現代の授業
ジャックたちが学園に入学してから数日経って、初めての授業が行われることとなった。最初は魔術の授業だ。
「このクラスの魔術の授業は私が担当する。代わり映えが無くて悪かったな」
A組の魔術の授業の担当は担任であるアエラだ。担任が担当した方が都合が良いのだろう。生徒にとってもやりやすいという利点がある。
「さて、君らも基礎的な魔術のことに関してはもう勉強する必要もないだろう。だから、この学園では主に実技を集中的に行う。まあ、今日は最初だから簡単な座学だけどな」
アエラはそう言って手のひらから小さな石の礫をいくつか作り出した。
「この石は術式を媒介とし、魔力を使用することで生成された。つまり、術式には石を生成するために必要な情報が書かれているわけだ。ここまではいいな?」
生徒たちはアエラの話を静かに聞く。この辺りは学園に入学する前に勉強している内容だから、全員すでに知っている。
「当然、術式を変えればこういう風に……」
そう言った途端、アエラの手にあった石の礫が砂へと変化する。これは石に込められた術式が変更された結果だ。
「まあ、みんなもこのくらいは出来るだろう。問題はその速さだ。実戦でカギになるのは魔術の威力や正確さ、そして速さだ。この術式変換は速さが肝になってくる。授業では、そういったことを実践形式で上達させていくつもりだ」
その話の間に、アエラは砂を岩に、岩を矢の形に、そしてそれをまた石の礫に変換させていく。
「みんなには一年終了時までにこの速さを実践内で行えるところまで達してもらうつもりだ。まあ、これは正直"慣れ"だから、根気強く何回もやることが大事だな」
アエラはそう言ってニヤッと笑う。対して、生徒の顔はどこか険しそうだった。
「よし、今日やりたいことはもう無くなったから、あとは自由にしてていいぞ。ただし、あまりうるさくしすぎないようにな」
こうして、初めての魔術の授業は終了した。
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次にジャックたちは武道場に来ていた。ここでは今から剣術の授業が行われる。そのため、ジャックたちは体操着に着替えていた。
「どうも、剣術の授業の担当をします、ノルティア=ネーテロッドです。そして、こちらが特別講師のディアス=レードさんです」
ノルティア=ネーテロッド
長い栗色の髪を後ろで束ねた二十代後半くらいの女性教師だ。腰にはごく一般的な鉄剣をさしている。
ディアス=レード
黒髪にところどころ白髪が混じった中年の男性だ。その服装はおよそ教師とは言い難いような、とてもラフな格好をしている。背中には黒い鞘の剣がささっている。
「今年から剣術の授業には特別講師として実践経験の豊富な方に特別講師として来てもらうことになりました。彼はその一人目です」
ディアスは頭をガシガシと掻きながら、ノルティアの話を聞く。
「ディアスさんは元王国騎士団の第二部隊隊長だったんです。実力は折り紙付きですよ」
「まあまあ、肩書きはいいじゃねえか。やっぱ実力ってのは実際に体感した方が早ぇだろ」
そう言って、ディアスは背中の剣を引き抜く。そして、ジェスチャーでノルティアの腰の剣を渡すように指示する。
「あ、あんまり危ないことはしないでくださいね。責任は私にもあるんですから……」
ノルティアはそう言いながら渋々剣を手渡す。
「大丈夫だって。加減は分かってるよ」
ディアスは剣を受け取ると、生徒たちの方を向いた。
「誰からでもいい。我こそは、という奴はかかってこい」
ディアスは不敵な笑みを浮かべながらそう言う。生徒たちは互いに顔を見合わせる。誰が一番に行くのか。お前行けよ、いやお前が行けよ、そんな雰囲気だ。
すると、一人の生徒が手を挙げた。
「僕が行きます」
ルードがディアスの前に行く。ディアスはルードに鉄剣を手渡し、少し距離を取る。
「いつでもいい。自分のタイミングで来い」
ルードはフーッと深く息を吐く。そして、勢いよくディアスに向かって駆け出した。
「はぁぁぁぁッッ!!」
大きな声とともに繰り出した一撃は、ディアスにいとも簡単に躱されてしまった。
「気合いは悪くねえが……技術がまだまだだなッ!」
