修羅場を切り抜ける方法(物理)
〜五年後〜
グリムがジャックとして生まれてから五年が過ぎた。ジャックは両親と兄、姉に囲まれながらすくすくと成長している。
ジャック=ルーベルクは現在五歳。白銀の髪が特徴の少年だ。上には今年十歳になる兄と七歳になる姉がいる。
ルーベルク家は割と放任主義らしく、ジャックは家の近くにある山でいつも遊んでいる……と周りは認識している。だが、当然遊んでいるわけではない。体術や魔術の特訓をしているのだ。
「よっ、ほっ、やぁ、っと」
今は身体強化の魔術を使いながら山に生えている木から木へと飛び移る、という訓練をしている。これは魔術の特訓とともに体の使い方も練習することができるため便利だ。
その後は簡易的な魔術を構築することを始める。さすがにまだ五歳なので大規模な魔術を構築するのは無理だが、ちょっとした魔術ならもう構築することができる。
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ジャックは山での特訓後は情報収集を行うために町へと向かった。
「こんにちは、おばちゃん!」
「あらあらジャックちゃんじゃない〜。今日も遊びに来たの?」
「うん!」
ジャックは八百屋のおばちゃんに話しかける。彼女は話し好きのため、子供のジャックにも色々な話をしてくれるのだ。情報提供者にうってつけの人物である。
ちなみにジャックの情報収集はあらかた終わっている。
ここはどうやら1023年後の世界らしい。ジャックのほぼ予想通りの結果だ。23年なんて誤差の範疇である。
言語については昔と変わらないらしい。昔と同じものを使えば問題ない。
今日、おばちゃんに聞きに来たことは、ある意味では一番聞きたかったことかもしれない。それは……
「おばちゃん、魔術協会って知ってる?」
魔術協会。それはかつてジャックがグリムとして所属していた組織だ。やはり自分がトップを務めた組織が約千年経った今でも名が知れているのかは気になってしまうものだ。
「ああ、もちろん知ってるよ。というか、この世界の人間で知らない人はいないんじゃないかなぁ?」
「そんなに有名なの?」
「もちろんだよ!とんでもなく強い魔術師たちの集まりだからね!その中でも十公将の人たちは格別だね。それぞれが特別な魔術を使うから凄いよ」
(十公将?ああ、幹部たちのことか。……呼び名がついたんだな)
ジャックは幹部たちに呼び方がついていたことに少し驚く。彼がいた頃はそんな呼び名などついたことがないからだ。
ちなみにだが、ジャックは一応五歳らしい喋り方を研究し、それを実践している。今のところ、誰にも不審がられてはいない。
ジャックはその後もおばちゃんから世間話という体で色々な情報を引き出していく。その時、後ろから誰かに服を引っ張られた。
「もう、こんなところにいた!ほら、もう家に帰るわよ!」
「ね、姉さん……」
ジャックを呼んだのは彼の姉であるマリア=ルーベルクだ。綺麗なピンク色の髪に燃えるような紅い瞳が特徴的で、近所でも有名な美少女の一人だ。
「ジャックはすぐに山か町に行くんだから!もう少し貴族としての自覚を持ってよね!」
「う、うん。ごめんね、姉さん」
そのままマリアに腕を引かれて家の方に連れてかれるジャック。いつの時代も女性は強い。そういうものだ。
ジャックとしては、貴族とはいえ一番下の爵位である男爵家なのでそこまで貴族らしくする必要もないし、上には兄もいるので家督を継ぐ必要もない。まあ、要するに貴族らしく振る舞うつもりが一切無いのだ。
「あー!ジャックだ!おーい!」
「す、ステラ……」
そんな二人の元に一人の少女が駆けてくる。ステラ=フォーグナー。フォーグナー子爵家の一人娘で、腰あたりまで伸びた金髪に透き通った青い目。そしてマリアと同じく近所で美少女と言われているうちの一人だ。
ルーベルク家とフォーグナー家は家が近い上に、近辺の貴族はこの二つの家しかいないので貴族としての差はあるもののわりと仲が良い。
ステラはジャックと同い年で昔からマリアと三人で遊んでいる。だが、ジャックはマリアとステラは仲が悪いのでは、と思っている。
「む、現れたわね。今日という今日は立場というものを分からせてあげるわ」
そう言ってマリアはステラの方に歩いていく。対するステラもマリアに気付きとても笑顔になる。ただし目は笑っていない。
