魔導の師
フィルンの兄であるグレンモーゼの計らいにより深夜の王都をこっそり抜け出した俺たちは、王都の北に位置する山中を歩いていた。
その理由というのもグレンモーゼ自身でもフィルンを匿い切れないらしく、ならばと王都の外でありながら信頼できる相手に保護してもらおうという目論みだ。
その相手というのが件の山頂に住んでるらしくて、真夜中の登山を楽しんでるってわけ。
「グレンモーゼの師匠ねぇ。本当に信頼できるのか?」
「兄曰く、王国に属さない魔族の方らしいので、国の思惑に左右されない存在だとか」
「え……魔族?」
魔族と聞いて嫌な汗が出てきた。先入観から魔族=悪ってイメージが強いからな。だが俺の不安げな顔を見たフィルンがニコリと笑い、大丈夫だと告げてくる。
「お年寄りの中には魔族の存在を良く思わない方もいらっしゃいます。ですが種族対立していたのは遥か昔の話ですし、種族差別を行っているのはごく一部の者たちだけです」
「あ、ああ。うん、まぁそう……だな」
テキトーに相槌を打つ。つまらんことで老害認定されたくねぇし。
「それにしてもフィルンの兄って、ずいぶん無茶振りしてくるじゃない。こんな夜中に私らだけで山登りしろなんて」
「それはお二人の能力を買っているからだと思います。一般人にこんなことは言い付けませんので」
「でしょうね。ゴブリンやら野犬やら、何体倒したのか覚えてないわ」
平然と会話しているが、夜間ってこともあり頻繁に魔物が襲ってくるんだよな。メリーとウルが撃退してくれてるから助かってるけど。
「グルルルル……」
ウルが夜空に向けて唸りだす。つられて見上げると、1体の巨大な鷹がグルグルと旋回してるのが見えた。
「今度は上からみたいだぞ。直感だがゴブリンなんかより強そうだ」
「あれは……ワイルドホーク!? 間違いありません、Bランクの魔物です!」
「ビ、Bランクだって!?」
ウルの指定ランクがDランクなのに対し、ワイルドホークは2回りも上のランクだ!
「キェェェェェェ!」
「ヤバい、急降下してきた!」
餌にでもするつもりなのか、俺たちに――というよりメリーに狙いを定めて連れ去ろうとしてきた。だが――
スカッ!
「キェェェ!?」
「フン、アンタの餌になるほど安くはないのよ!」
狙われたのがメリーなのは好都合ってやつで、ワイルドホークの爪は物理不通により空を切った。
その後も執拗にメリーだけを狙い続け、爪が届きそうになるたびに透明になって無効にするという流れが続く。
そうなるとワイルドホークに対して徐々に疑念が生まれてくる。
「あの鷹、さっきからメリーばっかり狙ってやがるけど、わざとじゃないか?」
「でも何故でしょう? ――ハッ! メリーさん、まさかあのワイルドホークに対して過去に拷問を行っていたとか……」
「あまりにもしつこいからリアルタイムで拷問してやろうかと考えてるけど初対面よ。というか撃ち落としてやる!」
タッ!
ヒット&アウェイを繰り返すワイルドホークにしびれを切らし、草刈り鎌を片手に飛び上がる。
「こんの~、斬り刻んで焼き鳥にしてやる!」
「キェッ、キェッ」
動きが素早く中々当たらない。向こうも負けじと風の刃(後にウィンドカッターという魔法だと判明)を飛ばしてくるが、物理不通によりメリーには届かず。
「キェェェ!」
「あ、こら待ちなさ――くぅぅぅ、逃げられた!」
埒が明かないと思ったのかワイルドホークは何処かへと飛び去り、メリーは悔しそうに降りてくる。が、気になる情報も持ち帰った。
「この先の山頂に邸が見えたわ。あの鷹もそこへ飛んでったし、きっとそこを根城にしてんのよ」
「邸か。例の師匠とやらが住んでんのか」
「あの生意気な鷹をブッ殺すためにも急ぐわよ!」
「おい、引っ張んなって」
「待ってくださいメリーさん!」
メリーのやつ随分とイライラが募ってやがるようで、駆け足で向かい始めた。
「お前ばっか狙われてムカついてんだろうが落ち着けよ」
「落ち着いてなんかいられないわ! あのアホウドリ、動きが速すぎてスキルがかけられなかったのよ!? 絶対に捕まえてじっくりコトコト煮込んでやるんだから!」
意地でも捕まえる気か。本来の目的はグレンモーゼの師匠にフィルンを預けることなんだがな。
「メリーちゃん、あそこです。邸が見えてきました。屋根の上にワイルドホークも止まっています」
「オッケ♪ 覚悟しなさいアホウドリ!」
タッ!
今度は逃がさないとばかりに飛び上がるメリー。しかし――
バチィ!
