グッドマン襲来
「「「おおっ!」」」
俺とネージュとレンが驚きの声をあげる。買い出しを済ませて例の邸に戻ったら、すっかりキレイに片付いてたからだ。
つっても掃除したのは冒険者ギルドのあの職員だけどな。
「ゼェゼェ……ハァハァ……。な、中庭の清掃も終わりました。屋根裏部屋も終わってますので、これで全て終了です」
「ご苦労様。じゃあ帰っていいわよ」
「では……」
「ああ、ちょっと待った」
帰ろうとしたギルド職員が見えたのでやや強引に呼び止め、再度邸の中へと押し戻した。
「疲れただろうしお茶くらい飲んでってくれ」
「大変恐縮です」
ネージュがお茶と茶菓子を出したところで本題に入る。どうしても聞いておきたい事があったからだ。
「……でだ。昨日から気になってたんだが、どうしてグッドマンのためにここまでの待遇をするんだ? 俺たちじゃなくても他の冒険者とか騎士団とかでも対処できそうなもんだが」
「その件ですか。これはオルロージュ帝国の国家事情に絡んでくるのですが、燐国であるクロック王国の崩壊が主な原因です」
「クロック王国の……崩壊?」
「その様子だとご存知ないようですので、クロック王国の崩壊を簡単に説明させていただきます。あれは1ヶ月ほど前――」
少し長くなったので要約すると、約1ヶ月ほど前にクロック王国で竜巻と洪水と大地震が発生し、一夜にして国が滅んだんだとか。
その影響で多くの難民がオルロージュ帝国へとなだれ込み、急速に治安が悪化。今現在も軍と騎士団が対応に追われていると。
「――という訳でして、国に対しての正式な救援要請も通りにくく、冒険者ギルドだけではとても対応仕切れない状態でして……」
「そんなことになってんのか」
「しかもですね、例のグッドマンはクロック王国から流れてきたという噂までありまして、次はオルロージュ帝国で天変地異が起こるのではと噂されるようになり、すでに何組かの冒険者パーティが別の国へと移ってる有り様で」
「そりゃ辛いな。必死になるのも頷けるぜ」
「はい。クロック王国で職を失った者も多数ですし、彼らが自棄を起こす前に正常に戻ってもらいたいものです」
その後、少しだけ雑談をしてから職員は帰っていった。帰り際に何卒お願いしますと何度も頭を下げられたけどな。
その日の晩飯後、不意にメリーが――
「ちょっと外の空気を吸ってくる」
――と言い、邸の窓から飛び出したかと思えば、屋上へと上がって行った。
ギルド職員の切実な思いが通じたのか、その日の内に本物と遭遇することになろうとは、メリーとしても予測してなかっただろうがな。
★★★★★
昨日の今日で現れるとは限らない。けれど私の中の何かが絶対に来ると訴えていた。奴は必ず現れると。
その感に従い、私は1人で屋上へと上がる。久とレンに邪魔されたくなかったしね。
ヒュゥゥゥ……
一迅の風が吹き抜ける。春先でまだ肌寒いというのが世間一般の感想でしょうけど、私にとっては心地好い。寧ろもっと寒くて凍りつくくらいが私の理想よ。
「……来たわね」
「…………っ」
背後に振り返らずにそう呟く。待ち望んだ獲物が掛かったんだもの、驚かせて逃がすのは勿体ない。
いえ、ちょっとだけ驚いてるのかな? 微かに動揺してるようにも感じた。
「ホッホホホホ! 驚きましたよ。まさか待っていてくださるとは」
「昨日見かけてからね、多分来るんじゃないかと思ってたのよ」
「……ほぅ?」
警戒心が増した気がする。私が昨日の時点で看破してるとは思ってなかったんでしょうね。
「予告状が出たって時点で偽者なのは分かってたわ。事実倒した男は闇ギルドの構成員だったし、奴が室内で煙を起こしたのも想像するに容易い。混乱の最中に冒険者の1人を仕留め、そいつをグッドマンに仕立て上げる――っていうのがコメルシオの企みだったんでしょ」
「そのようでしたね。もっとも英雄となる予定の男は、貴女の手で返り討ちにあったようですが」
「でもトドメを刺したのはアンタでしょ」
「トドメだなんてとんでもない。私はただ背中を押しただけに過ぎません。言い換えれば、貴女のお陰でその程度の動きで事足りた――とも言えますがねぇ。バッサリと斬られて痛々しい様でしたよ?」
「白々しいわねぇ。あの構成員を殺したのは私だと言いたげじゃない」
イラッときたから振り向きざまに言い返した。そこには想像通りの顔をしたピエロがいたわ。但し、手に持った太い糸ノコのような武器は予想外だったけれど。
「お気に召しませんか? ならば私と貴女のコラボということに致しましょう。きっと世間は賑わうと思いますよ?」
「お断りよ。アンタの趣向に沿うつもりはないもの」
「それは残念。では残念ついでにお尋ねしますが――」
「――汝が望は喝采の赤か? それとも静寂の青か?」
「フフ、ざ~んねん、どっちもハズレよ。私が望むのは――」
チャキ!
