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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

焼け木杭には火が付き易い

 オレにはこの時期になると思い出すある思い出がある。それは高校三年の秋、高校生活最後の文化祭の時のこと。

 当時オレには親友と呼べる友達がいた、一年生の時に同じクラスになって意気投合した鳩村という男だ。

 同じ音楽アーティストが好きな所から始まって、話をしてみれば趣味嗜好がずいぶんと被っている事に気付き、性格的にも相性の良かったオレ達はすぐに仲良くなった。

 鳩村は顔立ちも成績も良かったのでそこそこモテる部類の男だったのだが、そんな所を鼻にかける事もなく、恋人を作る気配さえなく、そういう所もオレの中で安心できるポイントだったのだと思う。


「鳩村は誰かと付き合いたいとか思わないのか?」


 何度か女子からの告白現場を目撃していたオレが何とはなしに彼にそう尋ねると、彼は決まって少し困ったような笑みで「好きでもないのに無理に付き合うものでもないだろ?」とそう言った。

 相手は好いてくれているのだ、そこから相手を好きになる事だってあるだろうにとオレは思ったりもしたのだけど、鳩村は「俺は愛野といる方が楽しいし」と笑みを見せた。

 まんざらでもないオレは「そうか」と素直に頷いた。

 文化祭の前日、幼い子供のようにワクワクして寝られなかったオレのその日の睡眠時間は短かった、昼過ぎまではハイテンションにお祭りを楽しんでいたのだが、祭りも終盤、片付けを終える頃になるとオレはうつらうつらと睡魔に襲われていた。


「なに、愛野眠いの?」

「う~」

「後夜祭までまだ時間あるのに、少し寝る?」


 鳩村にそんな事を言われて、空き教室の片隅で仮眠をとる事になったオレが次に目を覚ました頃には陽はとっぷり暮れていた。

 校庭からは賑やかな声が聞こえてきていて、後夜祭の花火に皆が湧いているのが分かる。けれどオレはそんな中、自分の状況が分からない。


「ん……なに?」


 目が暗闇に慣れない、誰かが自分に覆いかぶさっているのは分かるのだけど、それが誰だか分からないし、自分が何処にいるのかも分からない。


「愛野……」

「はとむら?」


 聞き覚えのある声にそう返事を返したと同時に、何かに口を塞がれた。唇に触れる柔らかい感触、自分がキスされているのだと気付くのに数秒を要した。


「ん、んん!?」


 まさか鳩村にそんな事をされるなんて想像もしていなかったオレは大パニックだ。


「やめっ、鳩村!」

「……ごめん」


 そう言いつつも彼の腕は緩まない。反射的な恐怖、オレは力任せに彼を突き飛ばした。


「なんの冗談……」

「ごめん、愛野、ごめん……」


 突き飛ばされた鳩村は壊れた人形のように同じ言葉を繰り返し、オレが完全に覚醒する前に弾かれるように逃げ出した。

 オレは暗闇の中ただ茫然とその後ろ姿を見やり、今起こった事が夢だったのか現実だったのかも分からないまま後夜祭に顔を出したのだが、そこにはもう鳩村の姿はどこにもなかった。

 そんな文化祭を終え、高校三年生のオレ達は大学受験に突入していく。

 一・二年は同じクラスだった鳩村だったが、三年になってからは特進クラスに移り、あまり頭の良くないオレとはクラスが違う。それでもその時までは何かと連絡を取り合いつるんでいたのだが、その文化祭以降、鳩村からの連絡がぷつりと途切れた。

 別にオレの方から連絡を取る事だって普通に出来たはずなのだが、何故だかそれをする事に勇気がいって、結局オレ達はそこから疎遠になったまま高校生活を終えてしまった。

 鳩村のあの行動の意味をオレはあれからずっと考え続けている。モテるのに女子には見向きもしなかった鳩村、けれどその答えを教えてくれる者は誰もいない。




 あれから十年、オレは可もなく不可もない平凡な人生を歩いている。現在はしがないサラリーマン、劇的に評価もされていないが、窓際に追いやられたりもしていない普通のサラリーマンだ。

 そんなオレが、まさか取引先で鳩村に再会する事になるだなんて誰が思う? しかも向こうは元請け会社の担当者、そしてオレは下請け会社の担当者なんて、どういう巡り合わせだよ、これでは逃げ出す事も出来やしない。

