魔術学園に行こう
〜またまた五年後〜
ジャックは着慣れない服に袖を通す。その服はクリスタ魔術学園の制服だ。
ジャックは今年からクリスタ魔術学園に通うことになった。それはジャックの考えでもあるし、ルーベルク家の方針でもある。だから、兄のエリックも三年前まで通っていたし姉のマリアに関しては現在も最上級生として通学中だ。
今日はクリスタ魔術学園の入学式だ。入学式は午後のため、午前中のうちに家から出発する必要がある。
「えーと、今日は持ち物はいらないから……よし、準備はオーケーだな。ステラの家に行くか」
身支度を終えたジャックはステラの家に向かった。ステラとは一緒に行く約束をしているため、ステラの家が用意した馬車でクリスタ魔術学園がある王都へ向かうのだ。
「おーい、ステラー」
玄関でそう呼ぶと扉が開いて女子用の制服に身を包んだステラが出てきた。
「おはよ、ジャック!ねえ、制服似合ってるかな?」
ステラはくるんと一回転しながらジャックに尋ねる。ジャックは素直な感想を述べた。
「ああ、とても似合ってるよ」
「そ、そう?えへへ、やったぁ!」
ステラは弾けるような笑顔で喜ぶ。ジャックは微笑みながらもステラを急かした。
「ほら、早く行くぞ」
「う、うん!」
二人は玄関の近くで待機していた馬車に乗り込む。それから二人は馬車に揺られながら王都へ向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
馬車に揺られること約二時間半。二人は王都に着いた。道中はずっと話していたため退屈することはなかった。
「ここが王都かぁ〜。やっぱり国の中心は違うねぇ〜」
ステラは王都を見ながらそう言う。彼女は貴族の娘だが、王都には小さい時にしか来たことがなく、いわば初めてみたいなものなのだ。
ジャックは内緒で何度も来ているので感動は薄い。強いて言うなら、堂々と街中を歩ける感動はあるかもしれない。
「ああ、そうだな」
二人は学園から少し離れた馬車の乗降場で降りる。ここからは歩きで学園に向かう。
王都の街並みをじっくり見ながら二人は歩く。入学式まではもう少し時間があるのでゆっくり向かうことにしたのだ。
「王都ってやっぱりすごいね。活気が違うよ」
道を歩く人々はジャックたちの地元よりも格段に多い。それは当たり前のことなのだが、実際に見ると感嘆してしまうものだ。
「やはり人の多さは王都って感じがするな。店も多いし」
「そうだね。入学式が終わったら少しここら辺を見て回ろっか」
「ああ、いいぞ」
そうして歩いていくとそれは見えた。大きな門にこれまた大きな校舎、武道場のようなものもあれば講堂まである。なんと円形闘技場まであるそうだ。
「あれがクリスタ魔術学園か……」
「大きいね〜。しかも建物もいっぱいだ〜!」
ステラは目を輝かせながら学園を見る。ジャックも一緒になって学園を見る。
(噂通り設備は充実してるみたいだが……今の学園がどんな教育をしているのか、見させてもらうぞ)
ジャックが学園に通う理由は現状を知るためである。発展させると決めた以上、教育がどの水準にまで達しているかは把握しておく必要があるだろう。少なくともジャックはそう考えた。
二人は学校内に入り、そのまま講堂に向かう。入学式は講堂で行うと連絡があったのだ。
入学式まで四十分くらいはあるが、学園内にはすでに新入生が多く来ていた。どうやら学園内を見学しているらしい。
「どうする?俺たちも少し見てくか?」
「ううん。とりあえずいいかな」
「じゃあ講堂に行くか」
「うん!」
二人は見学はせずそのまま講堂に向かった。講堂内は自由に座っていいとのことなので、ジャックたちは端っこの席に座った。
それから入学式が始まるまで二人は色々と話をした。そして約四十分後、入学式がスタートした。
「只今より新年度入学式を行います。それではまず初めに学園長の挨拶です」
まず司会が少し話したのち、学園長の挨拶に移行した。
「皆さん、まずは入学おめでとうございます。学園長のアメリ=ユーサーです。今年は入学志願者が多く、入学試験は熾烈を極めたと思います。その中を勝ち抜いた皆さんは既に優秀なのでしょう。ですが、まだ足りない。皆さんはまだまだ発展途上であり、それがどう伸びるかはこれから次第です。私たちはそんな皆さんの力になれるよう全力を尽くします。さあ、共に高みを極めましょう!……以上で挨拶を終わらせていただきます」
大量の拍手が講堂内に鳴り響く。学園長は笑顔で礼をした後、壇上の裏へはけていった。
「えー、続きましては在校生による歓迎の挨拶です」
司会が合図すると、壇上には女子用の制服に身を包んだ金髪の女性が現れた。
「皆さん、ご入学おめでとうございます。私は生徒会長のユリアーナ=ステライトです。正直言ってしまうと……言いたいことは全部学園長に言われてしまいました。なので私からは一言だけ。一度きりの学園生活だから思う存分楽しみましょう!以上で私からの挨拶を終わらせていただきます」
ユリアーナはこれまた綺麗な礼をすると壇上の裏に向かった。講堂にはもはや歓声が響いていた。彼女は人気が高いようだ。まあ、あの美しく整った顔を見れば人気があるのも頷ける。
「では、続いて新入生代表の挨拶です」
その言葉と共に壇上にはサラッと伸びた紫色の髪が特徴的な女性が現れた。