「イッタ~~~ィ! な、なんなのよ、この見えない壁は!」
結界に弾かれ、メリーの草刈り鎌はあの鷹には届かない。そこへどこからかクスクスと笑い声が聴こえてきた。
「この結界は邪なる者を弾く特殊な結界ぞよ。当然魔物も寄せ付けぬ。よって小娘よ、そなたが立ち入ることは叶わぬ」
薄紫の髪をショートカットにした女の子が邸の前に立っている。手には高価そうな杖(後に錫杖と判明する)が握られていて、身に付けているローブにも高価な装飾が施されていた。
「こんなところに子供が……」
「これ少年よ、ワッチは伝説の勇者アレクシスの末裔のリーザであるぞよ。子供扱いとは些か失礼ではないか? こう見えてもワッチは100年以上は生きておる。ワッチからすればお主なんぞヒヨッコ同然じゃわい」
百年――って、さすがに冗談だろうと思ったが、メリーが目を細めて「なるほど」と頷いてるのを見るに本当のことなんだろう。
「嘘じゃなさそうね。それだけ生きてると、王族から師匠と呼ばれてるのも頷けるわ」
「ほぅ、ワッチの愛弟子にでも会ったか?」
「ええ、グレンモーゼっていう男よ。ソイツに妹を送ってくれって頼まれたの。手紙も貰ってるわ」
「どれ、拝見しようぞ――――ふむ。正しく愛弟子グレンモーゼの字じゃな。邸への立ち入りを許可しようぞ」
あっさりと認めてくれたところで結界の内側へと入っていく。だがメリーだけは弾かれてしまい中には入れない。
「ちょっと、なんで私だけ入れないのよ!」
「お主がワッチの使い魔を狙っておるからじゃ」
そう言って屋根に止まっているワイルドホークを指した。あの鷹は師匠(確かリーザって名前だっけ?)の使い魔だったのか。
「そもそもね、狙ってきたのはあのアホウドリの方よ? アイツが狙って来なければ敵意を向けたりしないっての!」
「これに関しちゃメリーに同意だ。悪いがリーザさん、襲ってきたのはあの使い魔が先なんだよ」
「うむ、知っておる」
「だよな。だから事実を正しく――え?」
「知っておると言ったぞよ。だがアヤツは邪な気を持つものしか襲ったりはせん。つまりじゃ、この小娘は邪な存在ということぞよ」
邪と言われると心当たりが有りすぎる! 何故かって、邪=メリーその物だからな!
「で、ですがリーザ様、メリーちゃんは私の危機を救ってくれた恩人なのです。そのメリーちゃんを邪険に扱うのは、例え兄の師匠と言えど見過ごすわけには参りません!」
「……ほぅ、小娘の肩を持つか?」
「当然です。メリーちゃんがいなければ、とっくに私たちは死んでるのです!」
「…………」
リーザの射るような視線がフィルンに突き刺さるが、フィルンの方も負けじと睨み返す。しばらくの沈黙の後、根負けしたのはリーザの方だった。
「ふぅ、分かった分かった。愛弟子の妹でその恩人とあらば粗末な扱いはできんわい。――ほれ、結界を潜るぞよ」
「最初から通しなさいよ、ったく……」
「お主が使い魔に殺気を放たなければ通してやっていたぞよ」
「フン、どうだか。余計なゲストまで来ちゃったみたいだし、一括りにされちゃ困るのよ」
「なるほど。愛弟子の言うフィルンを狙う曲者であったか」
どうやら例の工作員に尾行されていたらしく、メリーとリーザが揃って振り向く。すると木々の陰から再会したくない男とその仲間たちが姿を現した。
「ようやく追い付いたぞ。さぁ、その小娘を渡してもらおうか」
「断る! ってかお前、レボルとか言ったっけ? なんで生きてやがんだ」
このレボルって男はフィルンを誘拐した工作員のリーダーだが、パルドーソの街を出た直後にバラしたはずだ。
「知っての通りオートマタだからだ。我が帝国にストックがある限り、代えはいくらでもってやつさ」
めんどくさ!
「ふむ、オートマタか。どぉれ、ワッチが相手をしてやるぞよ――エリアエアバースト!」
バシュバシュバシューーーゥゥゥ!
「ギャァァァ!」
「げひゃーーーっ!」
「ぐおぉぉ! こ、この強力な風魔法、貴様はいったい!?」
「ワッチはリーザ。勇者アレクシスの孫であるぞよ!」
局地的な烈風が工作員たちを襲い、全身を切り刻みながら上空へ巻き上げていった。
つ~かすっげぇな。あの工作員共が一瞬だったぜ。
「こんなものじゃな。伊達に勇者の末裔ではないぞよ」
「フン。あの程度、私にだってできるわよ」
「いちいち噛みついてくるのぉお主……。まぁいいわぃ。色々と聞きたいこともあるし、はよぅ中へ入るぞよ」
リーザから邸に入るように促され、俺たちは彼女に続いた。




