船出
「じゃあ元気でなフィルン」
「私以外の悪霊には気を付けるのよ~」
「バウ!」
「はい、皆さんもお元気で」
フィルンに別れを告げてリーザの邸を後にした俺たちは、再び充てもない旅を始めることに。
だがサザンブリング王国に留まってる限り工作員との遭遇は避けられないってことで、まずはこの島を出る方向で。
一番近くの港町まで一週間はかかりそうだし、着くまではブラブラと観光がてら進むことにした。
「盗賊討伐の金も残ってるしグレンモーゼからの報酬もあるし、しばらくは金を気にしなくてすむな」
「だったらまた新しい服を買うわよ。レディは美しく彩らなきゃね」
「見た目はどう見てもガキだろ。自分でレディとか言うな」
「はぁ? アンタ私にケチつける気? ムカつくこと言ってると、学校で教室に入ろうとした瞬間に、上からギロチンが降ってくる夢を見せるわよ!」
「目覚めが悪くなるからマジで止めろ」
ったく、ロクなこと考えねぇなコイツは。
「それよりお二人とも。お金に余裕があるとは言え無駄遣いをしていると、あっという間に無くなってしまいますよ?」
「「…………」」
俺とメリーの会話に交ざってくる別の声。リーザの邸で別れたと思ったら、なぜかネージュがついてきてしまったんだ。
「あのさ、なんで俺たちについて来るんだネージュ?」
「そうよ。アンタはフィルンの侍女になったじゃない」
「その点は大丈夫ですよ。キチンとお暇をもらいましたので」
そうじゃないんだが……。
「行く充てがなかったのは本当です。けれどお二人となら流れに身を任せた旅ができるだろうと思いましたので。あの……ご迷惑……でしょうか?」
そんな潤んだ目で見られたら断れねぇ。なんつ~かこう、金髪ロリッ子にねだられてるみたいで、無下にはできない感じに。
「全然迷惑じゃないよ。旅は道連れって言うし、これからも宜しくな」
「はい、こちらこそ」
「でも気を付けた方がいいわよネージュ。こいつ平和ボケしたような顔してロリコンの変態だから。ニシシシシ♪」
「……はい?」
「――ってメリー! 余計なこというんじゃねぇ!」
せっかく和気あいあいとした雰囲気になりかけたのに台無しじゃねぇか。
「だいたいな、アレは抱きついたんじゃなくって捕まえようとしただけだ。それだってお前が原因なんだぞ!」
「どっちにしろ同じでしょ」
「同じじゃねぇ!」
「あ、あの~、わたくしなら気にしませんので大丈夫ですよ? こう見えても100歳は越えてますので」
「「――――え?」」
今何て言った? ハンドレッドを越えてるって?
