絶景の条件
何だかんだとザッカートの街から離れられないでいた俺たちだったが、一週間ほど前にようやく出発することができた。
そしてついさっき、夕日が沈みつつある海を右手に眺め、北大陸行きの客船が出ている港街に入ったところだ。
「ここが北大陸との玄関口と言われてる港街ベイリバーサイドか。街の規模もデカイが人の数も想像以上だな」
「北大陸はイグリーシア最大の大陸ですからね。人の流れは島国であるサザンブリング王国の比ではないかと」
「バウ!」
表通りのみならず路地裏に行っても人の姿が無くなることはなく、怪しげな露店商までもが商売繁盛と言わんばかりにニコニコ顔だ。
夜までにもう一隻出港する客船があるらしいが足早に去るのも旅行気分に水を差すと考え、今日のところはこの街で1泊すると決めた。
「やぁやぁお子様連れのお兄さん、今夜の宿はお決まりかな? 決まってないならとっておきの宿を紹介するよ~!」
客引きか。あまりガッついてくる奴は好きじゃないんだが、聞くだけ聞いてみるか。
「そこはどんな宿なんだ?」
「よくぞ聞いてくれました! この度紹介致しますのは、この街唯一とも言える長き歴史のある老舗旅館――エバーディスカバリーで御座いまさぁ! 旅の疲れを癒しに癒す最高の露天風呂に、海の幸をこれでもかと贅沢に使用した豪華な食事。更に更に、夜間も開放している屋上からの絶景により気分はもう最高潮! いざ極楽に参りましょう!」
胡散臭いとは思いつつもアピールポイントが俺の脳裏を刺激してくる。それはメリーとレンも同様だったらしく……
「へ~ぇ、そんなにおすすめ?」
「もちろん! 極上の深海魚ステーキが貴女を待ってますよ~!」
「食事はいいとして、絶景って言うくらいだから禍々しい墓地くらいは見えるんでしょうねぇ?」
「ええ!? ぼ、ぼ、墓地――で御座いますか? それはちょっと……」
「じゃあさ、じゃあさ~、近くにある古戦場とかは~?」
「い、いやぁ、古戦場なんて話は聞いたことがないかなぁ……」
「何よそれ。期待ハズレもいいとこじゃない。アピールするなら心霊スポットの一つや二つは作っときなさいよね」
「メリーに同意。血糊の一つも見れないって言うんじゃ老舗の看板が泣いてるぞ~」
「は、はぁ……。(今時の子は変わってるなぁ……)」
普通に考えたらそんなもんが背景に写る方が問題なんだがな。この先客引きの言う老舗旅館がコイツらに影響されなければいいが。
「別に断るのはいいが、どんな旅館ならいいんだ?」
「しょうがないわねぇ。ついて来なさい」
街の中心部から郊外に向けてスイスイと進んでいき、やがて人通りが疎らになってくるとポツーンと寂しげに建っている旅館を発見した。老舗旅館ヤスラギって書いてある看板が掲げられてるし、旅館には違いないが……
「ほら来た、ここよ!」
「ここって……もう廃業してるとかじゃないのか? 見るからにボロいし、人の気配を感じないんだが……」
「それならそれでいいじゃない。勝手に使わせてもらいましょ」
「さんせ~い! いかにも何か出てきそうだし、退屈しなくて済みそうだもんな!」
これが二人の言う理想の旅館らしい。経営者諸君はくれぐれも参考にしないように。
「あの……ほ、本当にここで宿泊を?」
「何よネージュ。まさか年上のくせに怖がってるとか言わないわよね~?」
「怖いです! 歳は関係ありません! 今からでも他の旅館を探すべきです! ヒサシさんからも何とか言ってください!」
「俺?」
うん、まぁ確かにな、金も有るのにボロ屋に泊まる理由はないだろう。
「メリー、それとレン。ここは長期間手入れが行き届いてない不衛生な場所――」
「不衛生ですって~!?」
「うおっ!?」
突如会話に割り込んできた女の声。振り向くと俺と同じ歳くらいに見える獣人の女の子が、腰に手をあててプンスカと怒っていた。
「えっと……キ、キミは?」
「あたしはリサ、この旅館の一人娘だよ。それよりアンタ、よくも不衛生とか言ってくれたわね~?」
「そ、それは……すまん。まさか人が住んでるとは思わなくてさ……」
「そりゃね。1ヶ月くらい前に畳んじゃったもん。正しくは旅館の跡地よ。けれどあたしが住んでるんだから、不衛生って言葉は取り消してよね。それとも獣人を差別する人~?」
「わりぃ、見た目で判断するのはよくないよな。ホントにすまん。それから差別主義者じゃないから安心してくれ」
