼。そこのアンタ、アンタがグレゴルスだな?」
「確かにそうだが、キミたちは何者だね? 下らない用なら後にしてもら――」
ズシッ――――ジャラララ……
目の前で大量の金貨が詰まったズタ袋を放り投げてみせた。弾みで何枚かが飛び出てきたため、中身が金貨だとすぐに分かったはずだ。
グレゴルスも太っちょ男も目を丸くす中、俺は淡々と告げる。
「今からここを貸し切りたい。一時間程度で構わないんだが、どうだろう?」
「あ、も、もちろんよろしゅう御座います! 他の客には下りてもらいますので!」
まずは理解が追い付いていないであろう太っちょ男を強引に下へ放り出すと、他のカップルも次々と叩き出していく。最後の客が出て行った後に施錠したのを確認し……
「こ、これでよろしいでしょうか?」
「ああ、上出来だよ。なぁ?」
「ええ。自分から舞台を整えてくれるなんてサービス精神旺盛じゃない」
「だな~。こっちも期待に応えてやろうぜ~」
「え? な、何を――ぐぁっ!」
まずはレンから軽~くジャブ。続けて数発鉄拳を叩き込み、踞ったグレゴルスが腹を押さえつつ睨んできた。
「な、なんなんだお前たちは! ワシに何の恨みがある!?」
「恨みなら有るぞ? 老舗旅館ヤスラギが廃業した理由、知ってるよなぁ?」
「……何のことだ、あの旅館とワシには何の繋がりも――ヘゴッ!?」
しばしの間を置いて何もないと主張してきたが、その沈黙は知ってるって証拠だ。直後にレンによる踵落としが炸裂し、グレゴルスは地面に這いつくばる格好になった。
「いい加減にしろよテメェ。すでにネタは上がってんだ、さっさと認めなきゃ手遅れになるぞ?」
「ふ、ふざけるな! こんな真似をして、貴様らこそただで済むと――がはっ!」
今度はグレゴルスの顔面をおもいっきり蹴り上げ、更に横腹も数発蹴りつけた。
「ゴフッ……も、もう許さんぞ!? 貴様らは全員――」
「殺すとか言うつもり? リサのお父さんと同じように」
「いっ!?」
「ウケケケケケ♪ どうやら図星のようね? じゃあアンタも同じ目に遭わせてあげる」
そう言ってメリーが取り出したのはノコギリで、口の端を吊り上げながらグレゴルスの頬にペタペタと当てる。
さすがに恐怖を感じたらしく、これまでの態度とは一転して鼻血を垂れ流しつつも罪を認めた。
「分かった、認める、あの旅館が潰れるように仕向けたのはワシだ。ヤスラギさえ無くなれば利益を一人占めできると思ったんだ。だから汚物をバラ撒いたり浮浪者をけしかけたりと色々やった」
「だがテメェは禁じ手を用いた。嫌がらせだけならまだしも人殺しにまで手を染めた!」
「そ、そんなもの、おとなしく諦めないからだ。素直に旅館を畳めばよいものを、往生際悪く経営しよったアイツらが悪い。ワシを追い詰めたのはヤスラギの方だ! 何もかもヤスラギが悪い!」
ダメだ、聞くに耐えないし、コイツの顔を見るのも不快だ。
「メリー、できるだけ苦痛を感じるようにしてやってくれ。苦し過ぎて死にたくなるくらい強烈なのを頼む」
「キヒヒヒヒ♪ ま~かせなさい」
「な、何故だ、正直に話したではないか!」
「助けるなんて一言もいってないぞ? 精々苦しみながら後悔するんだな」
「ひぃっ!」
慌てて立ち上がろうとするが、そうはさせまいとレンが足払いで転倒させ、そこへメリーがゆっくりと近付いていく。
「イッヒッヒッヒッ、怖いでしょ? 震えるでしょ? 正気を保ってられないでしょ? でもそれはアンタが原因。自分で招いた結果なのよ。だからおとなしく受け入れなさい――懺悔夢要!」
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
★★★★★
「ご当主様、起きて下さいご当主様」
「う……うわぁ! ゆ、許してくれ! 全ては自分の旅館を盛り立てたいがためにやったことなんだ! だから――」
「お、落ち着いて下さいご当主様。何か悪い夢でも見ておられたのですか?」
「――はっ!?」
慌てて見渡すとそこはワシの書斎であり、さき程までいた奇妙な奴らはどこにも居ない。
「ゆ、夢か……」
しかし何というリアルな夢だ。まさか今になって思い出すとは……。
そうだ、それもこれもぜ~んぶヤスラギが悪い! くたばったのならおとなしく墓の下で眠っとればよいのだ!