「はじめまして。私はリーナ=ストレシアと申します。ご存知の方も多いかもしれませんが、私はこの国の第一王女です。私が王女という立場なので接しづらいという方もいるかもしれません。ですが私はこの学園内では皆さんと同じ学生です。だから、ぜひ遠慮せず気軽に話しかけてください。一緒に互いを高め合いましょう。ご清聴ありがとうございました」
今度は誰も声を出さなかった。ただただ大きな拍手が鳴り響くだけだった。
「それでは、以上で新年度入学式を終了します。新入生の皆さんは外に張り出されたクラスを確認した後、それぞれの教室に向かってください」
司会が終了を告げると新入生たちはわらわらと外へ出ていく。外に張り出されたというクラス分けが気になるのだろう。
「わぁ〜、王女様ってすごいんだね。高貴な感じが漂ってるっていうのかな……って聞いてるの?」
ステラは隣のジャックに話しかけたものの全く返事が返ってこないのでジャックの方を見やる。ジャックはじっと目の前を見つめ微動だにしなかった。
「ねえ、ジャック!」
ステラに体を揺さぶられてようやく呼ばれていることに気づいた。
「ん?どうした?」
「どうした?じゃないよ!もう、その様子だと絶対話聞いてなかったでしょ」
「あー、まあそうとも言うかな」
ジャックは入学式の間、ずっと魔術のことを考えていたので話は全く聞いていない。ジャックほどになると、聞いていなくても聞いているように見せることが可能だ。
「そうとしか言わないよ!はぁ〜、せっかく王女様がお話しされてたのに」
「同級生なんだしいつでも見れるだろ?」
「それはそうだけどさ〜」
「ほら、俺たちも外に行こうぜ」
ジャックたちは周りの生徒と同じく外に向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ジャックたちは同じAクラスになった。どうやらクラスは入試の成績順で分かれているようで、成績の良い人からA、B、Cとなっていくようだ。ちなみに一年生はGクラスまである。
二人は自分たちの教室に向かい、指定された席に座る。ジャックは左端窓側の一番前、ステラはジャックの三つ後ろだった。
ジャックは教室に入って自分の席に座ってからずっとチラチラ見られている気がしていた。まあ、見られているだけなので特に気に留めていない。
続々とクラスのメンバーが集まる中、ある一人の生徒が入ってきた途端、教室中がざわざわし始めた。ジャックはチラッと入り口の方を見ると、そこには王女であるリーナがいた。
リーナは教室中を見回し、ジャックの方へ一直線に歩いてきた。
「どうもこんにちは、リーナ=ストレシアと言います。ジャック=ルーベルクさんですよね?入学試験第一位おめでとうございます」
ジャックはリーナに軽い会釈をして、また前に向き直った。その様子を見ていたリーナの取り巻きの男がジャックに突っかかっる。
「おい、お前!リーナ様に対してその態度はなんだッ!話しかけていただけるだけでも光栄なのだぞッッ!!」
「ルード、落ち着いて。大丈夫だから」
「……ッ!し、しかし……」
ジャックはルードを一瞥してため息をつく。そしてリーナに向かって一言。
「側仕えの教育はちゃんとした方がいいぞ。あんたの品まで下がる」
それを聞いてルードはキッとジャックを睨みつけた。そして今にも殴りかかりそうなところをリーナに止められる。
「ご、ごめんなさい。ルードのせいで気を悪くさせてしまったのなら、それは私のせいでもあります。だから許してあげて?」
「ああ、気にしないでくれ。別に気を悪くした訳じゃない。それにしっかり挨拶をしなかった俺にも少しは非がある。悪かったな」
「い、いえ、私は気にしていません。大丈夫ですよ」
ジャックが謝るとリーナは笑顔で答えた。ルードもその様子を見て口を噤んだ。それからリーナは自分の席である、ジャックの一つ後ろの席に座った。
(そういやあの子ってどこかで……)
ジャックはリーナとどこかで会ったことがある気がするのだが思い出せない。彼は意外と人を覚えることが苦手なのだ。
そんなジャックに対してリーナはというと、
(え?え?ちょ、ちょっと待って!?彼って完全にジャックくんだよね!?やばい、普通に喋っちゃった〜ッ!!くぅ〜、やっぱりかっこいいなぁ!てか、彼は私のこと覚えてるのかな?あの様子だと完全に忘れてるよね……はぁ……)
こんな感じで一人百面相をしていた。その様子を見ていた周りの生徒は軽く引いていた。いや、ドン引きかもしれない。
少し経つと担任の先生が入ってきてホームルームが始まった。
「やぁ、諸君。私はこのクラスの担任を受け持つこととなったアエラ=シーヴァンドだ。よろしく頼むぞ、少年少女たち!」
アエラは右手の親指を立ててグッドサインを出す。何故かその顔は誇らしげだ。
(し、シーヴァンドだと……?)
ジャックはその家名に聞き覚えがあるのか、驚きを隠せていない。口も開いたままだ。
それもそのはず、シーヴァンドとはグリム時代の魔術協会幹部、グリーズ=シーヴァンドと同じ家名なのだ。
(彼女はグリーズの子孫なのか……。まさか、こんな早くにあいつらの子孫に会えるとは……すごい確率だな)
そう決めてアエラの方を見る。アエラはとても良い笑顔でジャックの方にグッドサインを飛ばした。