ディアスはもう一度攻撃してきたルードの剣を受け止めると、そのまま器用に捻ってルードの剣を弾き飛ばした。
「な……ッ!?」
ディアスの力、技術、速さはどれも圧倒的で、ルードも驚きを隠せないようだった。
「手合わせありがとうございました……」
ルードはどこか悔しそうな様子で礼をする。
「まあ、学生ならこんなもんか。よし、次だ!」
それ以降の生徒も剣を弾き飛ばされたり、急所に剣を当てられて降参したりと、ほぼ一瞬で片を付けられていた。善戦したのはリーナ、ステラを含めた数名のみだ。
そして、一番最後にジャックの番が回ってきた。
「お前が入試一位のジャックだな?どれほどの腕か楽しみだなぁ」
「いや、入試に剣術の項目はなかったので一位とかは関係ないと思いますよ」
「んな細けぇことはいいんだよ。ほら、かかってきな」
ディアスは手でクイクイッと合図をする。ジャックは鉄剣を二、三度振り、それから構えた。
「いきますよ?」
ジャックはそう言うと、ディアスに向かって袈裟斬りを繰り出す。それはまるでお手本のような袈裟斬りだったが、ディアスは難なくそれを受け止める。
「そらよッ!」
ディアスは受け止めた剣を前に押し出すことでジャックの体勢を崩す。そして、後ろに大きくのけぞったジャックに、今まで通り急所に剣を突き付けようとディアスは迫る。
(もらった……ッ!)
ディアスはそう確信する。だが、その瞬間ディアスは目撃した。今にも負けそうな状況にありながら不敵な笑みを浮かべるジャックの顔を。
(な、笑っているだと……ッ!?)
それを見た時、時すでに遅し。ジャックは体勢を立て直し、剣をぐるっと下から上へ振り上げる。それは急所めがけて振られたディアスの剣を弾き飛ばした。
「ぐッ……まだまだぁ!!」
ディアスは鍛えられた握力で剣を離すことはなかった。そして、ジャックに反撃をしようとする。だが、ジャックはすでに次の行動をとっていた。
「いえ、終わりです」
ディアスが反撃を繰り出す前にジャックは最速の突きをディアスの喉めがけて放っていた。
「うっ……」
ジャックに剣を突きつけられたことにより、ディアスの反撃の手が止まる。そして、すっと剣を引くと両手を上にあげた。
「降参、俺の負けだ」
ディアスのその言葉から少し間を空けてクラスメイトが歓声をあげる。それと同時に拍手もしているようだ。
「ふぅ……」
ジャックは鉄剣を鞘に収めると、それをノルティアに返しに行った。
「ノルティア先生。剣を貸していただきありがとうございました」
「え、ええ、それは構いませんが……」
何とも歯切れの悪いノルティアに首を傾げるジャックだったが、それから何も言わないので元の場所に戻っていった。
「ちょっ、ディアスさん。手加減してくださいとは言いましたけど、さすがに負けるほど手加減するのは……」
「いや、たしかに油断はしてた。だが、最後は俺も真剣だった。本気で反撃をしようとして……負けたんだ」
「えっ……」
ディアスは剣を背中の鞘に戻しながらそう言う。
(あいつの一連の動き……どれも限りなく洗練されていた。あれは剣術を習っているなんてもんじゃない。剣術を極めた者の動きだ)
ディアスは分析する。だが、彼はどうしても疑問が浮かんで消えなかった。
(だが、何故そんな奴がこの学園にいるんだ……?剣の道に進むならレジスター剣術学園に行くはずだ。それにあいつは入試一位。魔術もできる。両方極めようとでも言うのか?……ダメだ、考えれば考えるほど分からん)
ディアスは思考を放棄した。元々、考えることが苦手なディアスには当然の結果なのかもしれない。
「おい、嬢ちゃん」
「もう、嬢ちゃんはやめてくださいって言いましたよね!何度言えば分かってくれるんですか!」
「悪りぃ悪りぃ。気をつけるから」
「次はないですからね。それで、どうしたんですか?」
「あいつ……ジャックって言ったか?あいつは特別気にかけた方がいいぞ」
「え、ええ。将来有望な生徒はそうするつもりですが……」
「そういうことじゃねえんだけど……まあ、それでいいや。とにかく頼んだぞ」
「わ、分かりました」
ディアスはそれだけ言うと、さっさと職員室に帰るのだった。