「あの……ご当主様?」
「いや、何でもない。それより何の用だ?」
「あ、そ、それなのですが、食事が大変不味いと訴えてきたお客様がおりまして……」
「バカ者。食材は最高級のものを使っているだろう? 味覚障害なアホは放っておけ」
ったく、客の分際で食事にケチつけるとは生意気な。文句があるならゴミでも食っておればよいのだ。
「他にもありますよご当主様。酔っ払った客同士が喧嘩を始めてしまい、他のお客様にも被害が出ておりまして」
「くだらん。そんな迷惑な連中はまとめて放り出せ。旅館にキズを付けようものなら修理代を請求するのも忘れるな」
ったく、酒に溺れる奴らなんぞ客ではないわい。どうせ酒の違いも分からぬ愚民だ。来なくなっても誰も困らん。
「まだあるのですが……」
「ええぃ、今度はなんだ?」
「特定の客間から悪臭がするという苦情が」
「悪臭だと!?」
まさか死体が転がってるんじゃないだろうな? そんなものが発見されれば客足は瞬く間に遠退いてしまうぞ!
「すぐに案内しろ!」
「は、はいぃぃ!」
部下と共に客間へ向かう途中、どこからともなく異臭が漂ってくる。まるで腐った何かが放置されてるかのような臭いだ。
問題の客間に着くと、まずは遠巻きに見ている野次馬を退かせる。万が一にも死体を見られるわけにはいかないからだ。
そして中に入って来れないようにキッチリと施錠した直後、部下が奥を指さしてガタガタと震え出した。
「ご、ご当主様、アレを!」
「アレだと? いったい何を――ひっ!?」
部下が指したアレに思わず言葉を失う。奥のテーブルにはワシが殺したヤスラギ旅館の主人と、病死したソイツの妻の生首が供えられていたからだ。
「くそっ! 誰がこんなふざけた真似を!」
ビクつきながらも生首を掴んで処理しようとした途端、不意に生首の目がワシの方にギョロりと向き、思わず腰を抜かしてしまう。
「うわぁぁぁっ! な、なんだこれは、まさか生きてるのか!?」
「……いいや、我々はすでに死んでいるよ。なぁ?」
「……そうですわね。無念ではありますが、死んでおりますわね」
「ひっ……いぃ……」
「……なんだいグレゴルス、久々の再会で感動の涙かい?」
「……あらあら、お顔がグシャグシャで。拭いて差し上げますからお待ちになって」
「ひぃぃぃ、くるなぁぁぁ!」
距離を取ろうと這うように後ずさる。死人が化けて出るなんて冗談じゃない。とにかく今は逃げなくては!
そう思った瞬間、何かが背中に当たる。部下が立ち竦んでるのだろうと思ったが、それは違った。もっと恐ろしい奴が立っていたのだ。
「どこに行こうっていうのよ? アンタの墓はここよ? イッヒヒヒヒヒヒ♪」
「あ、あ……ぁ……」
ダメだ恐怖で声が出ない。小娘がノコギリをワシにあてがってるのに身体も動かん。
ブシュ!
「がぁ!」
「さぁさぁ、楽しい料理のお時間よ。今日のテーマは――」
ジャリジャリジャリジャリジャリジャリ!
「ひっ……ぐ……あ!」
「グレゴルスのお頭つきで~す♪ 出来上がるまで生きてられるかな~? ニシシシシ♪」
無抵抗のまま両手両足が切りとられていき、最後に首が切られる直前、ワシは意識を失った。
くそ、ヤスラギなんぞに……関わるんじゃ……なかっ……。