「常闇の黒よ!」
シュ――――ガキン! ガキガキガキガキ!
「おおっと、中々の剣裁き――ならぬ鎌裁きではないですか。大変グッドですよ~ぉ。油断していると首を落としてしまいそうです」
「だったら落としちゃえばいいじゃない。その方が楽になれるわよ?」
「ご冗談を。このような楽しい一時を終わりにするだなんて、勿体ないにも程があるというものです――ソーラーカッター!」
ジュゥゥゥゥゥゥ!
レーザーが私を貫くも、物理不通で明後日の方に飛んでいく。このスキルは魔法だって効かないものね。
「なんと、すり抜けた!?」
「その糸ノコで切っても同じだけどね」
「ホーーッホホホホ! 実に興味深い。是非とも魔法実験に協力してほしいところです!」
「…………」
感情が昂っているのは確か。だけどどこか誤魔化しているようにも感じる。
いや、待てよ? 確か昼間に聞いた話しだと……
『クロック王国で職を失った者も多数ですし。彼らが自棄を起こす前に――』
なるほど、そういうこと。大方コイツの正体は元クロック王国の宮廷魔術師とか、高位の術者に違いないわ。警戒されてる存在なら他国に身を寄せるのも難しい。だから正体を隠して憂さ晴らしをしてるってとこね。
ウケケケケケ♪ 面白そうだし、その辺りをつついてやろう!
「魔法の実験? 今さらそんなことして何になるのよ。自分の職務を放棄したくせに」
「っ!?」
クククク♪ 動揺してる動揺してる。
「でも生き甲斐を失った者の末路をアンタは歩んでる」
「…………るさい」
「幾ら痛ぶっても幾ら殺しても満たされることはない」
「……うるさい」
「もうあの頃の生活には戻れない」
「うるさい!」
「今のアンタは殺人鬼で周囲からは恐れられ、早く消えてくれと願われてる」
「うるさい!!」
「そして本来のアンタも必要とされては――」
「うるさーーーい! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れーーーーーーっ! お前に……貴様のような小娘に何が分かる!? 全てを失った者の苦しみが分かってたまるかーーーっ!」
シャシャシャシャシャシャ!
糸ノコをでたらめに振り回し、喚き散らすグッドマン。当たってないのを目の当たりにしても、沸騰した頭は収まる様子がない。
「貴様なんかに――貴様なんかにーーーっ!」
ジュゥゥゥゥゥゥ!
武器がすり抜けると分かったら、再びレーザーをブッ放ってくる。当然それもすり抜けるわけで、駄々っ子のように屋根をダンダンと叩きだした。
「クソゥ、クソゥクソゥクソゥ!」
「どうでもいいけど邸は壊さないでよね。久に説明するのは面倒なんだから」
「ぐぬぅぅぅ……」
相当精神的に参ってるわね。これなら上手く行きそうかな?
「じゃあそろそろ仕上げね。いい夢を見せてちょうだい――懺悔夢要!」
「ヒギャァァァァァァ!」
「――はっ!? こ、ここは」
気付けば自室の机に突っ伏していた。いや、自室といってもクロック王国で宮廷魔術師だった頃の部屋だ。いったい何故……
コンコン!
「失礼します。ピエトロ師匠、講義のお時間が迫っておりますが……」
「あ……ああ、すまない。すぐに行こう」
教え子に呼ばれ、いそいそと自室を出た。その際に鏡を見たが、あの薄気味悪い化粧はキレイサッパリ落ちていた。いや、元から化粧なんぞされてはいなかったようにも感じる。
おかしい。私は今まで夢を見ていたのだろうか?