 けれど、お互いもういい大人だ、個人の事情で仕事を投げ出す事なんてできやしないオレは、複雑な感情を飲み込んで「ひさしぶり」と鳩村に右手を差し出した。そして向こうも最初こそ驚いたような表情を見せていたものの、すぐにオレと同じに感情を隠して「また愛野に会えるなんて嬉しいよ」と、オレの右手を握り返してきた。

 鳩村は相変わらずいい男だった。学生時代からモテる男だったが、十年の歳月で更に男の色気が増し、スーツの似合ういい男に進化している。

 オレなんか何年経ってもスーツに着られている感覚から抜けられない上に、最近ではすっかりくたびれたおじさん風になってしまっているのに、羨ましい事この上ない。これでは女子社員も放っておかないだろうな……なんて思った時に、提出した資料をめくる彼の指に指輪が嵌っている事に気が付いた。

 左手の薬指、そこまで目立つ訳ではないシンプルな指輪。当然、どういうものなのかなんてすぐに察した。

 高校を卒業して十年、ぼちぼち身を固める友人達だって増えてきている、鳩村は昔からモテる男だったし、早々にそういう事になっていたってなんら不思議はなかったのに、何故だがオレは鳩村に限ってそんな事はあり得ない、なんてそんな風に思っていたんだよな。

 瞬間、胸がつきんと痛んだ。

 高校時代のあの思い出が一気に蘇り胸が痛い。ちょうど十年前のこの季節だ、街が紅葉に色づく季節、なんで今になってオレ達は再会してしてしまったのだろう……


「ん? なに?」


 プレゼンをしていたオレが急に黙り込んだことを不審に思ったのだろう鳩村がこちらを見やる、その瞳はあの頃と何も変わっていないのに、この十年の歳月の隔たりは、やはりずいぶん大きいのだろう。


「何でもない、続けます」


 瞳を伏して言うと、やはり怪訝そうな表情だった鳩村はまた資料に瞳を戻した。オレは、もうあの頃には戻れない現実を改めて突きつけられた気がした。




 帰り際、少し話ができないかと鳩村から声をかけられた。


「えっと、それは仕事の話?」

「あ……予定があるならいいんだが」


 向こうから声をかけてきたものの、彼の方もそれは咄嗟に出た言葉だったようで、少し挙動がおかしい。

 「少しだけなら」とオレが頷くと、会社の裏手にある公園へと誘われた。


「会社の近くにこういう場所があるのっていいな、今日みたいに天気がいい日は弁当を広げたくなる」

「はは、思う事は皆同じで、昼時にはその辺に疲れたサラリーマンがよく転がってるよ、俺も例外じゃない」


 公園に植えられた樹々は紅葉を始めている。

 小さな子供がどんぐりを見付けては嬉しそうに拾い、綺麗な落ち葉を見付けては歓喜の声をあげている。


「可愛いな」

「え……ああ」


 母子を見つめて微笑む鳩村、その気持ちの先には誰がいる? それはその薬指の指輪の相手か? もしかして既に子供もいたりするのだろうか?

 お前はもう、オレの遥か先を歩いているんだな、オレはまだあそこから立ち止まったままなのに……

 母子を眺めながら歩いている鳩村はオレが歩みを止めたのに気付かない。

 オレは一体何をしているのだろう。今もあの時も、結局オレは自分からは動けない。


「あれ、愛野?」


 立ち止まったオレに気付いたのか、鳩村が振り返った。


「話って、なに?」

「ああ……愛野にはずっと謝らなきゃと思ってたんだ」

「なにを?」


 鳩村はあの時もずっとオレに謝罪の言葉を投げるだけで、それ以外の言葉は何もくれなかった。だからオレには分からないんだ、お前が一体何を思ってあの時オレにキスしたのかを。


「分かってるだろ?」

「分かる訳ないだろう。お前はオレに何も言わないまま逃げたんじゃねぇか」

「ごめん」


 鳩村は「どうしていいか分からなかったんだ」と瞳を伏せてぽつりと零した。


「あの頃俺は受験のプレッシャーにやられてたんだよ。俺、特進クラスに中途から入っただろう? 普通クラスでは上の方だっけど、あそこでは中の下の成績しか出せてなくて焦ってた。なのにお前は普通クラスで相変らず呑気に笑ってて、それが妬ましくも羨ましくもあって……」

