キレイなままでいて
きれいなひとだと思った。
傷ついた獣のような、純粋な目をしていた。
僕は、このひとに関わってはいけないと思った。
軽い調子で絡まれるのは不快だった。
「俺と付き合って?」なんて、目が合った瞬間に口にした先輩。
嘘みたいに、軽く。なんでもないよ、って調子で。
僕はキュッと唇を噛む。
胸が苦しい。
「お断りします。」
拒絶以外の言葉が吐けない唇を、僕は噛む。
触れるために伸ばされた手を叩き落とし、抱き締めるために広げられた腕を突き放す。
強引なくせに、僕が本気で嫌がる一線をちゃんと見極めている。
苦痛に慣れ切って。現実との境界が崩壊してて。自分自身の存在すら曖昧になっていたのに。
先輩が僕の輪郭を優しい指でなぞるから。僕は僕の形を思い出しそうになる。
醜い僕が暗闇の底から浮かび上がる。
おぞましい僕は、グズグズに崩れる肉で先輩にすがってしまいそうになる。
僕が僕であるために、先輩を利用する。そんなの許されない。
僕に触れてはいけない。
先輩は、キレイなままでいて。
輪郭が曖昧になる。
僕は先輩が欲しい。
許されない。
先輩を見て、話している間だけ正気でいられる。
嘘にまみれた空っぽでいられなくなる。
先輩で満たされたい。
駄目。触らないで。キスしないで。
輪郭のある僕は震える。
キレイなままでいて。僕に汚されないで。
初出 2018.05.28 Twitter
『溺れる月』の花月。