「…………」
咄嗟に謝ったが、無言で俺をジッと見てくる。
んん? よく見ると顔立ちが整ってて可愛いんじゃないか? パッチリした目にポニーテールもベストマッチでいい感じ――って何考えてんだ俺は……。
「分かった。許す」
「そいつはどうも」
しかしなんで顔を覗き込まれたんだ? まるで善人か悪人かを吟味されてる感じすらしたが。まぁいいか。
「ところでアンタ、ここに住んでるって言ったわよね?」
「アンタじゃなくてリサ! まぁ住んでるけど何? アンタたちもバカにしに来たの?」
「アンタじゃなくてメリーよ!」
「初対面なんだから知らないに決まってるでしょ! いちいち怒んないでよ!」
「こっちだって初対面だしここが隠れた名所だなんて知らないわよ! アンタもいちいち怒んな!」
何だか似た者同士だなぁと思っていると、隠れた名所というワードにリサが反応した。
「……隠れた……名所?」
「そうよ。人気が無くて目立たない場所。夜になったら何が出るか分からない、まさに心霊スポットのような最高の場所よ。ここが潰れてしまったなんて世界的な損失だわ」
「あ、あんまし褒められてる気がしないんだけど……とりあえずありがと」
「いいのよ。それよりここで一晩泊めてちょうだい。私とレンはここが気に入ったの。ちなみにそっちの趣味悪そうな髪の色した子がレンね」
\趣味悪そうは余計だ~!/
「ここに泊まるの? 何も無いところだけど、気に入ってくれたのは嬉しいかな。そっちの二人はどう?」
リサが俺とネージュに向き直る。こうなると俺たちだけ反対するのは気が引けるよな。ネージュには心の中で謝りつつ……
「俺たちもここに泊まるよ」
「良かったぁ、ずっと一人だったから寂しかったんだよねぇ。期待したおもてなしは出来ないかもだけど気の済むまで寛いでってよ。ささ、中にどうぞ~っと!」
「あ、ああ……」
中を見渡すと、寂れてる割にはゴミが無いし散らかってもいない。部屋の扉は多少ガタがきてるものの埃もなく床や壁も小綺麗だ。人手があればすぐにでも開業できると思われるくらいで、廃業しちまったのが悔やまれるなぁ。
「この部屋が一番眺めがいいんだよ。ホントはあたしが使ってるんだけど今日は特別。はい、どうぞ~」
吊るされたランタンに火を灯し外を指してきた。郊外だからなのか3階という高さがそうさせてるのか、海の向こうが見えそうなくらいの水平線が広がっていて、空と海に写る星がキラキラと輝いている。
この光景に最初は嫌がっていたネージュも徐々に顔を綻ばせ……
「素敵な眺めですね~。心が落ち着きます」
「でしょう? そんな絶景を見下ろしながらの食事はまた格別なんだよね~。じゃあすぐに用意して――と行きたいところだけど、さすがに4人と1匹分だと材料が足りないかなぁ。悪いけど手伝ってくれる?」
「構わないぞ。泊めてくれた礼もしたいし、何でも言ってくれ」
「そう? じゃあ今から山菜採りね」
すっかり日が暮れた後だったがリサが晩飯を振る舞ってくれると聞き、すぐ裏手にある山へとついて行った。
リサが目敏く山菜を見つけるなり俺たちの前へと差し出し……
「はいこれ。この山菜を20個で、こっちのが……5個有れば足りるかな? それからこの赤いやつをできるだけ沢山ね」
「よっしゃ、勝負だメリー!」
「望むところよ!」
「あ、あの、二人とも、乱獲はよろしくないかと~!」
我先にと駆け出す二人をネージュが追っていき、俺とリサ、それとウルだけがその場に残される。
ヤレヤレと肩を竦める俺をリサがクスりと笑い、そこから会話を交えながらの採取が始まった。
「――って感じさ」
「ふ~ん。じゃあ今は世界を旅してるんだ」
「まぁな」
他愛もない会話が続くが、それがとても楽しく感じた。ため口での会話が親近感をより深くし、もしも彼女がいたらこんな感じなんだろうなと思えてくる。
「彼女……か」
「へ? 何?」
「い、いや、何でもない」
「何でもない割にはさっきからあたしの方ばかり見てるでしょ?」
「うっ……」
おもっくそバレてた。
「まさか楽してご馳走にありつこうとか考えてるんじゃないでしょうねぇ?」
「いや、違うって。リサが凄く可愛いな~なんて思っちまってつい……」
「ふ~ん? あたしが可愛――へ? ――ええええっ!?」
ヤバッ、本音が駄々漏れっちまった!