「言ってませんでしたか? わたくしはエルフですので、人間や獣人に比べて遥かに長寿なのです」
「いや、初耳だが」
「同じく」
「バウバウ」
子供みたいな外見で老婆? しかもエルフだと? 頭から覆われてるローブを外し、エルフ特有の長い耳を露にしてきた。これが噂に名高いロリババァってやつか。
「あの~、今失礼なことを考えてませんでしたか?」
「いや、気のせいだ」
でも納得できるところもある。やけに喋り方が大人びてたからな。
「そういやネージュのことをあまり聞いてなかったな。よかったら教えてくれないか?」
「勿論いいですよ。そもそもこの島に来たのは――」
下山しながらもネージュは過去について教えてくれた。弓の腕も魔法の能力も乏しく、肩身が狭くなってきたと感じてエルフの里から飛び出したんだとか。
「武者修行と自分に言い聞かせて里を出たまではよかったのですが、偶然出会ったフィルンちゃんが捕まった時も結局は何も出来ませんでした。ですがメリーちゃんたちと一緒なら少しずつでも強くなれるような気がしまして」
「でも修行ならリーザにつけてもらえばよかったじゃない。見るからに暇そうだったし」
「で、ですがリーザ様はその……何と言うか……その……修行が面倒そうですし……」
「おいおい」
できれば楽したいってか? 意外とネージュはちゃっかり者なんだな。
「安全面はメリーが居れば大丈夫だろうが、修行になるかと言われれば……」
「大丈夫です。いざとなれば里に帰りますし、エルフの平均寿命は200歳~300歳ですので時間には余裕がありますので」
ついでに老後の介護とかもお願いしちゃおうかと考えてしまった。俺より長生きしそうだし。
「じゃあさ、私たちと同行する条件として、知り合いのエルフを生け贄に寄越しなさい」
「そ、それはちょっと……」
「生け贄なら魔物で我慢しとけ」
「しょうがないわねぇ……」
――にしてもエルフかぁ。ネージュも顔立ちは整ってるし、やはり美形が多いんだろう。
生け贄ってわけじゃないが、普通に紹介してもらうのも有りかもしれん。
「うんうん、選り取り見取りでエルフ天国ってか? にへぇ……」
「「…………」」
あ、あれ? 何故か刺すような視線が……
「何想像してんのよ気持ち悪い」
「久さん……」
ネージュが呆れてる!?
その後メリーと違って邪な感情は一切無かったと必死の弁明。何とか理解してもらった。代わりにメリーには引っ叩かれたがな!
あれから5日後。王都に向かっていた時とは打って変わり何のアクシデントもなく港町へとたどり着いた俺たちは、船出の時間を迎えるまでの暇潰しに昼下がりの町中を散策していた。
「後どれくらい?」
「まだ1時間はあるぞ」
「何よ、まだまだじゃない、どうしてくれんのよ!」
「仕方ないだろ? 一番近いオルロージュ帝国でもその時間なんだからさ」
今俺が言ったように行き先は西の大陸で、目的地はオルロージュ帝国だ。どうせ急ぎの用もないんだし、例の工作員のバックを探ってやろうと思ったのさ。
「あ~もぅ退屈タイクツたいくつ~~~! もう見る場所もないしさっさと行きましょ!」
「無理だっての。契約により決められた時間にしか出せないって船長が言ってたろ? 文句なら船の所有者に言えよ」
「分かった。ちょっと呪い殺してくるわ」
「まて、冗談だから落ち着け!」
「そうですよメリーちゃん。そんなことをしたら――」
「混乱してますます船出が遅れちまうだろ?」
「それもそうね」
「焦点はそこですか……」
「バゥ」
くだらんことをやってると、南門の方が少し騒がしくなってきた。遠目からだがどこかの騎士団が入ってきたように見える。
「複数に分かれて捜索してるようです。何かあったのでしょうか?」
「さぁね。俺たちには関係ないし、気にしなくていいだろ。つ~かそろそろ時間だし、船に戻ろうぜ」
「待ってました! 早く行きましょ!」
「バウ!」
まったく気にならないわけじゃないが、残り僅かで大陸を離れる俺たちにできることはないだろう。
なぁんて呑気にしてる場合じゃなかった。この大陸における最後の試練が迫っていたんだ。
「まぁて~~~ぇ! 逃がさんぞ貴様ら~~~ぁ!」
「んげっ!? ロームステルのオッサンじゃねぇか!」
なんだって居場所がバレたんだ!? いやいや、そんなことより逃げるのが先だ!