「マリアお姉さまも一緒だったんですね。全然気づきませんでした」
「うふふ、お姉さんだなんていやらしい。私はあなたのお姉さんじゃないわよ?」
「あ、そうでした。今はまだ違いますね、今は」
「今も昔も未来もあなたのお姉さんにはならないわよ?」
「そんなことはありませんよ?きっとジャックは私を……」
「"私を"どうするのかしら?」
「皆まで言わせようとするなんて……お姉さまもお人が悪いです」
「ジャックはあなたなんて選ばないわよ!ジャックはずっと私といるんだから!!」
「そんなことを決める権利はお姉さまにありませんよ?ジャックは私を選んでくれます」
どうやらステラの方が押しているらしい。マリアは歯を食いしばり黙ってしまう。五歳とは思えないほど口が達者だ。
「ジャック!」
「ね、姉さん……」
ついにマリアはジャックの方を向く。その目には言外に「私を選んで!」と言っているようだ。
「ジャック?」
ステラも同じようにジャックの方を向く。終始笑顔のままだが、やはり目はこれっぽっちも笑っていない。
ジャックは二人からとんでもない圧を感じた。それは自分がこれまで相対した誰よりも強いものだった。
(ま、まずい……。冷や汗が……)
ジャックは思わず身震いしてしまう。たとえ元世界最強の魔術師であろうと、この圧には耐えられないようだ。
(このままじゃ俺が耐えられない……。くっ、かくなる上は……!)
ジャックはやむを得ず身体強化の魔術を発動する。そしてそのまま家の方に走って逃げた。
「あ、ジャック!!」
「むぅ。まだダメだったか……」
一体何がダメなのだろうか。ステラはどんな大人になってしまうのだろうか。末恐ろしい子供である。
(ふぅ、なんとか帰ってこれたな)
ジャックは家の玄関でホッと胸を撫で下ろす。だが、これからもずっとあんな感じなのかと考えて、また心にダメージを食らってしまう。
「あ。ジャックじゃないか。やっと帰ってきたんだね」
「兄さん……!」
タオルで汗を拭きながらジャックに話しかけるのはルーベルク家長男であるエリック=ルーベルクだ。ジャックと同じ白銀の髪に金色の瞳をしている。
「そういやマリアが呼びに行ったんだけど……もしかして入れ違いになっちゃったかな?」
「あ、えっと……姉さんならステラと話してるよ。もうすぐ帰ってくるんじゃないかな」
ジャックは咄嗟に嘘をつく。会ったのに先に帰ってきたと言えば、迎えに行ってこいと言われるのは自明の理だ。またあの二人と同時に会うのはジャックといえど気が引ける。これは仕方がないことなのだ。
「ん、そうだったのか。そうだな……じゃあ二人で紅茶でも飲みながら待ってようか」
「うん!」
それからジャックはエリックとリビングで紅茶を飲みながら雑談をした。主な内容はルーベルク家の教育についてだ。ルーベルク家では現在、父が剣術を母が魔術をエリックに教えている。ジャックとしてはどんな教育をしているのか気になるのだ。
「剣術は素振りをして、それから模擬戦って感じかな。さすがに父さんには勝てないけど学べることは多いよ。魔術は得意分野を伸ばすことに専念してる。僕の場合は炎系の魔術だね」
「ふーん。じゃあさ、明日見学してもいい?」
「僕はいいけど……。父さんと母さんにも聞かないと」
「分かった。僕、聞いてくるよ」
すると、図ったかのように父ダグラスと母オリヴィエがリビングにやってきた。ダグラスは白銀の髪に黒い瞳、オリヴィエはピンク色の髪に金色の瞳をしている。
「おや。帰っていたのか、ジャック」
「おかえりなさい」
「ただいま!ねえ、父さん、母さん。お願いがあるんだけど……」
「どうした?」
「明日の兄さんのお勉強を見学してもいい?」
「あら、ジャックも興味があるのね。私は全然いいわよ」
「ふむ、ジャックにもあと二、三年経ったら教えようと思っているし……よし、いいだろう!見学を許可する」
「やったー!」
ジャックは喜ぶ。あくまで子供らしくだ。内心では静かにガッツポーズをしている。
「明日の朝9時から行うから遅れるんじゃないぞ?」
「はーい!」
こうしてジャックは無事に見学をする約束を取り付けたのだった。
それから十分後、マリアが帰宅した。ジャックはマリアに自分を選ばなかったことについて、とても怒られるのであった。