ええぃ、こうなりゃヤケだ。とことん吐き出してやる!
「さっき顔を見られた時にドキッとしてさ、なんつ~かこう、そのまま抱きしめたい感情に駆られたっていうか……うん、ぶっちゃけ一目惚れかもしれん!」
「あ……う……あぅ……」
開き直って堂々と言っちまった。リサはというと、頬を赤く染めて――いや、辺りは暗いしランタンの光だけじゃ顔色までは伺えないけど、言葉にならない言葉を出してるし、きっと真っ赤だったに違いない。
「い、今の……その……本気?」
「俺はいつだって本気だ」
「そ、そうなんだ」
「ああ。それでな、本気ついでに言わせてもらうが――」
ここで勢いに任せた俺は、思い切った提案をしてみた。
「――俺と一緒に旅してみないか?」
「え……」
ヤッベェ。言ってから気付いたが、知り合って数時間の相手に言う台詞じゃねぇ!
けれどもう遅いし、おとなしくリサの返事を待っていると……
「……ごめん。それは……無理かな……」
だよなぁ、普通はそうなるよなぁ。
「すまん。突拍子もない提案だったな。今の発言は忘れてくれ」
「う、うん。でも……ありがと」
最後にボソッと聴こえた「ありがと」っていう台詞以降、互いに恥ずかしくなり黙々と採取を続けることに。
やがてメリーたちが戻ったところで旅館へと引き上げ、リサが手際よく調理を開始。
「できたよ~!」
――という声に釣られて食堂に向かえば、色合い豊かな山菜に程よく焼き上がった魚が香ばしい匂いで食欲をそそってくる。
「さ、遠慮なく――」
「うん、中々いけるじゃない。美食家の私を唸らせるなんて光栄なことよ」
「山菜うんま~! 魚もうんま~!」
「ハッグハッグ……」
「――ってもう食べてるし……」
すでにガッついてるメリーとレン、それとウルに対して呆れつつも嬉しそうに眺めるリサ。
俺とネージュも手をつけると……
「うん、確かに上手い。毎日でも食いたいくらいだ」
「ええ、短時間でこの美味しさは称賛に値します。将来いいお嫁さんになれますよ~」
「「お嫁さん!?」」
ネージュのお嫁さんというフレーズに、俺とリサが盛大にハモる。しかも互いの視線がバッチリと合ってしまい、二人揃って頬を赤らめて俯いちまった。
だがここで動揺してはならないと己を奮い立たせ、何事もなかったかのように振る舞ってみせた。メリーやレンにからかわれたくないからな。
リサの様子はどうかと思い再度視線を向けると、視線を宙に漂わせてトリップしてるような感じに――――ん? そこで俺は、リサだけは何も食べてないことに初めて気付いた。
「リサ、何で食べようとしないんだ?」
「え、そ、それは……」
なぜか言葉を濁すリサ。特別な理由がありそうな気もするし深く追及はしないでおこうと決めた矢先、
「実はね……」
ポツリポツリと心中を語り始めるのだった。