「ウル、ネージュを頼む!」
「バウ!」
大型狼のウルの背中に小柄なネージュがしがみつき、港へと猛ダッシュを開始。俺とメリーは背後を気にしつつ後を追う。
「ったく面倒ったらありゃしないわ。いっそフィルンは無事だって教えてあげたら?」
「ダメに決まってる。内通者を炙り出すまでは秘密にしろってグレンモーゼから言われてるだろ。だいいち俺の言うことをあのオッサンが信じるとは思えねぇ」
「それは日頃の行いが悪いからよ」
「悪霊のお前に言われたくねぇ!」
なぁんて漫才やってる場合じゃねぇ。ロームステルのオッサン、甲冑着てるくせに徐々に迫ってきてるじゃねぇか。
「久さ~ん、メリーちゃ~ん、急いでくださ~い! 間もなく出港しちゃいますよ~!」
「バゥ~!」
船の上からメリーが叫ぶ。予定が早まったらしく、桟橋付近は慌てて乗り込む船客でごった返していた。
「おいおい、聞いてないぞ!? 予定より30分以上も早いじゃないか!」
「そうよそうよ! あたしの彼氏がまだ来てないんだからもう少し待ちなさいよ!」
「頼むよ、連れがまだなんだよ!」
「急かすからつい食い逃げしちゃったデブ」
「すまんが所有者の意向なんだ。こればっかりは船長の俺でも覆せねぇ。さぁ、早いとこ乗った乗った!」
やっぱ急な予定変更らしい。俺としちゃ好都合だし、さっさと乗り込むぜ。
ギュウ……ギュウ……
「な! ちょ、ちょっと、押さないでよ!」
「デ、デブゥ!?」
「すんません、船に乗るんでちょっと通してくださ~い」
ギュウ……ギュウ……
「ええぃ、どけどけ! 騎士団の邪魔をする奴は容赦せんぞ!」
「な、なんだね! 騎士団が庶民に暴力を振るうのかね!?」
「騎士団は船に乗らねぇんだろ? お前らこそどけよ!」
「うるさ~~~い!」
押し合い圧し合いでもたつく俺の少し後ろでも、オッサンが同じ目にあっていた。
幸いにして武骨な甲冑が邪魔なようで、オッサンとの距離が少しずつ離れていく。
人混みを抜けて何とか船に足を掛けると、甲板にいたネージュが安堵の顔で迎えてくれた。
「久さん! メリーちゃんも間に合って良かった~!」
「バウ!」
「よ~し、今から出港だ! 乗れなかった奴は置いてけぇ!」
船長の声で桟橋から徐々に離れていく。これで安心かと思いきや、あのオッサンまだ諦めてないらしい。
ガシィ!
「ぬぅん! 我らロッカの騎士団は、曲者を逃したりはせん!」
やっべぇ、ギリギリで船に足を掛けやがった!
「おい船長、早く加速させてくれ!」
「もうやってるよ。少しずつ速くなるから慌てなさんな」
んな悠長に構えてられねぇ!
「ハァ……ハァ……、まだ上まで登りきれてないデブ。ちょっと待ってほしいデブ」
「ええぃ、さっさと登らんかクソデブめ!」
デブった野郎のお陰で何とか乗船を阻止できてるが、加速するまでは持ちそうにない。
「メリー、そこのデブに幻要をかけてくれ!」
「よく分からないけどいいわよ――それ!」
「デ、デブゥ? 今何か――」
「おい、そこのデブ、下から美味そうな鳥人間が登ってきてるぞ」
「鳥人間? ――うひょっ!?」
幻を見てる状態で吹き込んだ結果、食欲に負けたデブがオッサンに飛び付く。
ガッシィ!
「な、何をする!?」
「美味そうな鳥デブ! いっただっきま~~~すデブ!」
ガブリ!
「んんんぎゃぁぁぁぁぁぁ! 腕にかじりつくなぁぁぁぁぁぁ!」
ドッボ~~~ン!
哀れにもオッサンはデブ野郎の巻き添えを食い、仲良く海へと落ちていった。
「ふぅ、何とか助かったな」
「中々賢いじゃない。将来小賢しい悪霊に成れるわよ」
「それは遠慮しとくぜ」
こうしてサザンブリング王国のある島から辛くも海へと脱出できた。
あ、すまんなデブ野郎。お前の犠牲は無駄にはしないぞ。




