図書館にて
ある放課後のこと。
ジャックは図書館に来て、魔術の本を読んでいた。ここの蔵書数は多い上に、魔術関連の本は割合が多い。常人なら根をあげそうな量だが、ジャックにとってはお宝でしかなかった。
「なるほど……。今ではこういう風にしてるのか。でも、これだと効率が悪くないか……?ん、なになに……」
ブツブツ独り言を言いながら本を読む姿に、周りの生徒はやや引き気味だ。誰も近づこうとしない。
そんな中、一人の女生徒がジャックに近づいていった。周りの生徒からすれば、さながら勇者である。
「ジャック、ちょっといい?」
深緑色の髪に眼鏡をかけた女生徒――ダリアがジャックに話しかける。だが、ジャックはまったく気付く様子もなく本に集中している。
ダリアは「はぁ……」とため息をつくと、ジャックの頭にチョップを繰り出した。
「痛て……って、ダリア先輩!」
「久しぶり、ジャック」
「えっと……俺はなんでチョップを……」
「呼びかけても気付かなそうだったから。集中すると周りが見えなくなるところはマリアと同じね」
ダリアは呆れた様子でそう言う。どうやらマリアもジャックと同じらしい。対処法は知ってるということか。
「そ、それで俺に何か用が……?」
「そうそう。ちょっと待ってて」
ダリアはどこかへ行ってしまう。
(なんだろう……。面倒なことじゃないといいんだが……)
少し経つとダリアが戻ってきた。一人の女生徒を連れて。
「この子はレミア=オーデンス。あなたと同じ一年生で私の幼馴染なの」
レミア=オーデンス
長い黒髪の小柄な少女だ。ピンクのカチューシャがトレードマークである。
「れ、レミア=オーデンスですッ!」
レミアは頭を下げながら自己紹介をする。
「俺はジャック=ルーベルクだ。よろしく頼む」
ジャックも軽く自己紹介する。二人がジャックの向かいの席に座ると、ダリアが話を切り出した。
「それでね、ジャック。あなたに頼み事があるの」
「頼み事……ですか」
「そう。ジャックって魔力感知が出来るんでしょ?だから、ジャックにこの子の魔力を見てほしいの」
どうやらダリアはマリアから先日の学校見学の話を聞いていたようだ。
「それは構いませんが……なぜ僕に?僕に頼らなくても、王都なら魔力感知ができる人なんてたくさんいるでしょう。その理由だけ教えてくれませんか?」
「それは……」
ジャックはじっとダリアを見つめる。ダリアがレミアの方を見ると、レミアが口を開いた。
「いいよ、ダリアお姉ちゃん。私が説明するから」
レミアは微笑みながらそう言うと、ジャックの方を向いた。
「私は強力な魔術が発動できないんです。簡単なものならすぐに発動できますが、強力なものを使おうとすると、魔力が急に制御できなくなって暴発してしまうんです」
魔術では強力なものほど魔力制御が難しく、何度も練習しないとモノにすることはできない。
ただ、暴発することはあり得ない。なぜなら術式に必要な魔力は刻まれており、魔力が暴走するなんてことは起き得ないからだ。普通は魔力制御が出来なかったら発動できずに終わるだけである。
「魔術が暴発するなんて聞いたこともありませんでした。だから、両親は心配してお医者さんや知り合いの魔術師に頼みこんで診てもらいました。ですが、結果は全て同じ。"異常なし"でした」
(まあ、そうだろうな……)
ジャックも魔力に問題がないことは分かっているので、別の理由を考えていた。
「もう……なす術がないんです。そんな時にダリアお姉ちゃんからジャックくんの話を聞きました。武道場の結界を魔力感知だけで見破る人がいるって。それでダリアお姉ちゃんが提案してくれました。ジャックくんに魔力を見てもらわないかって」
「ちょっと待った。武道場の結界は別に俺じゃなくてもわかる奴はいるんじゃないのか?」
「い、いえ、よほど高名な魔術師でないと無理だと思います。それこそ十公将のような」
(ま、まじか……)
驚愕の事実を知り、少し唖然とするジャック。昔は魔術師であれば、魔力感知など容易くできた。しかし、この時代の魔術師は無理らしい。
(魔術師のレベルが下がってるのか?俺がいた時代から千年も経ったというのに……)
顎に手を当てながらじっと考え込む。その様子を見て、レミアは心配そうに声をかけた。
「ジ、ジャックくん……?」
「あ、あぁ、ごめん。理由は分かった。そういうことなら構わない」
「ほ、本当ッ!?」
「ただ、俺は見た結果をそのまま伝える。もしかしたら期待してる答えじゃないかもしれない。それでもいいか?」
「うん、大丈夫。覚悟はできてるよ」
その力のこもった言葉を聞くと、ジャックは魔力感知を発動した。そして、レミアの魔力を調べる。
少し経つと、ジャックはふぅ、と息を漏らした。
「ど、どうだった……?」
「結論から言うと……異常はない。魔力は普通の人と何も変わらない」
「そ、そんな……」
それを聞いて一番に声を出したのはダリアだ。レミアは声も出さずに肩を落としてしまっていた。そんなレミアの頭をダリアはそっと撫でる。
「まだがっかりするのには早いぞ」
二人の様子を見て、ジャックはそう言った。
「ど、どういうこと……?」
たまらずにレミアは聞き返す。
「たしかにレミアの魔力は何も問題ない。なら、何か別の要因がある。そういうことだ」
「他に原因があるの?」
ダリアの言葉にジャックは頷く。
「まず説明しておきたいことがある。魔術が暴発する理由はたった一つ。他者からの介入だ」
「他者からの介入……つまり、誰かが私の魔術発動の邪魔をしてるってこと?」
「まあ、ざっくり言えばそういうことだな。他者が魔力を流すことで、発動しようとしてる魔術に過剰に魔力が流れ込むから暴発するんだ。自分の魔力は術式が制御してくれるけど、他者の魔力までは制御できないからな」
術式による魔力の制御はあくまで自身のものに限る。他者の魔力は意識して自分で制御する必要がある。
ジャックの説明にへぇ、と頷くレミアと感嘆するダリア。ジャックはそのまま話を続ける。
「じゃあ問題になってくるのは誰が魔力を流しているか、だが……考えられる可能性は三つだ」
ジャックは指で三を出す。
「一つ目は他の人間が魔術発動時に直接魔力を流し込むパターン。でも、これは今回の場合じゃあ可能性はほぼゼロだな。レミアが魔術を発動するタイミングを逐一見てなきゃいけない。そんな面倒なことをする奴はいないと思う」
ふむふむ、と頷きながらジャックの話を聞き入るレミア。対してダリアは開いた口が塞がらないようだった。
「二つ目は呪いだ」
「の、呪いッ!?」
レミアはガバッと身を乗り出しながらそう聞く。それをジャックが右手で制す。
「正確には呪法って言う、魔術と似た類のものだ。相手が特定の行動を起こすと、それを制限したり別の効果を起こしたりする。呪法は解呪しない限り、永久に残り続けるから厄介だな」
「そ、それで、原因は呪法なの?」
「いや、違う。魔力を見るついでに探してみたけど、痕跡は見当たらなかった。だから、原因は三つ目だ」
ジャックはすでに検討をつけており、呪法に関しては魔力を見るついでに調べていたのだ。そして、呪法がないと分かった時点で原因は確信していた。
ジャックは満を辞して原因を告げた。
「レミアが魔術を暴発させる原因は…………精霊だ」