「オレの事、困らせたかった?」

「そんな気持ちも否定はできない」


 そっか、あれはお前にとってはただの嫌がらせだったのか……


「なんだ、そうだったのか……」

「怒らないのか?」

「あの頃は少し怒ってたし驚いた、だけど、今となっては別に」


 「たかがキスのひとつやふたつ」と続けたら今度は鳩村が瞳を伏せた。


「たかが……か」

「なんだよ、オレのファーストキス返せ! とか言って欲しかったのか? それこそ今更阿保らしいだろう? あんな接触事故に意味なんかなかった、そうだろう?」


 自分で言ってて何故か心がじくじくと痛む。けれど、お前にとってオレなんか遥か昔に置いてきた思い出でしかないんだろう? だったらオレがあの頃のまま立ち止まっている姿なんて絶対に見せるものかとそう思ったんだ。

 鳩村が歩道脇に置かれたベンチに腰掛けた。オレは所在なく立ち尽くす、彼の隣に座る気にはなれなかった。なんなら今すぐ鳩村の前から逃げ出したい気持ちをオレはぐっと理性で抑え込む。


「話ってそれだけ?」


 オレが務めて淡々とそう言うと、鳩村は瞳を伏せたまま「俺、実はゲイなんだ」と返事が返ってきた。


「性的な意味で女に一切興味がなくてさ、あの頃それにも悩んでた」


 驚くのと同時にやっぱりかとも思った。鳩村は何度女子に告白されても嬉しそうな姿は一度も見せなかった。いつでも少し困ったような笑みで『好きでもない相手とは付き合えない』とそう言っていたのだ。

 でも、だとしたらそのお前の指輪の相手は結婚相手ではないのだな、彼にそれを贈った男がいる、それとも鳩村から贈ったのだろうか? ああ、ゲイを隠しての偽装結婚という事もなくはないのか……まぁ、オレには関係のない話だけれど。


「それをオレに言ってどうすんの?」

「はは、本当にな」


 自嘲気味に鳩村は笑みを見せて「これは俺のエゴだ」とそう言った。


「愛野にだけは知っておいて欲しかったんだけど、そんな事言われても愛野は迷惑だよな」

「別に迷惑だとは思わない、どのみちオレ達はもうこれ以上に交わる事はないんだろうし、オレはそこまで偏見に満ちた人間じゃない」

「愛野って、そんなにクールだったっけ?」


 苦笑するように鳩村は言うけれど、そう思われたのなら幸いだ。

 内心動揺しまくってる事も、中身はあの頃と何も変わっていない事もお前にだけは知られたくない。

 オレは努めて冷静を装って「アレから何年経ってると思ってんだ?」と笑ってやった。


「十年なんて意外とあっという間だったよ」

「そうだな」

「今だから言うけど、愛野、お前の事が好きだった」

「そうか」


 でも、それは過去形だ。十年前のあの時に、お前がそれを口にしていたらオレ達の関係はどう変わっていたのだろうな。

 お前はオレの前から逃げ出した、そしてそれはオレも同じ。


「鳩村、オレも今だから言うけど、あの頃……お前の事が好きだった」


 瞬間、鳩村が勢いよくこちらを見上げた。


「お前が何も言わなかったから、オレも何も言えなかった。まぁ、今となったらそれも青春の一頁だったな」


 そう、オレは鳩村の事が好きだった。誰よりも傍にいて安心できる相棒として、そして恋愛感情でもたぶん……だからこそ逃げ出した鳩村をオレは追いかける事ができなかった。

 鳩村が何を思ってオレにキスしたのか、その理由も分からなかったし、臆病なオレにはそれを問いただす勇気が持てなかった。

 あの時にほんの少しの勇気があれば、オレ達の関係は違ったものになっていたのかもしれない。けれどそれは今だから言える事でもある。


「今となっては懐かしい思い出、そんでもってこの話はこれで終わり!」

「え……」

「オレは人として超えたらダメな常識ルールは弁えてるつもりだから、焼け木杭に火みたいなの絶対に許せないタイプなんだよ」

「え、焼け木杭に火? なに? どういう意味……?」


 戸惑ったような表情の鳩村、オレが「パートナーいるんだろ」と彼の薬指を指差すと、まるで初めて気付いたというような表情を見せるのでオレは苦笑する。


「どんな相手か知らないけど、大事にしろよ」

「あのな、これはただのフェイクリングで……」

「あ?」

「これ付けてると余計な人間寄って来なくなるから付けてるだけ……」


 オレ達は顔を見合わせる。

 フェイク? 余計な人間が寄って来ないって、それはつまり鳩村は現在誰とも付き合っていない……?


「なぁ、愛野、お前は今付き合ってる人、いるの?」


 真摯な瞳でオレを見つめる鳩村、焼け木杭に火がついた瞬間だった。



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