「着きましたよ師匠。今日の受講者はいつもより多く――――師匠?」
「……すまない、ボーッとしていたようだ」
そうか……そうだな、うん。私が怪盗などに成り下がるわけがない。ここ暫く多忙だったために、ストレスを感じていたのだろう。
「師匠、どうぞ中へ。受講者たちが首を長くしてお待ちかねです」
「分かった。――さて諸君、待たせてすまなかっ――――た!?」
「いかが致しました師匠?」
「これはどういうことだ、部屋には棺しかないではないか!」
思わず教え子に食ってかかる。部屋中ところ狭しと棺が並べられているのだ。蓋は閉じられてて中は見えないが、こんな悪趣味な講義など聞いたことがない。
「何を仰いますか。受講者ならちゃ~んといますよ、ほら」
ドン!
「うおっ!」
教え子に押されて目の前の棺に倒れ込む。起き上がって抗議しようとした途端、棺がガタガタと揺れ始めた。
ガタ――ガタガタガタガタ!
「ひ、ひぃぃぃ!」
「さぁ、ピエトロ師匠の講義の時間です。皆様ご起立願います」
ギィィィ!
「あ……あ"あ"……」
「おおおお――お前は、グッドマンになった初日に殺した男!」
く、くそぉ……やはり夢なんかじゃない、これは現実なのだ!
「彼1人じゃありませんよ師匠。ほ~ら、もっと周囲を見てください」
見れば他の棺からも次々と犠牲者が立ち上がっている。
「な、なぜじゃぁ……なぜワシが死ななければならなかったのじゃぁ!」
「俺なんか仕事の帰りだったんだぞぉぉぉ。愛しの妻に会えないんだぞぉぉぉ!」
「明日は久々の彼とデートだった……なのにぃぃぃぃぃぃ!」
「会いたいよぉ……子供達に会いたいよぉぉぉ!」
クソクソクソッ! こんなものはまやかしだ!
「恨むならか弱い自分を恨め――ホーリーストーム!」
なんだと、魔法が発動しない!?
「キャハハハハ! ざ~んねん。ここは私が用意した悪夢の空間だもの、私の許可なく魔法は使えないわ」
「お、おのれ小娘ぇ!」
いつの間にか憎き小娘が目の前に! コイツさえ倒せば!
「だから詠唱したって無駄なんだって。ここでは私が絶対の存在だもの、私が許可しない限りアンタは呼吸すらできなくなるの」
「バカな。そんなことがあるわけ――」
「なら証明してあげる」
パチン!
小娘がフィンガースナップをすると犠牲者共が詠唱を始め、それが終わった瞬間!
「「「生命の神秘――ハイウォーター」」」
ザバァァァァァァ!
「うぐっ――ぷくくく」
大量の水で全身が覆われ、呼吸がままならなくなる!
ザバァ!
「プハァァァ!」
「どう? 分かった? 今は一時的に水位を下げたけど、その気になれば――」
「わ、分かった、悪かった、すべては私の身勝手が生んだ悲劇だ。もう2度とこのような奇行はしない。頼むから助けてくれぇぇぇ!」
死にたくない一心で許しを乞う。しかし、その台詞を待っていたかのように、小娘は顔を歪め……
「ざんね~~~ん! アンタの生涯はここで終了~~~! アンタが殺した連中に地獄へ連れてってもらいなさい、キャハハハハ!」
「そんな!」
満足そうな笑いと共に小娘は消え、代わりに犠牲者共が私の両手足をガッチリと固めて部屋の奥へと引きずっていく。奥は真っ黒な闇になっていて、一寸先すら暗くて見えない。
「さぁ師匠、メリー様のご好意をお受けください。キヒヒヒヒヒ♪」
「や、やめろ、やめてくれ」
魔法が使えない私はただの非力な男でしかない!
「孫の代わりにお前を連れてくぞぉ!」
「妻に会えない……お前のせいだ、お前のせいだぁぁぁ!」
「お前に責任を取らせてやるぅ……ありがたく思いなさぁいぃ!」
「あ~た~らし~い~仲間きた、ぜつぼ~うのなか~ま♪」
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
「ふぅ、ご馳走さま♪ なかなかの味だったわよ」
こんなに満足したのは漁村で盗賊の頭を襲った時以来ね。夜風も気持ちいいし、このまま寝てしまいそ――
「お~いメリー、さっきからバタバタとうるさいぞ~」
「あ~はいはい、静かにするわ」
ったくしょうがない。部屋で寝よう。




